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コラム:ユーロの宿命的矛盾、仏選挙後に噴出か=唐鎌大輔氏
2017年4月24日 / 01:58 / 5ヶ月前

コラム:ユーロの宿命的矛盾、仏選挙後に噴出か=唐鎌大輔氏

[東京 24日] - フランス大統領選挙の第1回投票は、当初予想された結果に落ち着いた。5月7日の決選投票はマクロン前経済相と国民戦線(FN)のルペン党首による一騎打ちとなり、マクロン氏の勝利という当初からのメインシナリオが進行中だ。

だが、今回は無事に乗り切るにしても、この先、何年も同じことが繰り返される可能性は高い。まずは、ユーロ圏4大国の中で通貨ユーロへの反対が最も大きいイタリアにおいて、来年5月までに解散・総選挙がある。反欧州連合(EU)政党の政権奪取が警戒される同国こそが来年にかけて最大の欧州政治リスクだろう。

ところで、近年のEUは政治リスクばかりに目を奪われ、経済情勢へ注意が向きにくくなっているように思える。だが最近、欧州中銀(ECB)の政策運営を見ていると、将来的に手詰まりとなる局面が次第に迫っているように感じられる。このところECB理事会内部におけるハト派とタカ派の分裂色が目立ち始めているのはその前兆ではないか。

細かな経緯は割愛するが、例えば、4月6日に行われた講演の中でドラギECB総裁は「インフレ見通しに関する我々の認識を大きく修正するのに十分な証拠はない。インフレ見通しは極めて大きな緩和の程度にまだ依存している」と述べ、引き締めの思惑を払拭しようと努めた(3月理事会後、市場ではECBに対する出口期待が盛り上がった)。

しかし、この講演の直後、ワイトマン独連銀総裁からは「ユーロ圏の長期化した力強い景気回復と物価圧力の高まりを考えると、いつ理事会が金融政策の正常化を検討すべきか、さらにそれに伴いどのようにガイダンスを修正するかについて討議することはもっともである」と正反対の主張が展開され、一部で注目された。互いが意識したわけではないのだろうが、理事会の分裂を如実に示す「ひとコマ」に思えた。

<ユーロ圏の「古くて新しい問題」>

分裂は結局のところ、ドイツとそれ以外の加盟国の経済格差を映じたものだ。「景気過熱が懸念されるドイツ」と「景気停滞が続く周縁国」という状況に対し、ECBが割り当てられる金融政策は一本しかない。ユーロ導入以来懸念されてきた論点が今、「古くて新しい問題」として重要性を持ち始めている。

4月14日に米財務省から公表された為替政策報告書もこの点に言及している。市場では為替操作国認定の有無ばかりが注目されたが、ユーロ圏に対する評価の中で「経済パフォーマンスの質に照らして加盟国間で著しい分散(considerable dispersion)が見られている」との記述があった。

為替相場の観点からは、一部加盟国の脆弱さにより押し下げられた単一通貨ユーロが一部加盟国にとって過小評価になるという事実につながるため、同報告書で言及されるのは自然な話である。

筆者はこうした現象をドイツの「永遠の割安通貨」問題と呼んできたが、報告書でも「ドイツの実質実効為替相場は2009年以降で10%下落しており、こうした動きはドイツが通貨同盟の一員でいなければ、巨大で執拗な経常黒字に照らせば直観的に理解できるものではない(counterintuitive)」とかなり率直な批判が展開されている。

これは「ドイツはユーロにただ乗りしている」という批判を丁寧に言い直したものだろう。域内経済格差をテコに経常黒字の膨張を続けるドイツについて、いよいよ米国の通貨当局が言及し始めているという現実は重要である。

ちなみに、通貨安を介して自国の一強状態が極まりつつあることはメルケル首相やショイブレ財務相などの高官も認めるところだ。この点は過去のコラムユーロ圏を脅かすドイツ一強問題」を参照いただきたい。

