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コラム:企業想定為替レートに映る日銀緩和の限界=熊野英生氏
2017年5月16日 / 06:16 / 4ヶ月前

コラム:企業想定為替レートに映る日銀緩和の限界=熊野英生氏

[東京 16日] - 企業の決算が集まって、今年度の増益見通しが強まっている。これ自体は心強い話だが、今後の為替レート次第で収益計画が大きく変化することには注意したい。

現状、企業はどれくらいのドル円レートを想定しているのか。少し前の日銀短観3月調査を参照すると、事業計画の前提となっている想定為替レート(大企業・製造業、対ドル)は2017年度108.43円だった。実際の2017年3月期の平均為替レートは108円だったことと比べて、この見通しはほぼ横ばいとみることができる。足元のドル円レート(113円、5月15日時点)はそれよりも5%ほど円安で推移していることがわかる。

これまで企業は堅めに想定レートを置いていて、足元で円高または円安が進んでも、年度平均の想定レートはそれほど大きく修正させてこなかった。だから現在は、先々まだ100円台の円高になる可能性があると、企業は慎重に判断しているということだろう。

ただし、この見通しは実際の為替レートと完全に独立して決まっているのではなく、足元の変化を少しずつ織り込みながら、先々の判断材料とバランスさせて随時修正されているものである。

例えば、トランプ米大統領が11月上旬の選挙で勝利した直後の12月日銀短観の2016年度想定レートは104.90円で円高の予想だった。それが3カ月後の3月の日銀短観では107.30円まで円安方向へと修正された。この修正幅は、実際のレート変動に比べるとわずかな変化にみえる。

<必要なのは精神論よりも工学的発想>

こうした企業の想定為替レートの変化をみて気付くのは、その決まり方が「適合的期待」によって動かされていることだ。日銀が昨年9月の総括的な検証で下した結論では、インフレターゲットが黒田緩和で成功しなかった理由は物価予想が適合的期待で決まるからだという。

わかりやすく言えば、日銀がどれだけ2%の物価目標を強調しようとも、実際の消費者物価が0%近傍から動かなければ物価目標を企業などに信じてもらえないという理屈である。

筆者は、もともとインフレターゲットの原理を全く信じていないが、為替レートをコントロールすることで輸入物価を変化させ、企業行動に影響を与えることはできると考える。もっとも、為替レートは自国と他国の経済条件によって変化する相対価格であるから、中央銀行がそれを完全に支配することは不可能だとみている。

つまり、為替レートをコントロールすると言っても、それは多少の影響力を与えることが一時的にできるにすぎない。厳密なコントロールは無理だから、物価上昇を演出しようとしても限界がある。中央銀行の力とは、その程度だとわきまえる必要がある。

そして、今、次の日銀総裁を決めなくてはいけない時期が迫っている。インフレターゲットが5年近くも達成できなかった総括を正しく行わないままに、である。

ところで、金融緩和政策が為替レートに対する影響を高めるためにはどうすればよいのか。筆者はその方法があると考える。それは、景気がある程度正常化したときに、国債買い入れを減らし、できれば短期金利を引き上げることである。そうすれば、次の一手として、国債買い入れや利下げが効果を持つ。

しかし、日銀の黒田東彦総裁や審議委員の多くはこうした考え方には否定的だ。さらなる奇策を弄(ろう)して、アクセルを吹かせる発想しかない。金融政策の効果が無限だという精神論が結果として工学的に可能なはずの金融政策の効果を封殺している。

現在の企業の想定レートを動かすのは、日米景況感の格差である。米経済がトランプ政権のさまざまな出来事を離れて改善していくと、米連邦準備理事会(FRB)の利上げが可能になってくる。日本は完全に為替レートの変動に対して受動的になる。これが、「海外からの風待ち」のように感じられる背景である。

私たちが注意した方がよいのは、米利上げでも長期金利上昇を促さなくなった点である。もうこれ以上のドル高円安は簡単には進まないだろう。むしろ、米経済がいつまでも好調であり続けるわけではないことを警戒すべきだ。

例えば、2018年に入って米経済が減速するとどうなるか。次の日銀総裁はまた任期始めから追加緩和をひねり出さないといけない。むろん、その効果は限定的であり、一時的なものだ。

日銀が次の緩和に備えて、正常化の布石を打たないと、いつまでも「海外からの風待ち」を続けなくてはいけない。繰り返すと、精神論よりも工学的発想で行動することが重要だ。

*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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