シルバー特集:生きがいと趣味を重視、シニアのスタイルが社会を変える
[東京 27日 ロイター] 「好き勝手に生きてみようと思ってね」──。胸元に「ワインエキスパート」のバッジを光らせ、そう語る松尾昌介さん(62)の顔には充実感がみなぎる。
松尾さんが定年を迎え、サラリーマン生活に終止符を打ったのは2年前。40年間慣れ親しんだ広告関係の仕事ではなく、酒好きが高じてワインバーのマスターという未知の世界に飛び込んだ。
学校に通ってワインエキスパートの資格を取る一方、東京・代官山の自宅を改造し、自らの手で店に仕立て上げた。「忙しいときは水しか飲まずに5、6時間働き通しのこともある。いろんな客といろんな話をしていると、ついつい熱中してしまう」と、ワインバー経営歴2年弱のオールドルーキーは言う。
<自分のための人生、団塊世代が変化の呼び水に>
松尾さんのように、自分の生きがいや趣味に金と時間を費やす新タイプのシニアが増えている。電通が定期的に実施している中高年調査によると、生きがいに関する質問に対し「趣味などを楽しんだり、その道を極めたい」と回答した50代は、1992年の11%から2005年には39%に増加。一方、「子供が立派に成長すること」と回答したのは53%から34%に減少している。
電通・消費者研究センター・プランニング・ディレクターの四元正弘氏は「これまでの高齢者と違い、子供や家族のためではなく、自分の人生を楽しもうとする傾向がうかがえる。金と時間があるのは今も昔も変わらないが、自分のために使うようになってきたことが大きな変化」と分析する。30代の息子を持つ松尾さんも「子供のために財産を残すつもりはない」と話す。
こうした傾向は、もともと「自分志向」の気質が強い団塊の世代に顕著だ。総人口1000万人の彼らが今年から大量に退職し始めたことで、手持ち無沙汰で余生を送る従来型シニアのライフスタイルに大きな変化が起きようとしている。
趣味や生きがいに支出して経済的にもインパクトをもたらし、とかく暗い未来ばかりが語られる日本社会の高齢化に、希望の光を与える可能性がある。
<旅行・観劇・ボランティア、見直される豊かさ>
博報堂・エルダービジネス推進室・チーフコンサルタントの阪本節郎氏は、新タイプのシニアが生みだす生活様式について、欧米にあって日本になかった「大人のライフスタイル」と形容する。
欧米やオーストラリアなどの高齢者は、引退後の生活を豊かに過ごそうとする意識が強い。「夫婦で旅行に行ったり、観劇するなど自分の人生を楽しんで、生活の質を高めようとするのが一般的。ボランティアをする人も多い」と、米国で生まれ、現在はオーストラリアと日本を拠点に活動する作家のロジャー・パルバース氏は言う。「夫婦や友人と趣味や芝居などの話をすることで、熟年生活が深くなる」
今年2月に大手企業の定年を迎えた土井弘さん(60)は、そうした生活をすでに実践している1人。再雇用制度を利用して好きな仕事を続ける一方、趣味の登山や旅行に頻繁に出かける。今年3月にイタリアへスキーに行ったかと思えば、5月には仕事を兼ねて米国へ。9月にはタイへトレッキングに行く予定だ。夫婦で行動することも多く、来年は一緒にカナダで鉄道旅行をする計画を立てている。「今は片足が仕事で、もう片足が遊び。両方とも忙しいが、あと2年ぐらいしたら遊びに軸足を移したい」と、土井さんは言う。
博報堂の阪本氏は「団塊の世代が作り出した新しいライフスタイルは、その後の世代に継承されていく」と指摘する。団塊の世代は過去に2度、日本人のライフスタイルを変えてきた。
1度目は1960年代後半から70年代前半にかけ、ジーンズに長髪というカジュアルファッションを広めた。2度目は彼らが家族を持った80年ごろ、郊外に住んで「ニューファミリー」と呼ばれ、それまで商用車という概念だったバンを乗用車として使うようになった。「彼らが起こした現象は今では当たり前のこととなっている。今回もその後の世代が引き継ぎ、応用していく可能性がある」と阪本氏は言う。