<ユーロ導入後、初めての現象>

では、ドイツと周縁国の格差を把握する上では、どのような指標を見れば良いか。例えば、失業率に関し、2014年から2016年の平均で見た場合、ユーロ圏は10.8%であるのに対しドイツは4.6%と突出して低く、完全雇用との評価も聞かれる。

片や、フランスやイタリアは10%を上回り、スペインやギリシャに至っては20%を超えている。こうした状況に対し一本の金融政策しか使えないことに無理があることは明白であり、説明は不要だろう。そのほか国内総生産(GDP)や物価でも類似の指摘が可能だ。

ただ、ECBの金融政策への中長期的な影響を検討するにあたっては、こうした目先の指標以外にも注目したい。例えば、経済協力開発機構(OECD)推計データを用いて、デフレギャップに関し、ドイツ、フランス、イタリア、スペインの4カ国の推移を見比べると、2014年以降、ドイツだけが同ギャップを解消し、しかもプラス幅を徐々に拡大している。マイナス圏での推移を余儀なくされている他の3カ国と比較すれば、彼我の差は大きいと言わざるを得ない。

なお、イタリアやスペインはマイナス圏ながらもこれを縮小する動きが見られるが、フランスに至ってはデフレギャップが緩やかに拡大した後、そのまま横ばいになる心配な状況にある。

ユーロ圏加盟国間の「デフレギャップの格差」は2011年以降、顕著に拡大し始めているが、そうした現象自体、ユーロ導入後の最初の10年間では見られなかったものであることは重要だ。

<ECB理事会の分裂強まる恐れ>

このようなデフレギャップに見る「地力の差」はいずれ経済の体温である賃金・物価の押し上げにつながってくるはずであり、それが顕在化した時にECBは真の苦境を迎えることになる。

現状、ユーロスタットが公表するユーロ圏労働コスト指数などを見ると、2014年以降、すでにドイツの動きは頭一つ抜け出ている。労働コストへの波及はECBが伝統的に政策変更のキーフレーズとして使用してきた「二次的波及効果(second-round effect)」を象徴する動きであり、「次の一手」を読む上では極めて大事な材料である。

今後を見据える上で重要なことは、プラスのGDPギャップ拡大に伴ってドイツの賃金・物価がさらに騰勢を強めてきた場合、ECBが金融引き締めを決断できるか否かだ。もしくは、決断できずに周縁国に配慮して緩和を継続するのだろうか。前者ならば周縁国がデフレ圧力に苦しみ、後者ならばドイツにおけるバブルの発生そして崩壊というシナリオが予見される。

こうした状況に対しECBが提示できる処方箋は残念ながらない。本来ならば、圧倒的強者であるドイツが財政(ユーロ圏共同債)という「身銭」を切って、域内全体の浮揚を図ることが期待される。これは「永遠の割安通貨」の果実を享受している国としての責務とも言える。だが、今のところ、ドイツにその腹積もりがあるようには見えない。結局、ECBはドイツか周縁国か、どちらかの意に反する政策を取らざるを得なくなるだろう。

現実的には、ECBは緩和継続の道を歩むことになるのではないか。理事会の意思決定はあくまで多数決であり、数で勝る周縁国を追い詰める政策運営は続けられまい。とどのつまり、ドイツは葛藤を覚えつつ、不本意な景気過熱を見過ごすしかなくなる可能性がある。そしてワイトマン総裁やショイブレ財務相そしてメルケル首相などドイツ高官の言動は一段と先鋭化し、理事会の分裂色は今よりも強くなることが予想される。

「金融政策が共通で、財政政策がバラバラという状況で域内経済の制御は難しい」という懸念はユーロ導入当初からあったものだ。こうした懸念は「ユーロ導入により景気循環も収れんする」という楽観論で糊塗(こと)されてきたが、今後は本稿で指摘したような構造的な欠陥が表面化してくるのではないか。フランス大統領選を無事に乗り切れそうなことは何よりだが、ECBそしてEUの真の苦境が訪れるのはこれからである。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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