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コラム:ドル110円割れ定着を阻む2つの防護壁=植野大作氏
2017年8月8日 / 03:49 / 2ヶ月前

コラム:ドル110円割れ定着を阻む2つの防護壁=植野大作氏

[東京 8日] - 2017年度がスタートしてから4カ月が経過。この間のドル円相場は110円を割ると下値が堅い一方、115円の手前では上値が重く、難解なレンジ取引となっている。

現在、筆者が在籍する為替アナリスト業界では、「ドル高派」と「円高派」の意見が分かれているが、今のところ、双方ともに明確な勝利宣言を許されず、欲求不満のたまる日々が続いている。

果たして今後、どちらの陣営に軍配が上がるのだろうか。以下、現時点における筆者の見解をまとめておく。

まず、当面のドル円相場は上値の重い状況が続くだろう。モラー米特別検察官が指揮するロシア疑惑関連捜査は今も水面下で進行中だが、最近は捜査の対象がトランプ米大統領の娘婿、長男、関連企業へと拡大しており、この先どこまで広がっていくのか見当がつかない。

この手の政局絡みのイベントは、経済指標のように結果が判明する日時を特定できない。そのため、いつ、どのような展開をみせるのか、部外者の予断を受け付けない怖さがある。

一般に、多くの市場関係者は、そのような不透明感を非常に嫌う。当面、ドル円相場の上値が目立って軽くなるとは思い難い。断続的に110円を割り込む可能性はまだ残っているとみるのが無難だろう。

ただし、目先のドル円相場が110円割れの水準に差し込んだ場合でも、長く定着するレベルではないとの判断は堅持している。理由は主に2つあると考える。

<淡々と進む米金融政策の正常化>

第1に、トランプ政権が迷走する中でも米国経済は堅調に推移、米連邦準備理事会(FRB)は金融政策の正常化を進めている。米財政出動の財源となる医療制度改革法案の成立に何度も失敗したことで、現在トランプ財政への期待はほぼ消滅しかかっている。

にもかかわらず、ドル円相場が昨秋の米大統領選の当確発表前の安値である101円台に押し戻されていないのは、米国で財政出動への期待がしぼむ中でも金融政策の正常化が淡々と進んできたことが背景にあると思われる。

米国でトランプ新政権が発足した後、日を追うごとにホワイトハウスの機能不全は鮮明になったが、それによる悪影響が民間の企業業績やマクロ経済に及んだ痕跡はほとんど認められない。米大統領選後にFRBは3回も利上げを実施した。

為替相場に「たら」や「れば」はないが、もしも米大統領選後に経済が失速、FRBがこの間に1回も利上げができないような経済状態だったなら、今ごろドル円相場は101円前後に戻っていたのではなかろうか。

最近の米国の経済指標を俯瞰すると、一部に弱めのデータも散見されるが、経済全体の強弱を示す雇用情勢は良好であり、早期失速の気配は漂っていない。米国の金融政策運営について、FRBによる今秋からの保有資産の縮小開始や年末以降の利上げ再開を見込む向きも決して少なくない。

イエレンFRB議長は、金融政策の正常化を進める条件として、経済状況が「予想通り」であることを挙げており、「予想以上」に強くなければいけないとは言っていない。今後の米国経済が「そこそこの強さ」を維持していれば、「金利」と「量」の両面で金融政策の正常化が進むとの期待は根強く残存するだろう。

<G7中銀で日銀だけ出口論を封印>

第2に、日本の金融政策に目を転じると、異次元緩和の開始から4年以上が経過してなお「物価目標2%」が視野に入っていない。「短期金利=マイナス0.1%、長期金利=ゼロ%程度」という異例の低金利政策は非常に長期化するとの観測が強まっている。

7月7日に日銀は約5カ月ぶりに「指し値オペ」を通知、海外発の金利上昇圧力の国内への波及を許さない姿勢を改めて示した。現在、主要通貨圏の金融政策を比べてみると、すでに利上げを4回実施した米国が金融緩和の出口レースで先頭を走っており、7月12日に6年10カ月ぶりに利上げを行ったカナダがこれに続いている。

昨年6月の国民投票における欧州連合(EU)離脱選択後のポンド安でインフレ圧力が強まっている英国でも、中銀幹部が利上げの可能性をほのめかしているほか、7月の定例会見で欧州中銀(ECB)のドラギ総裁は今年秋に来年以降の量的緩和について「議論する」と明言、多くの市場関係者が年明けからの量的緩和縮小(テーパリング)開始の可能性を意識し始めている。主要7カ国(G7)の中央銀行で金融緩和の出口論すら封印しているのは日銀だけだ。

金融緩和の量的側面に注目しても、日銀による最近の国債購入実績は技術的な限界もあって当初の年80兆円から60兆円前後まで落ちている。だが、日銀は国債以外の資産も購入しており、「インフレ率の実績が安定的に目標2%を超えることを目指す」という「オーバーシュート型コミットメント」の下、金額の多寡にかかわらず、マネタリーベースがオープン・エンドで増え続ける仕組みは堅持している。

昨年夏場に市場を騒然とさせた「総括的な検証」を経て、日銀による現在の金融政策の主な操作目標は「量」から「金利」に変更されており、国内金利の上昇を制御可能な範囲内で日銀の国債購入額が変動するのは自然な現象である。

民間金融機関が保有している国債を手放すのにも限度があるため、日銀による国債購入額は今後も受動的に減り続ける可能性はある。だが、「フローの資産購入額をゼロにすることを目指して減額する」という本来の意味でのテーパリングは日銀内でまだ議論されている様子はない。

誰も日本国債を売っていないのに、ひとりでに金利が上昇することはあり得ない。民間金融機関が「もうこれ以上は売れない」ところまで日銀が国債を買えば、それまでよりも少ない国債購入金額で金利の上昇を抑え込むことは可能だろう。

<年末に向けて1ドル115円突破か>

蛇足になるかもしれないが、民主党政権下で任命された日銀審議委員2人の任期が7月23日に切れており、現在は安倍内閣による任命比率100%の日銀会合が完成している。9月下旬に開催される次回の日銀会合における多数決の結果は、これまで市場が慣れ親しんでいた「賛成7、反対2」から「賛成9、反対0」に近づく可能性が意識されている。

洋の東西を問わず、「金融政策絡みの人事異動」はマーケット・トークの題材として好まれやすい。日本における異次元緩和の長期化観測は、今後一層強固になる可能性があり、米国と比較した金融政策の方向格差だけでなく、その他の先進国と比較しても日銀緩和の特異性が際立ってくるだろう。

アベノミクスの初期段階で猛威を振るった「日銀緩和による円安ストーリー」は、古くて新しいマーケット・トークのテーマとしてクロス円市場を中心に蒸し返されつつある。米金融政策の正常化観測が消えない限り、ドル円市場にもやがて伝染してくる時期が訪れるのではなかろうか。

その時期を特定するのは容易ではないが、早ければ9月20日の米連邦公開市場委員会(FOMC)、21日の日銀会合と続く日米金融政策の発表イベントの頃になりそうだ。毎年10―12月期はドル需要が高まりやすいこともあり、年末に向けては115円突破を予想している。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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