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コラム:メルケル独首相を悩ます「異形の経済」=唐鎌大輔氏
2017年5月24日 / 00:02 / 4ヶ月前

コラム:メルケル独首相を悩ます「異形の経済」=唐鎌大輔氏

[東京 24日] - 22日の為替市場では、同日ベルリンで講演したメルケル独首相の「ユーロが欧州中銀(ECB)の政策によって弱過ぎるため、ドイツ製品が相対的に安価となっている」との発言が材料視され、ユーロ相場が急騰する動きが見られた。

メルケル首相は2月にも「もしドイツマルクが存続していれば、現在のユーロ相場と異なった水準にあったのは間違いない。(しかし)これはECBの独立した金融政策に関わる問題であり、独首相が影響を及ぼすことはできない」などと同様の発言を行い、間接的にECBへの批判を展開した経緯がある。

だが、3年半前のメルケル首相は自国の貿易黒字に対する批判に関し「ドイツの競争力を人為的に低下させることは馬鹿げている」などと述べ、黒字はあくまで企業の競争力に起因するものであり、不当ではないという立場にあった。

これらの発言の対比から、過去3年でメルケル首相の為替相場および貿易収支に対する認識は相当変わったものと見受けられる。

もちろん、過去3年でユーロドルは2割近く下落しており、主張が変化すること自体は不思議ではない。また、貿易黒字自体も過去3年で30%(2013年の1977億ユーロから16年の2531億ユーロへ)増えた。不均衡への懸念が芽生えるのも自然である。メルケル首相の言う通り、黒字蓄積の背景にユーロ安が寄与した側面は否定できない。

ちなみに、メルケル発言の裏には、トランプ政権の通貨・通商政策が先鋭化する中、これを懐柔したいという思惑が働いた可能性もあるが、そのような理由が有力とは思えない。漏れ伝わってくるメルケル首相やドイツのイメージに照らせば、「米国に批判されたから政策運営を変える」という印象は薄い。

そもそもトランプ政権による日本、メキシコ、中国への批判に比べてドイツへの言及は(なぜか)目立っておらず、メルケル首相が神経質になるほどの事態には思えない。

<貯蓄・投資バランスが示す異常事態>

メルケル首相は22日、上述の発言に加えて、「ドイツは国内投資を一段と拡大することが可能だ」と述べ、内需不足への問題意識をあらわにしている。この問題意識は正しい。

ドイツ経済の貯蓄・投資(IS)バランスを見ると、家計・企業・政府の国内経済部門全てが貯蓄過剰という異常事態であり、国内の消費・投資不足が極まる状況にある。こうした経済の構図は先進国の中でも特に異形であり、正常な資源配分がなされているとは言い難い。ここまで分かりやすい外需依存型のISバランスとなると、他国からの批判にも応戦しにくいだろう。

だが、メルケル首相の抱くそうした問題意識の先に財政出動の必要性が見据えられているのかどうかは定かではない。説明するまでもなくドイツの教条主義的な緊縮路線は筋金入りである。内需不足を認めつつも、あくまで民間部門での調整を念頭に置き、政府部門による需要の刺激については相変わらずタブー視する可能性はある。

確かに民間部門の需要拡大は重要だが、内需の刺激を希求しつつ財政黒字を堅持するのだとしたら、それはそれで異様な構図ではある。財政黒字それ自体が目的化し、実体経済が歪むのは本末転倒だ。

なお、筋論から言えば、ドイツにはユーロ圏共同債を通じた域内財政移転の仕組みをけん引する責務があるし、その力もある。一時期盛り上がったものの完全に表舞台から消え去ってしまった構想だが、マクロン・フランス大統領の目玉政策としても掲げられており、独仏協調の旗印として欧州連合(EU)の再結束を促す機会として有用だろう。

ドイツ世論の反対は当然予想されるが、難民問題すら乗り越えて国民の支持を集めるメルケル首相ならば不可能な問題ではないようにも思われる。だが、それも首相自身が「財政出動は悪」という思想を抱いているのであれば、画餅に終わってしまう。

ドイツ国内の財政刺激にせよ、ユーロ圏共同債の推進にせよ、今秋の連邦議会選挙を経て4選を果たすメルケル首相がどのようなスタンスを見せてくるのかは注目したい。

<ツケを払わされているECB>

今後、現実的に期待したいのはドイツが財政出動を行うことで域内からの輸入を引き受ける展開である(一方、理想的に期待したいのはドイツがユーロ圏共同債で他国需要に直接貢献する展開だが、実現は難しかろう)。

そうすれば域内経済の浮揚も期待され、ECBの緩和路線も徐々にドイツの望む方向へ調整できる余地が生まれる。今年に入ってからメルケル首相を含むドイツ高官がECB批判を展開する場面が散見されるが、他の加盟国が金融引き締めに耐え得る体力を持たない限り、ECBが明示的に引き締めに動くことはまずあり得ない。ドイツ基準の金融政策は他国にとっては拷問になりかねないのであり、ECBにそのような政策運営を望むのであれば、他国の基礎体力(景気)向上が必須である。

この点、ドイツは「独りでトレーニング(改革)しろ」という立場だが、他国からすればドイツの強さを反映した重し(割高な通貨ユーロ)を手足に付けられている以上、「(財政出動で)手伝って欲しい」という思いがある。こうした埒(らち)の明かない状況ゆえに、ECBは緩和路線を堅持し、重しを軽くするような政策運営に勤しんでいるのだ。要するに、財政政策が一本化されていないことに対するツケを一本化されている金融政策が払っている状況である。

こうして見ると、ドイツは国内における財政出動やユーロ圏共同債を自己犠牲と捉えがちだが、それは誤りであることが分かる。ドイツが身銭を切って域内経済の浮揚に努めることで初めてECBは金融緩和の修正を検討できる。現在のドイツが経済政策を考える上での重要な価値観は「情けは人のためならず」の精神であり、将来の金融引き締めを可能にするためには現在の財政出動が求められる状況という事実を認識してもらいたい。

<ドラギ総裁後任選びは難渋必至か>

また、一部報道では2019年10月末に任期が切れるドラギECB総裁の後任にメルケル首相を含むドイツ政府首脳がワイトマン独連銀総裁を推す動きがあるという。これまでドイツ人が一度も総裁に就任していないことが驚きでもあり、それ自体は違和感の小さい話である。だが、緩和を必要とする加盟国が多い以上、総裁がドイツ人であれ、イタリア人であれ、状況は変わらないだろう。

ECB理事会は多数決であり、賛否同数の場合にこそ総裁がキャスティングボートを握るが、現状が続く限り、賛否同数という状況に至る可能性は高くないだろう。せいぜい、ドイツに追随するのはオランダ、フィンランド、ベルギー、ルクセンブルグ、オーストリアといった健全国にとどまる。ユーロ圏全体の経済が成長しない限り、ECB理事会の過半数が緩和路線の修正に同意することはなく、ドイツが抱える「永遠の割安通貨」問題も解消することもないだろう。もちろん、巨額の貿易黒字問題も解決しない。

ちなみに、ECB総裁は理事会においてコンセンサスを形成し、意思決定を促す役割を負っている。常に反対意見を表明するドイツ人はふさわしくないとの意見は当然予想され、後任選びは難渋するだろう。

いずれにせよ、ドイツはECBの政策運営に苦情を述べる前に、自国の財政政策の在り方を見つめ直すことの方が先決である。さもなければ、ドイツは永遠にユーロ安と貿易黒字について無駄な不平不満を言い続ける羽目になりかねない。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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