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コラム:ユーロ圏を脅かす「ドイツ一強」問題=唐鎌大輔氏
2017年2月24日 / 03:24 / 8ヶ月前

コラム:ユーロ圏を脅かす「ドイツ一強」問題=唐鎌大輔氏

[東京 24日] - 欧州の政治情勢をめぐって、きな臭い動きが目立ち始めているが、真に根の深い問題はここにきて拍車がかかっている「ドイツ一強」状態だろう。

もちろん、「ドイツ一強」自体は以前から存在する状況だが、最近では看過できないほど極まっている印象がある。近年のドイツ経済を語る上で欠かせないのが同国の巨大な貿易黒字の存在であり、2016年には2529億ユーロと6年連続で過去最大を更新している。ちなみに2016年の財政黒字は237億ユーロと、1990年の東西ドイツ統一以降最大を記録しており、ここで「双子の黒字」を実現している。驚異的と言わざるを得ない。

そして、これがドイツにとって「永遠の割安通貨」であるユーロによってもたらされた結果であることについて、改めて説明は要しまい。

筆者は2014年5月のコラム「ユーロ圏の日本化が招く欧米貿易摩擦」でも、この論点について警鐘を鳴らした。だが、事態は当時よりもまずい方向に向かっているように思われる。トランプ米大統領との軋轢が気掛かりなだけではない。域内で内包しきれないほどドイツの強さが際立ち始めてしていることに危険な雰囲気を感じるのだ。

<通貨安で黒字を荒稼ぎ、ドイツ政府も自覚>

現状のドイツ経済を見るにつけ最も不気味なのは、以下の報道が示すように、ドイツ政府首脳や高官が過剰な通貨安とそれに伴う貿易黒字の関係を相次ぎ「自白」し始めていることだ。

「欧州中銀(ECB)は欧州全体に機能する政策を策定しなければならない。それはドイツにとっては緩過ぎる」「ユーロ相場は、厳密に言えばドイツ経済の競争的立場から見て低過ぎる。ECBのドラギ総裁が拡張的金融政策に乗り出した際、私はドイツの輸出黒字を押し上げると総裁に言った」(ショイブレ独財務相、4日付のロイター記事

「ドイツの経済情勢だけを考えれば、現在のユーロは弱過ぎ、金利も低過ぎる」(スパーン独財務省政務次官、10日付のロイター記事

「もしドイツマルクが存続していれば、現在のユーロ相場と異なった水準にあったのは間違いない。(しかし)これはECBの独立した金融政策に関わる問題であり、独首相が影響を及ぼすことはできない」(メルケル独首相、18日付のロイター記事)。

先進各国が暗黙のうちに通貨安を希求しやすい世相にあって、首相や財務相自らが上記のように「我々の通貨は過剰に安い」と言い放ち、それが貿易黒字の蓄積につながっているとまで述べるのは近年ではかなり珍しい。

ちなみに、1月末には、トランプ米大統領が新設した国家通商会議のナバロ委員長が英紙に対し、ユーロは「暗黙のドイツマルク」のような存在であるにもかかわらず、過小評価されていることで、ドイツが有利に貿易を進めていると批判したことが話題になった。

こうした批判にメルケル首相やショイブレ財務相は反論しているものの、反論のポイントは「欧州の金融政策はドイツが決めているものではない」という点であって、「通貨安で黒字を荒稼ぎしている」という点については、むしろ同意している。

ドイツ政府首脳の本音を要約すれば、「我々も不健全な通貨安であることは承知しているが、それを決めているのはECBなので責められる筋合いはない」といったところだろうか。「儲かり過ぎて困っている」と言うと語弊があろうが、「過剰な通貨安で景気過熱感が生じ始めている」程度の懸念はあるのだろう。

