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コラム:大英帝国分裂か、EU崩壊は杞憂=唐鎌大輔氏
2016年6月24日 / 09:51 / 1年前

コラム:大英帝国分裂か、EU崩壊は杞憂=唐鎌大輔氏

[東京 24日] - 欧州連合(EU)離脱を問う英国民投票は接戦の末、巷(ちまた)の予想を覆し、離脱派が勝利した。これから起こり得る展開に関し、ドル・ユーロ・円というG3通貨の見通しへの影響も絡めつつ、整理してみたい。

まず、英国は今後、脱退を通知した後、リスボン条約50条に沿って離脱手続きを粛々と進めることになる。同条は「欧州理事会(=EU首脳会議)における全加盟国の延長合意がない限り、脱退通知から2年以内にリスボン条約の適用が停止される」と規定するものである。

つまり、英国が近日中に欧州理事会へ脱退通知を行ったとして、2018年6月が重要な節目として注目されることになる。言い換えれば、それまでに英国はEUとの「新たな関係」を交渉し、確定しておく必要がある。

この点、過去にEUと特別な政治・経済協定を結んだ一部の国々のモデルが注目されている。これらのモデルに関する仔細な分析は類似の論考が諸賢より出ているので本欄では割愛するが、単一市場へのアクセスを一部諦めつつ、EUからの介入を遮断した上で、交渉によってはうまく付き合っていける余地を残すカナダのように、包括的経済貿易協定(CETA)をEUと締結する道を探る公算が大きい。

英国のEU離脱派はこのカナダモデルを叩き台として、現状よりも旨味のある対EU関係構築が可能だと考えているからこそ、離脱を主張してきたわけである。

なお、上述はあくまでも対EUでの関係構築であって、英国はEU以外とも「新たな関係」を修復する必要がある。EUは現在、53の国・地域と自由貿易協定(FTA)を結んでいるが、離脱に伴いこれは全て喪失する。全てを復元するために長い年月がかかることは必至であり、しかも、現在締結しているものほど良好な条件になるとは限らない。

オバマ米大統領は米国とのFTA交渉に関し、離脱した英国がEUより優先されることはないと述べている。最悪の場合、英国はEUと何ら特別な互恵関係を結べず、世界貿易機関(WTO)ベースの貿易関係、要するに最も基本的なルールの適用に甘んじることになるかもしれない。この場合、英国はEUに対して何ら義務を負う必要はなくなるが、巨大な単一市場を横目にしてそのメリットは全く受けないということになる。最悪と言わざるを得ない。

離脱によるメリットを感じられないまま実施されることになる2020年5月の英国総選挙では、「EU離脱は正しいものだったのか」が争点になるのではないか。

<EUは離脱した英国に手加減しないだろう>

注目は今後2年間の英国とEU間の交渉に移るが、離脱した英国にEUは一切の手加減をしないだろう。2018年6月までに英国、EUの双方が納得のいく合意を円滑に形成できれば良いが、EUからすればここで甘い顔をするわけには絶対にいかない。

離脱が実現した場合、EU政策当局が最も忌み嫌う展開は「離脱の連鎖」が起きることである。来年以降の政治日程に目をやれば、春には仏大統領選挙、秋には独連邦議会選挙がある。英国離脱が、ただでさえ各国で勢いづいている右派ポピュリズムの「追い風」になることは確実であり、EU側は英国に対し、厳しい立場を貫くはずだ。

こうした状況下、上で述べたような「新たな関係」をめぐる交渉において、そう簡単に英国にとって都合の良い協定を用意するとは思えない。英国に譲歩するほど、それは第2、第3の離脱候補に対してインセンティブを与えるようなものだ。そう考えると、「カナダモデルの下でうまく立ち回る」というシナリオもかなり難しいように思える。

