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コラム:プーチン大統領、シリア内戦で狙う「栄光の方程式」
2016年10月4日 / 03:12 / 1年前

コラム:プーチン大統領、シリア内戦で狙う「栄光の方程式」

 9月30日、ロシアのプーチン大統領(写真)は少しずつ、旧ソ連が持っていたような栄光と力を再建しようとしている。モスクワで6月代表撮影(2016年 ロイター/Alexander Zemlianichenko/Pool)

[30日 ロイター] - 反体制派がかろうじて死守するシリア北部アレッポの、特に同市東部の破壊は、米大統領選における激戦によって、夜のテレビニュースから押しやられてしまっている。

少数の勇敢な記者やカメラマンがシリアに足を踏み入れているが、たいてい安全な距離を保って撮影するため、われわれが目にする写真のほとんどは爆発から立ち上る煙や閃光(せんこう)である。

あるいは、シェルターを求めて逃げ惑ったり、痛みに耐えかねて叫び声を上げる負傷者をほとんど役に立たない病院に運んだりしている疲れ切った人々を、スマートフォンで撮影した映像である。

ロシアが同盟国であるシリア政府軍のアレッポ猛攻を支援しており、支援物資を運ぶ車列を今月攻撃したのはロシア機だというコンセンサスが西側諸国にはある。

国連安全保障理事会では、西側諸国がロシアを激しく非難。米国のパワー国連大使が「和平ではなく、ロシアとアサド政権は戦争を生み出し、人道支援物資を載せた車列や病院、命を救おうと懸命に努力する救援者に爆弾を落としている」と述べる一方、英国のライクロフト国連大使は「アレッポで新たな地獄を招いた。ロシアはシリア政権と結託し、戦争犯罪を行っている」とさらに語気を強めた。

シリアの国連大使が発言を求められると、ライクロフト英大使は、パワー米大使とフランスのデラットル大使と共に退席。その後、ロシアのチュルキン大使は、同国の関与を否定した。

なぜロシアは歴史の悪い側へと自ら身を委ねるのか。シリアのアサド大統領はひどい暴君として、またロシアは同大統領の邪悪な同盟国として歴史に刻まれることを、誰が疑うことができるだろうか。実際のところ、ロシアはそれを確かに疑っている。しかしシリアと同盟関係にあり続けることの理由を、ただ否定することで隠そうとしている。

ロシアのプーチン大統領は少しずつ、旧ソ連が持っていたような栄光と力を再建しようとしている。ソ連は中東で大きな役割を担っていた。ソ連時代から唯一受け継いだのが、シリアの港湾都市タルトスにある基地である。1970年代後半にソ連がエジプトのアレクサンドリアとメルサマトルーにある基地を手放した後、タルトスの基地はロシアにとって地中海で唯一残された拠点であり続けている。ロシアの大規模な艦船を停泊させるには小さすぎるなど、その重要性については見方が分かれるところだが、同基地は重要な補給拠点であり続けている。

クレムリン(ロシア大統領府)の政治的・戦略的な計略はさらに重要である。通常、人道支援活動として行われる、西側による他国への介入は、侵略や新帝国主義の意図を覆い隠していると、プーチン大統領は考えている。

プーチン氏は昨年、国連総会で演説した際、シリア内戦でアサド政権を支持しなかったことを批判するとともに、ウクライナ問題に首を突っ込む西側に対し、同様のロジックを適用した。部外者が軍事クーデターを画策し、「結果として内戦を引き起こした」と同氏は主張した。

プーチン大統領は米国のことを、事あるごとにチェックが必要な強大な軍事力を有する、和解しがたい永遠の敵とみなしている。だがアサド政権との同盟維持には、個人的であると同時に冷静で合理的な論拠もある。チェチェンでのプーチン大統領の経験がその手掛かりとなる。

帝政時代とソ連時代の両方において、人口100万人を超えるチェチェンは、最も抑圧され、そして最も戦争が起きやすい場所であった。ソ連が崩壊へと向かうなか、1991年後半に独立を宣言した。これが第1次チェチェン紛争(1994─96年)を招くことになる。その結果、チェチェンは反自治、半独立の状態に置かれた。1999年後半に第2次チェチェン紛争が起きると、当時首相だったプーチン氏は病気のエリツィン大統領に代わり、ほとんどの決定を下したのだった。

周到に準備していたロシア軍は、独立派と残留派の双方に容赦ない攻撃を加え、首都グロズヌイの大半ががれきと化した。ロシア政府は2000年までにほとんどの組織的抵抗に終止符を打った。ただし、2007年までゲリラ活動は続いた。この年、チェチェン元大統領の息子でプーチン氏の強力な支持を受けるラムザン・カディロフ氏が、汚職まみれで残忍な独裁体制を敷いた。独立派は鎮圧され、グロズヌイは再建された。チェチェンはロシアに忠実であり続けた。

チェチェンはシリア内戦のモデルであり、グロズヌイはアレッポ攻撃のモデルである。プーチン大統領にとって、停戦や交渉といったことはすべて、本質的価値のない、外交的口実としてのみ受け入れられる、大いなる偽善なのだ。

2015年に国連総会で行った演説で明らかなように、プーチン大統領にとって、これはテロリストが仕掛けた合法的な政府に対する戦争なのだ。そのような戦争が始まってしまった場合、政府に残された唯一の手段は敵に容赦なく武力行使をすることだけだ。

第2次チェチェン紛争で、当時は比較的知られていなかったプーチン氏はヒーローとなった。独立派の攻撃に断固たる対応を取り、同氏の人気はうなぎ上りに高まった。

これはプーチン大統領にとって、戦争と力が自国で人気を生み出すという政治の始まりだった。ウクライナ、クリミア、そして今ではシリアでこの手法は踏襲されている。権力追求には容赦なく、困窮する国で主要なプレーヤーとなる。アレッポはロシアの「レアルポリティーク(現実政治)」なのだ。

*筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

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