<格差解消ペース鈍化、対独批判にも一理あり>

ドイツが地力に照らして割安な為替レートを享受している事実は、ECBの公表する対外競争力指数(HCI)から確認できる。通貨が共通化されても、各国で物価は異なるため、実質ベースで評価した為替レートは各々異なる。要するに、HCIはECBの公表する加盟国別の実質実効為替相場(REER)である。

以下では単位労働コスト(ULC)で実質化したHCIをベースに議論を進めてみたい。経済の発展段階が異なれば物価情勢が異なるのも当然であり、特に先進国へのキャッチアップ過程で周縁国の賃金・物価が相対的に高まり、実質為替レートも強含むことは理論的に想定される事態である(いわゆるバラッサ・サミュエルソン効果)。

2000―07年にかけて南欧に代表される周縁国は単一通貨ゆえの低金利とそれを背景とする旺盛な消費・投資意欲によって景気が過熱し、物価も騰勢を強めた(後述するように、そうした低金利はドイツ経済の不調に合わせて調節されたものだった)。

当然、結果として周縁国のULCは上昇し、REERも押し上げられたことで、ドイツとそれ以外の国の間で対外競争力の格差は拡大した。この格差が極大化したのが2008年半ばであり、その1年後の09年後半から欧州債務危機が本格化したことは周知の通りである。

そうして周縁国が不況に陥ったことで初めて格差の解消が進み始め、現在に至っている。だが、解消方向にこそあるものの、イタリアやフランスといった大国ではドイツとの格差が残っており、スペインやポルトガルなどの国々に関しても、格差解消ペースがここにきて小康状態にある。

裏を返せば、REERで評価した場合、ドイツは他国に比べて相対的に安い通貨を得ており、これが巨大な黒字の源泉となっている側面は否めない。この点、ナバロ委員長の批判は正しい。

<ECBを悩ます「ふぞろいなインフレ」>

2000―07年は「停滞するドイツ」に合わせてECBが緩和的な金融環境を作り出したことで「過熱する周縁国」が作り出され、その不均衡が深刻な債務危機につながった。これに対し現在は「停滞する周縁国」に合わせた金融緩和で「過熱するドイツ」が作り出され、その不均衡がどのような帰結を迎えるのかが注目されている。

なお、不均衡は貿易収支やREERだけではなく、ユーロ圏消費者物価指数(HICP)でも顕著だ。例えば、1月分のHICPはドイツが前年比プラス1.7%と2%に肉薄しているのに対し、フランスは同0.8%、イタリアは同0.5%と中核国の中でも開きがある。今後のECBは、こうしたばらつきをうまく制御するという難題をクリアしなければならない。

2013―15年のユーロ圏では「域内のディスインフレ」が1つのテーマとなっていたが、この際は域内全体が類似の問題を抱えていたので、ECBは「追加緩和を実施する」という道において「何をやるか」を考えれば良かった。一方、今後は「ふぞろいなインフレ」の下で、「追加緩和をすべきか」という問い自体が問題となる(もっとも、ディスインフレ環境はエネルギー価格の持ち直しによる一時的な落ち着きかもしれないが)。

とはいえ、「過熱するドイツ」の存在があるとしても、多数決で動きやすいECBは「停滞する周縁国」を無視することはできず、緩和を続けざるを得まい。だとすれば結局、ドイツは安過ぎるユーロによって貿易黒字を積み上げ、国内景気を過熱し続けることになる。

その先に警戒されるのはドイツにおけるバブル生成とその破裂だ。万が一、債務危機の傷が癒えていない状況に対し、そうしたことが起きてしまえば、今度こそユーロ圏が立ち直ることは難しくなろう。また、自国の本意ではない政策を続けさせられることにより理事会内部での亀裂も表面化してくる恐れがある(かつてシュタルクECB理事が途中辞任したように)。

このような対ドイツ格差から派生するストレスシナリオはまだ市場でマイナーな想定だが、時を追うごとに深刻化してくるテーマと考えられ、注目しておく価値はある。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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