<EU分裂より大英帝国分裂リスクを心配すべき>

離脱が与える英国経済への影響に関しては、直感的に、対英直接投資の減少、対英証券投資の減少は不可避と思われる。仮に、EUから離脱して、なおかつ欧州経済領域(EEA)や欧州自由貿易協定(EFTA)からも距離を置く場合、英国は現在享受している共通関税や単一市場ルールに絡んだメリットなどを喪失することになる。

EUから離脱しEEAにも加盟しないのであれば、税制面でメリットを感じていた民間企業が英国から流出するリスクは高まる。また、域内金融機関に認められてきた単一ルールが適用除外になることも大きな影響を与える。

例えば域内金融機関に認められてきたシングルパスポート・ルールなどが適用されない道を選んだ場合、英国の許認可をベースとしてEUで業務展開していた金融機関は拠点の再考を迫られる。そのような金融機関はEU加盟国いずれかに業務を移管し、そこで許認可を再取得すれば再び単一ルールが適用になるため、やはり予想されるアクションは「英国からの脱出」ということになる。

ちなみに、程なくして格付け会社が離脱を理由に英国債の格下げを決定するだろう。こうした動きは英国の金融機関の資金調達コスト上昇に直結し、国際金融市場の懸念材料となり得る。

火種はまだある。2年前に独立を賭けた国民投票で市場を賑わしたスコットランドは英国の離脱が決まった場合、住民投票を再度行う方針を明らかにしているし、北アイルランドも同様の意思表明をしている。EU分裂よりも大英帝国分裂の方がよほど現実的に心配されるリスクである。

さらに、残されるEU27カ国にとっては、EU4大国の一角をなす英国が抜けることで、各国の予算負担が増すなどの論点はあり得る。

<「政治同盟の後退=ユーロ安」ではない>

最後に為替相場への影響はどうか。すでに見られているように、G3通貨に関しては「円>ドル>ユーロ」の強弱関係が続きそうだ。

昨年来、筆者は米国の通貨・金融政策がドル高を許容し続けるはずがないとの理由から円高・ドル安を見込んできたが、英国のEU離脱によって、わずかに残っていた年内利上げの望みは完全に潰えた。これまでの円安相場があくまで対米金融政策格差を原動力としてきたことを踏まえれば、円高の確度は一段と高まったと言える。

また、英国のEU離脱は、同種の主張を振りかざすドナルド・トランプ氏が米大統領選で勝利するリスクを高める材料でもある。当面、円安反転の芽は見出しにくく、7―9月期にもドル円相場は100円割れ定着となるのではないか。実質実効為替相場の平均回帰を想定した場合、95円程度は違和感がない。

片や、ユーロはどう考えるべきか。今回の一件が政治同盟として平和を希求してきた欧州統合プロジェクトにとって、史上最大の失敗であることは間違いない。それゆえ、当面は軟調な推移になるのは致し方ない。だが、結局は米国の利上げが頓挫する中で、ユーロ相場は底堅さを維持するというのが筆者の基本認識である。

そもそも「政治同盟としての戦略破綻」と「残された加盟国から構成され存続する通貨ユーロの地力」が直結するとは限らない。過去の危機と同様、今回も、EU崩壊をはやし立てる論調が散見されているが、上述したように、離脱した英国にEUが手心を加えるはずもなく、今後、同国は「みせしめ」とされる可能性が高い。

だとすれば、英国離脱に端を発する崩壊シナリオの確度は低い。少なくとも崩壊を騒ぎ立てるのは英国経済の行く末を見守ってからでも遅くはないはずだ。世界最大の経常黒字と高めの実質金利というユーロの地力の強さは英国離脱後も変わるものではなく、通貨分析の上では明らかな買い材料と位置づけられる。

英国のEU離脱がユーロ相場の動きに直結するかどうかは、ドイツを中心とする残された加盟国の今後の立ち回りにかかっている。事によっては「共通通貨圏から脱落者が出るたびにドイツマルクに近づく」というような柔軟な発想を持ち、相場を見通したいところである。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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