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コラム:消えぬドル95円リスク、円安再開は来春か=植野大作氏
2016年10月3日 / 08:26 / 1年前

コラム:消えぬドル95円リスク、円安再開は来春か=植野大作氏

[東京 3日] - ドル円ファンの熱い注目を集めていた日米金融政策の同日発表(9月21日)がやっと終わった。まず日銀会合では、これまで「量」に軸足を置いていた金融緩和の大胆な仕様変更を断行。利回り曲線の形状を管理する「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」に移行した。日銀執行部いわく、今後はこの施策を「イールドカーブ・コントロール」と呼ぶそうだ。

新たな枠組み導入に伴い、これまで掲げられていた「年80兆円程度」というベースマネーの増加目標は事実上撤廃された。ただ、この先もマネーを増やす方針は堅持。物価上昇率が目標の2%を安定的に「実現する」のではなく「超える」まで量的緩和を続ける方針が示された。こちらは「オーバーシュート型コミットメント」と命名された。

7月の日銀会合で「総括的な検証」という曖昧な政策改定を予告されて以来、市場関係者はその結果をめぐる詮索合戦を1カ月半以上も続けて疲弊気味だった。日本の金融政策に関する疑心暗鬼の日々から解放されたことにホッとしている知己は多い。新たに導入された施策により、客観的に見て持続不可能な金額で行われていた長期国債の爆買いが見直され、物価目標の達成に必要な長期の籠城戦が可能になった点も評価できる。

ただ、今回の決定内容を醒めた目で眺めると、事前に取り沙汰されていた「マイナス金利の深掘り」は見送られ、長期金利の誘導目標も当面は現状並みの「ゼロ%程度」に設定されている。金融政策の仕組みを変えることが決まっただけで、長短金利の操作面での追加緩和策は含まれていない。円高の反転を促すには迫力不足だ。

<上値の重いドル円、下値は軟弱な地合い継続>

一方、日銀の発表から半日遅れで公表された米連邦公開市場委員会(FOMC)では大方の予想通り、利上げは見送られた。

ただ、今回更新された政策金利の未来予想図では、年内の利上げ回数が6月時点の2回から1回に下方修正され、来年中の利上げ予想も3回から2回に削減されていた。より長期の政策金利見通しも引き下げられており、翌22日の東京市場では「秋分の日」の薄商いの中でドル安・円高が加速、一時100.1円と節目の100円割れ目前まで差し込む場面があった。

「日本の追加緩和見送り」「米国の金利見通し下方修正」という結果に対し、為替市場が円高・ドル安で反応したのは自然な現象だ。その割に、翌日の東京市場で節目の100円を割らなかったのは意外な印象もあるが、財務省・金融庁・日銀の幹部が休日返上で会議を開き、恐らくは計画的に主要メディアを通じて「円高けん制コメント」を一斉に流したことが、一時的な効力を発揮したとみられる。

円高の進行時に各通信社のヘッドラインで円高けん制発言が配信されるのは恒例行事だが、あの日は少し様子が違っていた。翌朝にかけ、各テレビ局の地上波、BSやCS放送に至るまで、浅川雅嗣財務官の発言映像を一体何度見ただろう。尺が長めの番組では、三者会合の現場に入る日銀理事や金融庁長官の姿まで事前撮影されていた。急きょ開催された臨時会合という割には、用意周到な雰囲気が濃厚に漂っていた。

ただ、通貨当局の口先介入の神通力だけでは、円高トレンドを反転させるのは恐らく無理だ。古今東西の先例を挙げるまでもなく、政府要人が通貨高けん制を連発せざるを得ない状況に追い込まれている局面では、市場の気の流れがそちらに向かっていることがほとんどだ。このため、口先介入はもちろん、仮に実弾介入を実施したとしても、自国通貨高阻止の試みは大抵の場合、一時的なスピード調整を促すことしかできない。

テクニカル的に見ても、現在は52週移動平均線などの代表的な長期トレンドが明確に下を向いている。足元のドル円相場は52週間前のレベルを大幅に下回って推移しており、見た目の印象が変わってトレンド反転への希望が湧いてくるまでには、最低でもあと半年程度は日柄調整が必要そうだ。

当面は「上値が重く、下値が柔らかくなりやすい」地合いが続くだろう。一時的に切り返しても105円を超えると伸び悩み、逆の場合は「二桁円台」に再突入、勢いがつけば95円割れを試すリスクも残っていると見ている。

<来春のドル円底入れ見通しを狂わすリスクは>

ただし、より長期的な視野に立脚すると、今回の政策変更で日銀緩和の持続可能性はかなり強化されたと言える。現行の「量的・質的金融緩和」が導入されてすでに3年半以上が過ぎたにもかかわらず、物価目標2%の実現が全く視野に入っていない事実に鑑みると、「物価上昇率が2%を安定的に超える状態を目指す」という日銀の新たな約束は、一体いつになったら果たされるのか見当もつかない。

日銀が今回導入した「オーバーシュート型コミットメント」は、厳密には「マネーの量を増やす」という方針に対して適用されるため、長短金利の操作は縛っていない。だが、常識的に考えて、「マネーの量を増やしながら政策金利は引き上げる」というチグハグな金融政策が実施されるとは思い難い。多くの市場関係者が物価目標2%を非常に遠くに感じている現在、日本における「異常な超低金利の超長期化観測」は一層強まった。

翻って米国では、9月の利上げ再開は見送られ、先行きの金利見通しも下方修正されたが、今後の外為市場では、今回のFOMCで提示された「年内1回、来年2回」という緩慢な利上げシナリオが期待形成のベースになる。今後の米国景気が腰折れでもしない限り、一段の利上げ見通し後退によるドル安圧力が台頭する可能性は次第に低くなりそうだ。

為替需給を取り巻く環境面で見ても、テクニカル的に日柄調整が進展する来年春先以降になれば、52週移動平均線に「底入れ遠からず」との期待が明滅しそうなほか、今回新たに提出された金利見通しに概ね沿って米国の短期金利が上昇するなら、本邦からのドル建て資産への投資にかかわる為替ヘッジ・コストも一段と上がっている可能性が高い。

その場合、現在はトレンド重視で「ドル円」に対して「戻り売り優位」の大局観で臨んでいるプレイヤーたちの売買行動が変化し始めるだろう。現在、日本からの対外証券投資は経常黒字をはるかに超える勢いで流出中だが、新規投資の為替ヘッジ・ポリシーや既存投資残高に対するヘッジ比率に見直しの兆候が出始めれば、円高優位に傾いている為替需給が変化しそうだ。「テクニカル、ファンダメンタルズ、需給の三要素がそろってドル円の底入れを促す時期は来年の春先以降」と判断している。

もっとも、そのような見通しの妥当性については、11月の米大統領選の結果も踏まえて判断する必要がある。過激な主張で大衆の怒りや不安をあおり立て、「米国さえ良ければそれでいい」というイメージが強いドナルド・トランプ共和党候補が米国の次期指導者に選ばれた場合、世界の株式市場が一時的にせよ不安定化しよう。株安・円高の調整が深く入り過ぎると、ドル円相場のトレンドが底入れに転じるのに必要な日柄調整が想定以上に延びる可能性がある。

筆者は、ヒラリー・クリントン民主党候補の勝利を予想しているが、希望的観測が一部入り混じっている点は認めざるを得ない。今回の米大統領選は「不人気者の一騎打ち」などと揶揄されており、この先何が起きても不思議はない。機動的なシナリオ修正の可能性には備えておきたい。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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