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コラム:トランプ強気相場、勇み足か先見の明か=植野大作氏
2016年11月29日 / 07:41 / 1年後

コラム:トランプ強気相場、勇み足か先見の明か=植野大作氏

[東京 29日] - 「トランプラリー」の勢いがすさまじい。11月25日の東京市場でドル円相場は一時113.9円と3月中旬以来、約8カ月ぶりの高値圏へ吹き上がる場面があった。

日本時間の9日午後に共和党ドナルド・トランプ候補が米大統領選挙での勝利演説を行う直前に記録した安値の101.2円から、わずか12営業日で12.7円もの円安だ。その後はさすがに伸び悩んだが、111円台半ばでは底堅く、今春以来の高値圏での空中戦が続いている。

米大統領選前の予想で筆者は「万が一にもトランプ氏が当選した暁には、世界中で株価が崩落してリスク回避の円高が加速する」と思い込んでいた。政治には素人の筆者が米大統領選の結果を外したのは仕方ない。だが、為替予測を生業としている立場上、選挙結果に対する市場反応を読み誤ったのは言い訳できない。これほど明確な「市場の審判」が下された以上、いったんは自らの不明を素直に認め、ドル円相場予測の発射台を大幅に上方修正せざるを得ない。

昨今のドル円相場を取り巻く環境を俯瞰(ふかん)すると、米大統領選後に加速した長期金利の大幅上昇に暗示されている通り、米国の政策金利先物市場では12月の連邦公開市場委員会(FOMC)での利上げ織り込み確率がほぼ100%に達している。

通常、財政出動は景気の足腰が弱っている時期に実施するものだ。直近の失業率が5%を割って完全雇用状態にある米国で「大規模な減税と公共投資でカンフル剤を打つ」と主張する人物が次の大統領になると決まったのだから、金融引き締め観測によるドル高観測が強まるのは当然だ。

昨今のドル円相場は、ひとたび上昇気流に乗ると、まるで「糸の切れた凧(たこ)」のように軽く舞い上がる傾向がある。コンピューターを駆使したモメンタムトレードがそうした動きを増幅しているとの指摘もあり、人間の違和感を無視するレベルへ上値試しが進む可能性は否定できない。

為替需給の面でも、毎年11月の感謝祭前後から12月のクリスマスまでの時期には、米系多国籍企業の海外利益のドル転予約などが出やすいとされ、金融政策とは無縁のドル高期待も発生しやすい。米大統領選前には思いもしなかったが、年内に1ドル=115円前後の攻防もあり得るかもしれない。

<トランプノミクスの「影の部分」>

ただし、米大統領選後の勢いに気おされて、このまま「ドル高・円安一直線」のマインドセットにはまるのは危険だ。以下、2点を指摘しておきたい。

第1に、米大統領選後に急加速したドル高は、短期的にはスピード違反を犯している疑いが濃厚だ。冒頭で指摘した「12日間で12.7円の円安」を機械的に延長すると、来年1月20日のトランプ大統領就任式の日にドル円相場は150円台半ばに達している計算になる。さすがにオーバーペースであり、どこかで自律反落に向かうと見るのが自然だ。

第2に、米大統領選後に観察された金利上昇、株高、ドル高の市場反応は、まだ始まっていない「トランプノミクス」の良さそうな面ばかりを先行して織り込み過ぎている。

確かに、米国史上初の「ビジネスマン大統領」のリーダーシップの下、「大規模な減税・公共投資拡大・規制緩和」の政策ミックスで米国の潜在成長率が底上げされるなら、良い金利上昇・株高・ドル高の共鳴現象がサポートされる可能性はある。

だが、選挙期間中にトランプ次期大統領が主張していた政策の中には、「国境をまたいだ人の流れの制限」や「保護主義的な通商政策」など、経済成長にマイナスのものも含まれていた。

