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コラム:人手不足と賃金上昇、好循環の芽=嶋津洋樹氏
2017年5月2日 / 06:46 / 6ヶ月前

コラム:人手不足と賃金上昇、好循環の芽=嶋津洋樹氏

[東京 2日] - 労働市場の改善が続いている。総務省が4月28日に公表した3月の失業率は2.8%と、2月に1994年6月以来の低さとなった水準と変わらなかった。また、厚生労働省が同日公表した有効求人倍率は3月に1.45倍と1990年11月に並ぶ高い水準を記録。企業の人手不足がバブル期並みの深刻さとなっていることが示された。

もっとも、賃金は依然、伸び悩んでいる。厚労省の毎月勤労統計(事業所規模5人以上)によると、2月の現金給与総額は全体で前年比プラス0.4%と、9カ月連続で落ち込みを回避したが、バブルの余韻が残る1991年の同4.0%はもちろん、1994―97年頃の同1%台にも届かない。

また、今春闘は4年連続でベースアップ(ベア)が実現したとはいえ、連合が集計した賃上げ率は4月13日時点で2.02%と2016年の実績(2.00%)をわずかに上回ったにすぎない。

人手不足が深刻な中での賃金の伸び悩みについては、先行き不透明感を背景に固定費の増加を敬遠する企業の慎重な姿勢や、それが将来の人員整理につながりかねないという労働者側の遠慮など、長期にわたる景気の停滞と物価の低迷で人々の考えが縮小均衡に陥っていることなどが指摘されている。

<過小評価される賃上げの実態>

実際、今春闘を振り返ると、円高気味の外国為替相場や新興国経済の減速、インバウンド(訪日外国人)需要の失速などが業績を圧迫するとの懸念が強まったうえ、英国の欧州連合(EU)離脱交渉やトランプ米政権に対する不透明感、欧州でのポピュリズムとナショナリズムの台頭などが重なり、企業のみならず、労働者も先行きに慎重な見方をしていた。

こうした環境を踏まえれば、昨年並みかそれをわずかに上回った今春闘はかなり健闘したと評価することもできる。それどころか、深刻な人手不足は中小企業の労働者や非正規雇用者など、大企業の労働者や正規雇用者に比べて賃金が相対的に抑制されていた人々を中心に着実に成果をもたらしている。

例えば、連合の「2017春季生活闘争 第4回回答集計結果について」では、賃上げ分が明確に分かる組合は1576組合で、昨年同期比217組合増だが、この増分の約85%にあたる184組合が中小組合(300人未満)であることや、その中小組合の引き出した賃上げ分が1373円で、大手組合の1327円を上回っていることなどが報告された。

また、毎月勤労統計でパートタイム労働者の時間当たり給与を見ると、2月は前年比プラス2.4%へと加速。リクルートジョブズの調査研究機関であるジョブズリサーチセンターがまとめた3月のアルバイト・パート募集時平均時給も、三大都市圏(首都圏・東海・関西)は同2.3%と、直近36カ月で最も高い伸びを2カ月連続で記録した。

それでも賃上げの機運が高まっていないようにみえるのは、雇用が依然として非正規を中心に拡大していること、極端な人手不足を受けて、企業が提示する賃金を引き下げて未経験者などの採用に積極的となっていることがあると考えられる。

特に最近は後者が顕著で、上述したジョブズリサーチセンターのまとめによると、人手不足が深刻な営業系や専門職系のアルバイト・パート、IT・技術系、クリエイティブ系の派遣スタッフの募集時平均時給が前年割れとなっている。

賃金に関する統計の中でも最も注目度が高い毎月勤労統計は、調査事業所の現金給与の支払総額を、労働者数で除して1人当たりの現金給与総額を算出している。このため、相対的に賃金が低いと考えられる非正規労働者や未経験者の採用の増加は、1人当たりの現金給与総額の伸びを抑制する。それは必ずしも労働市場の実態を示していると言えないだろう。

上述した春闘も依然として大企業や製造業の正社員などを中心とした交渉・合意であることを踏まえると、中小企業や非正規労働者を中心とした賃上げの実態は現実に比べて過小評価されている可能性が高い。

内閣府公表の2016年の名目雇用者報酬は前年比プラス2.3%と、現行の統計でさかのぼれる1995年以降で最も高い伸び率を記録。このことは実質ベースで比べても当てはまる。毎月勤労統計に基づく1人当たりの現金給与総額は確かに伸び悩みが目立つが、労働者が得た所得の総額はバブル期並みとまでは言えなくても、それに近いペースで伸びている。

<人手不足でブラック企業は退場か>

深刻な人手不足は金銭的な待遇だけではなく、労働環境の改善にも役立っている。例えば、過去に「ブラック」と見なされていた企業が労働時間の見直しや社員教育の充実に力を注いでいるのは、規制や監視体制の強化が功を奏したとも言えるが、人手不足の中で経営者が社員を「使い捨て」することが難しくなったことも大きいはずだ。

非正規労働者の正社員化に加え、上述した未経験者の採用拡大は、就職氷河期などでいったんは夢を諦めざるを得なかった人々にチャンスを与えるだろう。もちろん、拘束時間の長さなどを理由に自ら非正規労働を選択した人にとっても、賃金を含む労働環境の改善は朗報となるはずだ。

筆者は多くの人の就業機会を奪ったということこそ、「失われた20年」の最も深刻な遺産の1つだと考えている。特に日本のように企業が社会人としてのさまざまな対処法などを教える傾向が強く、人々とのつながりを形成することも多い社会では、就業機会に恵まれないことが、そのままその後の生活のあり方を左右する可能性が高い。

そうした意味で、この春卒業した大学生の2月1日時点の内定率が90.6%と比較可能な2000年以降で最高を記録したことは、本人だけではなく、今後の日本のためにも非常に前向きに評価できることと考えられる。

国内経済を語るうえで、日銀の掲げる物価安定の目標未達や、出口戦略を巡るさまざまなシナリオ、財政再建の必要性や消費税率の引き上げの是非、構造改革や規制緩和など、いずれも避けることのできない重要なテーマであることに異論はない。

しかし、そうした政策を論じる際、問題を単純化して危機をあおったり、ミクロ政策とマクロ政策を混同させて正確性を欠いたままで結論を意図的に導いたり、否定や批判だけで代替案を示さないことがあまりにも目立つと感じるのは筆者だけだろうか。特定の人々や業界の意向を優先することをすべて否定するつもりはないが、そこでの主張が実際の政策やその後の経済を通じて、人々の人生に大きな影響を与えるという視点も欠かせない。

*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントなどを経て2016年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネジャーとしての経験を活かし、経済、金融市場、政治の分析に携わる。共著に「アベノミクスは進化する」(中央経済社)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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