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コラム:「ドル安・円安」併存の限界=唐鎌大輔氏
2017年7月18日 / 04:30 / 3ヶ月後

コラム:「ドル安・円安」併存の限界=唐鎌大輔氏

[東京 18日] - 日本の為替市場では現在、内外金融政策格差が大きなテーマとなっており、「置いてけぼりの日銀」とその結果としての円安といった論調が散見される。

確かに主要国の金利市場は、6月下旬に開かれた欧州中央銀行(ECB)年次フォーラムにおけるドラギECB総裁の開幕スピーチを契機として上昇基調にあるが、イールドカーブ・コントロールの支配下にある日本だけは蚊帳の外だ。シンプルなロジックが好まれやすい為替市場で円安が進むのは当然かもしれない。

筆者は2014年半ば以降、「高過ぎるドルが全面安に転じる中で円相場も巻き込まれ円高になる」と考えてきた。しかし、「デフレ圧力はリフレ圧力に変わった」との認識を示したドラギ・スピーチ以降の為替相場で起きたことは「ドル安・円安」であり、予想は半分当たって半分外れた格好になっている。

通常、ドルインデックスが下落する地合いでは円相場もこれに準じて騰勢を強めることが多いので、最近の値動きは比較的珍しいと言える。だが、過去に例がなかったわけではない。

2005―07年の円安バブルと呼ばれた時代では、2006年以降、「ドルインデックスの下落」と「ドル円の上昇」が併存した。この頃はラフに言えば、「円を売って、外貨を買えばおおむね儲かる」と考えられていた時代であり、いわゆる円キャリー取引が最も華やかだった時代である。

そうなった背景には円だけがゼロ金利である一方、その他通貨の政策金利が連続的に引き上げられるという状況があった。「円を元手とする外貨投資」の期待収益増大が当然視されるような空気があったのだ。

英ポンドや豪ドル、新興・資源国通貨まで視野を広げれば、ドルよりも金利が高く、継続的に利上げが見込めそうな通貨も複数存在した。それゆえ、正確には「円を元手とする外貨投資」に限らず「ドルを元手とする外貨投資」も相応に注目された。換言すれば、円キャリー取引も流行るがドルキャリー取引も流行っていたため、ドル安と円安が併存し得た局面だったのである。

<金利差頼みの円安予想に落とし穴>

「ドル安・円安」が定着する必要条件をあえて2つだけ挙げると、1)「複数の外貨に対して十分な金利差が存在すること」は当然として、2)「ボラティリティーが安定していること」も求められよう。調達通貨が投資対象通貨に対して上昇してしまったら元も子もないからだ。現状では、2番目の条件はクリアしているが1番目の条件を満たしているとは言えず、その見通しも不透明というのが実情ではないか。

もとよりドルしか存在しなかった国際分散投資の対象にユーロ、英ポンド、カナダドルと、にわかに複数の候補が浮上してきたので、食指が動く心理は分からなくはない。米国に殺到していた運用難民がドルを手放し、他の目的地を目指し始めたのだろう。だが、最近のブームが基調として根付く可能性は高くないと思われる。

例えば、先陣を切ったカナダ中銀(BOC)は今の流れを保てるのだろうか。BOCが7月に実施した6年10カ月ぶりの利上げは2014年下半期から2015年にかけての原油価格急落を受けて実施した2回の臨時利下げの巻き戻しという位置付けであり、金融危機前への回帰を目指す正常化とは別次元との評価が多い。現に、市場では利上げはあと1回で打ち止めとの見方が大勢だ。

では、ブームの震源地となったECBはどうか。詳細は9月政策理事会までお預けだが、正常化と言っても実際にできることは「量的緩和の縮小・廃止」までであり、その後全てが順当に進んだとしても、預金ファシリティー金利の引き上げが始まるのは2018年秋、それがプラス圏に浮上するのは2019年以降である(ECBがコミットメントを守れば)。

しかし、その間に強含むだろう金利や通貨に周縁国は無傷でいられるのか。そもそも、今後、ユーロ圏消費者物価指数が加速する見通しは全く立っていない上に、来春までにはイタリアの解散・総選挙が控えている。ECBが現状の強気を維持し続ける難易度は相当に高いと筆者は考えている。

最後に英中銀(BOE)はどうか。そもそもポンドは「正常化グループの一員」とは言えない。実体経済の堅調を受けて引き締め路線を歩もうとしている米連邦準備理事会(FRB)、ECB、BOCに対し、BOEの利上げは通貨安に起因するスタグフレーション対策の色合いが濃く、ダメージコントロールとしての性格を持つ。少なくとも「実体経済の地力を評価して買う」という取引が報われる通貨であるようには思えない。

また、英政府にはどうやら欧州連合(EU)からの離脱に関し確固たるグランドデザインがなさそうであり、これから本格化する離脱交渉では欧州委員会になし崩し的に押し込まれる可能性が高い。よって、今後交渉の経過が伝えられるたびにポンドが下落する公算は大きいと思われるが、BOEはその都度、利上げで応戦するのだろうか。実質所得の減退で弱っている経済がこれに耐え得るとは考えにくい。

以上が筆者の抱くBOC、ECB、BOEの近況に対する雑感だが、少なくとも複数通貨における金利先高観が当然視されていた2006―07年とは事情がだいぶ異なるように思えてくる。上述した1番目の条件(十分な金利差)は決して盤石とは言えないのではないか。

<円キャリー取引は不毛>

もちろん、現状の値動きの背後にあるロジックがあまりにも分かりやすいものであるため、円キャリー取引の隆盛をもてはやす論調が広がるのは理解できる。だが、万が一、円キャリー取引主導の円安局面が到来したとしても、理論的(金利平価的)には、その後の為替変動でオフセットされる運命にあるし、実際にそうだった。

例えば円安ブームに2005年からエントリーし、2008年や2009年までホールドした場合、金利(インカム)で稼いだ分は為替(キャピタル)でしっかり相殺され、おおむね中立という結果になったはずだ。これらは理論的に想定された通りの結末でもある。

確かに、「そうした調整が到来する前にエグジットできる」という確信があればキャリー取引は奏功する。だが、現状のように大した金利差も稼げない状況で、購買力平価(PPP)対比ですでにかなり上振れているドル円を買い進めるのはリスクの方が大きいはずだ。

以上を総括すると、現状、6月下旬以降、テーマ化している「置いてけぼりの日銀」とその結果としての円安という解釈は直感的に受け入れやすいものの、依然としてFRBに続いて引き締めを継続できそうな中銀はないという事実は恐らく「ドル安・円安」の継続を難しくする。

すでに述べたように、為替の世界において「ドル安・円安」が進むケースは珍しく、その実現には複数中銀による同時多発的な引き締めの継続が必要条件と考えられる。

また、当のFRBも経済指標に過熱感が見られない中で一方的な引き締めを志向している。「将来の利下げ余地確保」といった糊代(のりしろ)的な観点から政策運営が行われているのではないかとの、うがった見方は根強い。実際、一部の地区連銀総裁はこうした主張を隠していない。「経済的な正しさ」に基づかない正常化に持続性を期待するのは難しいのではないか。

正常化ブームに乗った円安が文字通りひと夏の「ブーム」として収束してしまう展開を筆者はまだ警戒したい。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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