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コラム:米中貿易摩擦、日米と同じ運命か=熊野英生氏
2017年1月12日 / 07:57 / 8ヶ月前

コラム:米中貿易摩擦、日米と同じ運命か=熊野英生氏

[東京 12日] - トランプ次期米大統領は、中国に対しては手厳しい外交を展開しそうだ。背景の1つには、米国が抱えている対中貿易赤字問題がある。

米国にとって中国は、最大の輸入相手国だ。それなのに、輸出額は少ない。中国は米国製品をほとんど輸入せず、輸出ばかりしている。中国の対米輸入額が、対米輸出額の約4分の1でしかないのは、アンフェアにみえる。そういった理由が、報復的な関税率を課してやろうという動機になっている。

これは、昔どこかで聞き覚えのある話だ。そう、20年以上前の日米貿易摩擦のときとほとんど同じなのだ。ならば、私たちはその貿易摩擦の記憶をたどることで、今後の教訓にすることができるだろう。

<摩擦は中国の経済的没落まで続くか>

日本が貿易黒字に転じたのは1981年だ。その後、83年頃から対米黒字が急拡大していく。これは米国の赤字拡大と対称を成した。

80年代半ば以降のバブル期の初めから貿易摩擦がクローズアップされて、内需型経済への転換を提言した86年の「前川リポート」(中曽根康弘当時首相の私的諮問機関がまとめた報告書)、89年以降の日米構造協議を経て、90年代後半には下火になった。日本の貿易黒字が93年から減少に転じ、96年にはピーク時の半分まで減ったことが理由だろう(ドルベースの減少は95年から)。

ルービン米財務長官(在任期間95―99年)の登場がドル高政策へとパラダイムを変えて、貿易赤字は悪というパターナリズム(父権的な権威主義)が消えたことが大きいとみている。

また、日本もバブル崩壊からデフレ経済に移行する。アジア通貨危機が起こって、日本問題が霞(かす)んだことも、日米摩擦が消えた背景と考えられる。つまり、今後の中国の努力によって米中貿易摩擦が解決されるのではなく、米国の政治勢力の交代か、あるいは中国の経済的没落をもってしか許されないと予想される。

<日本は終始、誤解だと思っていた>

興味深いのは、80年代後半から経済学者の小宮隆太郎氏が、米国の経常赤字は貯蓄投資バランスの結果であり、原因は日本側でなく米国の経済体質にあると喝破していたことである。平易に言えば、米国の過剰消費が続く限り、輸入額は膨らんで巨大な経常赤字は変わらないということだ。

当時、日本の流通市場などの閉鎖性が米国製品を輸入しない原因であり、日本の構造改革が求められると多くのオピニオンリーダーが主張していたのを小宮氏は一刀両断に切り捨てた。86年の前川リポートが唱えていたのは、本当は内需拡大ではなく輸入拡大だった。

95年の経済白書には、こうある。「アメリカの対日貿易赤字の拡大がクローズアップされることが多い。あたかも対日貿易収支だけが特別な動きをしているような捉え方がなされるが、こうした見方は適切でない」。

<なぜ二国間のFTAではダメなのか>

そもそも貿易とは、隣町の安いスーパーに買い物に行くのに似ている。わが町の消費者は安く買うメリットを享受できる。わが町における買い物の量は、隣町に出かける消費者が増えると、反対に減ってしまう。だから、わが町の町長は、隣町との間に関所を設けて関税を課そうとする。

こう言えば、わが町の消費者は、関税によって害されることが分かるだろう。貿易のメリットは、わが町のスーパーが隣町の同業者に負けないように競争して利便性を向上させることにある。また、わが町で作っていない商品は外から安く買えば、自給自足よりもはるかに豊かになれる。

米国が中国から安い製品を大量に購入していることは、米国民を潤している。米国企業の国際分業は、関税率が低くなるほど米国の消費者のメリットを高める。

過去、世界貿易機関(WTO)加盟国で関税率を広範囲に下げようとしたが、各国の利害でうまくいかなかった。そのため、マルチ交渉(多国間)からバイ(一対一)の交渉、すなわち自由貿易協定(FTA)・経済連携協定(EPA)の方向へと流れが変わった。

北米自由貿易協定(NAFTA)や環太平洋連携協定(TPP)のように複数国が同盟を組むかたちになるのは、WTOのマルチ交渉とFTAの中間を狙って、関税率を一挙に引き下げたいからである。

トランプ氏の主張するバイのFTAに戻ってしまうと、各国FTAを連携させたマルチの関税率引き下げを将来しにくくなる。はっきり言えば、バイのFTAを米国と組んだ場合、むき出しになったトランプ政権の利害に直面して貿易連携が事実上後退すると考えられる。もともと、報復関税を持ち出すことは、貿易自由化によって国民が安く買い物ができる利益と相反している。

<問題は米国の「双子の赤字」再浮上>

日米貿易摩擦が改善した過程を調べると、日本企業の現地化の効果もあった。90年代前半から、自動車、電機などの加工組立産業は米国へ進出して、米国内で部品調達や雇用拡大を始めた。電機などは、アジアへ展開してそこから対米輸出を行い始めた。

ちょうど、日本の対米貿易黒字は90年代中盤から頭打ちになっていった。一言で表現すれば、日本企業のグローバル化によって、「米国の貿易赤字=日本の貿易黒字」の関係が成り立ちにくくなって、摩擦が薄らいだのだ。

なお、日本の対米黒字は、中国の対米黒字にシフトした。結局、日米貿易摩擦の正体は、自動車を筆頭にした生産拠点問題だった。

翻って、中国はどうなるのか。中国の人件費が高騰し、かつ経済成長が鈍化すると中国企業はグローバル展開していくだろう。また、米国企業の国際分業体制(EMS)が中国からベトナム・インドなどへと生産拠点を変えていくと、中国の黒字も減っていく。トランプ氏が仮に報復関税のようなものを課せば、中国の黒字は他国の対米貿易黒字へと分散することになろう。これは中国の成長率を下押しさせるシナリオでもある。

問題は、米国の「双子の赤字」が再び浮上することだろう。財政刺激によって米国の総需要が増えると、同時に貿易赤字も膨らむ。そのときは、中国バッシングが他国にシフトするのだろうか。マクロの米国インバランスが続くと、昔、議論されたドルの持続性問題が再登場するのだろうか。これはドル高の継続可能性と言い換えてもいい。

米金融規制の緩和とドル金利上昇によって当面はドル高の条件は維持できそうにもみえるが、個別の製造業大手がトランプ政権に狙い撃ちされて、国際分業のメリットを失う場面が増えていくと、競争力の面からドル高の条件は切り崩される。

中国は、人件費上昇が続くほど、各国企業からみて生産拠点としてのメリットを失うことになる。90年代に日本が凋落したのと同じ軌跡を2020年にかけて、中国もたどることになるのだろうか。

そう言えば、90年代前半の日本を襲ったのは円高リスクだった。人民元は切り下がったようにみえて、他通貨に対して、ドル高で相殺されている部分がある。トランプ政権になると、米中貿易摩擦は90年代の日米摩擦と重なっていくだろう。

*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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