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焦点:介護離職ゼロに暗雲、施設の需給は把握困難 縦割りの弊害
2016年9月30日 / 07:31 / 1年前

焦点:介護離職ゼロに暗雲、施設の需給は把握困難 縦割りの弊害

 9月30日、安倍晋三政権の「看板政策」である「一億総活躍プラン」で介護施設の増強を掲げたが、「介護離職者ゼロ」の目標には様々な障害が立ちふさがっている。写真はオリックス・リビングが運営する都内の有料老人ホーム、16日撮影(2016年 ロイター/Toru Hanai)

[東京 30日 ロイター] - 安倍晋三政権の「看板政策」である「一億総活躍プラン」で介護施設の増強を掲げたが、「介護離職者ゼロ」の目標には様々な障害が立ちふさがっている。複数の官庁が所管する「縦割り」で、介護施設全体の規模や入居率のデータが存在せず、需給の実態や経営状況を把握できていない。

深刻な人手不足も加わり、介護受け皿50万人整備も看板倒れになりかねない。

<不足する公的介護施設> 

札幌市で認知症を患う斉藤良子(仮名)さん(87歳)は、月額6万円程度の公的な特別養護老人ホーム(特養)に申し込んだが、次女によると「200人待ちといわれ、あきらめた」といい、月額10万円以上する「住宅型有料老人ホーム」に入居することになった。

特養は介護度が高い高齢者を対象にし、社会福祉法人等が運営。入居金ゼロ・月額数万円程度の低費用で入れる。申し込み待機者は14年3月時点で52万人にのぼる(厚生労働省調べ)。こうした施設不足を受けて、政府は20年度までに約50万人分の介護施設の整備を掲げた。

その内訳は、特養等公的施設と在宅サービスで48万人程度、サービス付き高齢者住宅で2万人分程度となっている。

しかし、現実の情勢は「複雑怪奇」であり、需要と供給のミスマッチが様々な分野で起きている。

<実態把握できない省庁>

そもそも、介護施設は多くのカテゴリーが複雑に絡み合っており、施設を利用する一般的な国民からは、どのカテゴリーのサービスを受けているのか、すぐにはわからないというのが現実だ。

施設は、根拠法や位置づけにより十数種類にも及び、監督官庁や担当部署も異なる。公的な運営主体に加え、民間企業の運営する施設も数多く存在する。

例えば、賃貸住宅に分類されるサービス付き高齢者住宅(サ高住)は国土交通省が所管し、厚生労働省は介護保険法や老人福祉法に基づいた施設を監督する仕組みになっている。そのうえ施設開設の窓口や指導などは都道府県が担当するケースもあり、わが国の「悪弊」とも言える「縦割り行政」の典型ともいえる「複雑な構成」となっている。

厚生労働省老人保健局では「統一的に全ての介護施設の状況を把握できる統計はない」と話す。サ高住を管轄する国土交通省は「純粋な民間事業であり、施設数の制限などはない。入居率も把握していない」と回答した。

需給のミスマッチがあるのかどうか、政府がカテゴリーごとの入居率をチェックしようとしても、比較できるデータがそろっていないため実態を把握できない。

ただ、一部の自治体では、部分的にデータを把握することができる。2016年6月の「東京都福祉行政・衛生行政統計」によると、東京都内の特養など低料金で利用できる施設の入居率は96.6%。中程度から高程度の料金の有料老人ホームは80.2%。だが、「サ高住」についてはデータがない。

<「サ高住」増加で老人ホーム競争時代に>

その「サ高住」では、建設費や固定資産税で優遇する制度があり、供給が急増。全体の規模は、制度開始後5年間で20万人分以上に達する勢い。

本来、見回りと生活相談だけを提供し、ある程度元気な高齢者を対象しているはずのサ高住だが、介護を提供する施設も増え、有料老人ホームとの区別はつきにくくなっている。

「社会福祉施設調査」などから試算すると、「サ高住」と有料老人ホームを合わせた入居定員増加は、14年度から15年度の1年間に概ね年間7.4万人。このペースで20年までに増加すると仮定すると、特養等の整備計画との合計数は、20年度までに供給が約70万人分超と、政府目標の50万人を超える。

事業者の一部からは「競合他社が増えてきた。入居金を低めに設定した方が入居者が集まりやすい」(全国展開の大規模事業者)として、月額利用料や入居金の値下げ広告も出ている。

第一生命経済研究所・副主任エコノミスト・星野卓也氏は「国は有料老人ホームやサ高住、その他の介護施設のトータル管理ができていない」と指摘する。「サ高住は空室が目立つのに、特養は満杯というミスマッチが起きるのは問題。サ高住は統計もほとんどないため、介護政策の全体像が把握しにくい」と指摘する。

<運営に課題ある施設増加>

また、公共事業などで数多くみられた人手不足の問題が、介護産業でも深刻の度合いを深めている。介護産業の有効求人倍率は3倍を超え、介護士の奪い合いが起きている。 

関東・関西で25施設を運営するオリックス・リビングでは、介護ロボットの導入などで人手不足を乗り切ろうとしている。今年6月にオープンした施設では「見守りセンサー」による転倒防止や「介護リフト」導入による職員の負担軽減などを実現している。  

同社の入江徹・広報課長は「安倍政権が打ち出した50万人分の介護受け皿施設の整備だけでは、施設を作っても働き手が確保できず、運営が難しい」と指摘する。  

同社は高級老人ホームを運営、入居率は97%程度を確保し、経営体力もある。しかし、小規模事業者からは「費用の面からロボット導入は難しい状況」(都内の事業者)との声も漏れる。

中高所得者向けに33施設を展開するチャーム・ケア・コーポレーションの下村隆彦社長は「介護事業は日本でも数少ない成長産業であることは間違いないが、運営能力とリスク管理能力が問われる局面になっている」と指摘。「競争激化と人件費等のコスト高、虐待など信用失墜リスクに対処できなければ、経営体力が奪われてしまう」という。

同社では「全体の3分の1を自社所有物件とし、残り3分の2を一棟借りすることで自己所有に伴う償却や金利負担と、賃借による地代家賃負担のバランスをうまく調整するとともに、研修センターを開設し人材確保にも努めている」としている。

政府が掲げる「介護離職ゼロ」の目標は、現状把握のための統計整備や現場の課題解決なしには達成が難しくなりつつある。

利用者のニーズに合わせた施設整備や、人手不足など介護者側の課題にも目配りした行政が、介護問題の解決には欠かせない。

中川泉 取材協力:藤田淳子 編集:田巻一彦

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