<シニアの経済効果、中期的に15兆円の試算>
新タイプのシニアの出現は、経済面でも新たなトレンドを創出しつつある。「大人のライフスタイル」がすでに確立しているフランスやイタリアでは、ブランド物のバッグや高級スポーツカーは、シニアのための物と認識されている。日本でも、今後はシニア向け高付加価値商品への需要拡大に期待が集まる。
たとえばデジタル一眼レフカメラの国内市場規模は2010年に130万台に達し、アナログ一眼レフ時代の最高記録を塗り替えると予想されている。その原動力は新たなシニア層だ。キヤノンマーケティングジャパン(8060.T: 株価, ニュース, レポート)カメラマーケティング企画部長の岩野朝彦氏は「これまでの高齢者と違って海外旅行などに出かける人が多くなり、写真を撮る機会が増える」と期待する。
電通が7月に出版した「団塊マーケティング」によると、団塊の世代の退職が終息する2011年までに約8兆円の消費押し上げ効果が見込めるという。さらに消費拡大による部品調達や物流などを通じ、日本経済全体には中期的におよそ15兆円の波及効果が見込める。日本の成長率を年0.6%押し上げる計算だ。
<運用効率めぐる競争、高齢化衰退を変える可能性>
問題は、こうした傾向が長期的に持続するかどうかという点だ。団塊の世代を中心とした新タイプのシニア層も、いずれは消費に貢献しなくなる年齢に達する。高齢化と同時に少子化が進み、人口自体が減少していく事態は避けられない。いくら新しいシニアのライフスタイルが継承されようと、人口そのものが減れば経済にはマイナスの影響を与える。電通の四元氏は「2015年ぐらいから消費が落ちてくるだろう」とみる。
1つカギを握るのは、1500兆円の個人金融資産、特にその6割を保有しているとされる高齢者の資産だ。「イギリスやアメリカなどと比べ、日本は資産効率が低い。高齢者の持つ資産を効率よく運用することで、人口減少による成長率の落ち込みをカバーできる」と、日本総研・調査部主任研究員の小方尚子氏は想定する。
みずほ証券・シニアエコノミストの飯塚尚己氏も「これまで高齢者の資金は安全志向が高かったが、この先は投信や株などに転換されていくことになるだろう。資本効率は上がる」と指摘する。
もう1つは、運用効率を競わせるシニアの存在をてこに、日本の金融業の競争力と生産性が上昇し、それが日本の資産を増やし続けるというシナリオだ。第一生命経済研究所・主席エコノミストの熊野英生氏は「外資系の金融機関がもっと国内のシニア層の資産運用に絡んでくると、資産運用の競争がさらに進み、国内金融機関の生産性上昇が起きる可能性がある。これが他の非製造業の生産性向上に結びつくと、高齢化衰退論とは別の社会ができる可能性がある」と指摘する。
実際、人口が少なく高齢化が進むシンガポールは、日本以上に衰退が進むリスクがあるが、外資を積極的に呼び込んで経済発展を目指しており、「高齢化衰退論が必ずしも未来を予見していない例になるかもしれない」と熊野氏は展望する。
06年4月に改正高齢者雇用安定法が施行され、定年年齢が60歳から65歳に引き上げられたことも追い風になるかもしれない。WHO(世界保健機関)によると、日本は平均寿命だけでなく、元気で活動的に生活できる年齢を表す「健康寿命」も世界一。しかも伸び率が平均寿命を上回っており、体力的に働ける年齢が高まっている。働くことで所得が増え、消費に回す余力が生まれる。
そして何よりも、新タイプのシニアがもつ活力が、日本社会の未来に希望を与える。ワインバーを経営する松尾さんは、次の目標として沖縄で民宿を開きたいと考えている。「だんだんと仕事に慣れてくると、妙な欲望がわいてくる」と、松尾さんは言う。「自分の知らない自分に出会いたい、という具合にね」。
(ロイター日本語ニュース 久保 信博、田中 志保、伊賀 大記)
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