加えて、上下両院の多数派を維持した共和党議員の中には、数年前の「財政の崖」騒動のときに活躍した財政均衡主義者も多い。大型減税や公共投資拡大に必要な財源の一部を輸入関税の引き上げや社会保障費のカットなどで賄う場合、差し引きした後に米国経済に働くプラスの効果がどれほど残るのか、現時点では判断しにくい。

財政規律の維持に不可欠な財源措置を後回しにして減税と公共投資だけを先にやれば金利はもっと上昇するかもしれない。だが、財政赤字の拡大懸念による「悪い金利上昇」は、果たして安定的なドル高要因であり続けるかどうか微妙だ。

実際、今回の米金利上昇局面で、米国の長期金利は一時2.4%台まで上がって昨年夏ごろの水準に戻ったが、ドル円相場は当時の高値125円台まで戻り切れなかった。今回の米長期金利急騰の「質」に対する「市場の迷い」が表れているようにも思える。

「トランプノミクス」の影の部分にも市場の目が向かえば、スピード違反気味に進んできたドル高の反動は起きるだろう。時期の特定は難しいが、例えば「次期トランプ政権の要人発言」や「やや残念な米経済指標」などが契機になって既往のモメンタムが逆流した場合、105円割れもあるかもしれない。

<トランプ財政の輪郭は来春まで不明>

もっとも、米大統領選直後に加速した「トランプラリー」が早晩どこかで自律反落に転じたとしても、浅い押し目を作っただけで再びドル高方向に切り返してくるのか、そのままズルズルとドル安局面に入って底割れするのか、現時点で読み切るのは難しい。

米新政権発足後に稼働する「トランプノミクス」の成否が先読みの鍵を握っているからだ。トランプ政権の諸政策が本当にうまく機能して米国の潜在成長力アップの起爆剤になるならば、良い金利上昇とドル高のコラボが期待先行の浮足立った雰囲気から決別、今度はリアルに実現しそうだ。

その場合、今回の選挙後に観察された米金利・株価・ドルの同時上昇は、当初こそ「勇み足」だったが、後から見ると「先見の明」があったと評価されることになる。再び120円台を目指す可能性もあるだろう。

他方、「トランプノミクス」が実際に稼働しても所期の効果を上げられず、財政赤字ばかり膨らんで潜在成長率の底上げに失敗した場合、悪い金利上昇とドル高による景気下押し圧力に米国経済が押しつぶされ、「倍返し」のドル安圧力が再発する可能性も否定できない。

その場合、ドル円相場は今年中盤に岩盤のように堅かった1ドル=99円台のフロアをあっさり突破し、「2桁円台」での下値深掘りもありそうだ。

どちらのシナリオが正鵠を射ているのか、現時点では判断材料があまりにも不足している。市場は常に「クイックアンサー」を欲しがちだが、どんなに焦れても、来春以降に本格化する米予算協議を見るまでは「トランプ財政」の具体的な輪郭は見えてこない。

現段階でトランプ政策の評価を試みても甲論乙駁(こうろんおつばく)の神学論争にしかならない。まだあと半年近くは、市場を賑わしている「トランプラリー」の真贋(しんがん)論争は決着しないだろう。

総じて、来年1月下旬に第45代の合衆国大統領になるトランプ氏が、「米国経済中興の英雄」として歴史に名を刻むのか、「斜陽の超大国で衆怒をあおって一時的に天下を奪った梟雄(きょうゆう)」になるのかによって、長期的なドル円相場の方角は全く違ってくる可能性がある。

残念ながら、現時点でそれを予見できる千里眼は筆者に備わっていない。古今東西の歴史を振り返ると、天下を取った人物が、強烈な成功体験を糧にして君子豹変した事例もあれば、逆に堕落して世の中をダメにしたケースも両方あるのが悩ましい。

後の史家の目から見れば答えは明白だろうが、同時代人が自信を持って読み切るのは至難の業だ。2016年米大統領選の事前読みを誤った反省を踏まえ、予断を持たずにトランプ政権の政策運営を見極めたいと考えている。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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