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コラム:英総選挙、真の勝者は誰か=嶋津洋樹氏
2017年6月10日 / 11:45 / 3ヶ月前

コラム:英総選挙、真の勝者は誰か=嶋津洋樹氏

[東京 10日] - 英国で8日に行われた総選挙(定数650議席)は、与党・保守党が圧勝との解散直後の予想を覆し、野党・労働党が善戦。保守党の獲得議席は318と、改選前の330議席はもちろん、過半数の326議席にも達しなかった。

保守党の敗因については、すでにいくつか分析が紹介されているが、選挙公約の発表後にムードが変わったことを踏まえると、その中身に問題があったと考えるのが自然だろう。確かに、富裕層高齢者に対する社会保障負担拡大や、過度の自由市場に対する制限などが有権者に嫌気されたとの指摘に違和感はない。それを巡る保守党内でのごたごたも、有権者の気持ちを離れさせてしまったのだろう。

もっとも、筆者は、メイ首相が英国の欧州連合(EU)からの離脱について、日に日に強硬姿勢を見せた挙句に、保守党の公約で、合意のないまま交渉を打ち切る可能性に触れた影響が大きいと考えている。というのも、そもそも昨年6月に行われた英国のEU離脱を巡る国民投票は、賛成が反対を僅差で上回るという結果だったからだ。

しかも、EU離脱が決まった後、賛成票を投じた有権者の中にさえ、後悔の念をにじませる人が少なくなかった。保守党の「合意のないままEU離脱交渉を打ち切る」という可能性の提示は、英国民の目に最悪の選択肢と映った可能性が高い。

<英国の期待を裏切った「頼みの2国」>

英国がEU離脱後に頼みにしようと期待していた2つの国との関係が相次いで微妙になったことも、国民の投票に影響した可能性がある。

その1カ国目は、メイ首相が最初の外遊先に選んだ米国。トランプ政権は現在、ロシアとの関係を巡る疑惑の渦中にあり、最初に取り組むと公約した医療保険制度改革法(オバマケア)代替法案の成立はもちろん、税制改革やインフラ投資の議論もままならない状態にある。トランプ大統領が、ロンドン中心部で3日に起きた襲撃事件に関するカーン市長の発言に対し、批判的なツイートをしたことも両国の関係に冷や水を浴びせたと考えられる。

2カ国目は、メイ首相の前任者であるキャメロン首相(当時)の下、アジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加表明などを通じて関係を深めた中国だ。しかし、5月に中国が主催した「一帯一路」会議では、英国を含むEUが中国の求めた貿易に関する協定への支持を透明性や互恵主義の欠如を理由に拒否したことが報じられた。英国にとっては、インドが同会議への参加を拒否したことも影を落とした可能性がある。

つまり、英国は今回の総選挙で、EU離脱を巡る国民投票の際に見せた大英帝国への郷愁や独自性の模索という路線を修正したと考えられる。こうしたことは、英国のEU離脱を機にスコットランドの独立とEUへの加盟を目指して、国民投票の再実施を求めていたスコットランド民族党(SNP)が議席を56から35へ大幅に減少させたことからもうかがえる。SNPはロバートソン副党首やサモンド前党首も落選した。

筆者のこうした評価が正しければ、メイ首相が主導してきた「ハード・ブレグジット(強硬なEU離脱)どころか、合意なしのEU離脱も辞さず」との路線は、次の英首相が誰になったとしても維持することはできないだろう。次の政権はバラバラになった国内の意見をまとめた上で、対外関係も立て直さなければならない。

今のところ、メイ首相が続投の意欲を示しており、北アイルランドのプロテスタント系民主統一党(DUP)との連立協議を進め、すでに組閣にも着手している。ただし、党内では当然、責任論がくすぶる。DUPがEU離脱に前向きとはいえ、実際に連立政権を樹立するとなれば、保守党の掲げた公約の修正は必至で、その際に責任論が表面化するリスクもある。

連立政権の樹立後も、DUPの10議席では、改選前に保守党が有していた330議席には届かない。その程度の議席で国内をまとめつつ、EUとの交渉を乗り切るのは困難に思える。一部で報じられているように、DUPが連立政権ではなく、閣外協力にとどまるとすれば困難はさらに大きくなるだろう。

<英選挙結果はEU再団結のチャンス>

EUはすでに英国に対し、離脱交渉に着手する条件として、未払い分担金などの支払いを要求している。英国がその要求を拒否したことで、離脱交渉は最初から暗礁に乗り上げている。EUは、マクロン仏大統領の誕生でドイツとフランスを両輪とした協力関係を強化しており、域内の足並みをそろえるためにも、英国の「いいとこ取り」を許すとは考えにくい。

保守党がDUPと連立政権を樹立したとしても、EUへの大幅譲歩や再総選挙、EU離脱の修正・撤回など、党の存立に関わる政策変更を余儀なくされるリスクは残る。こうしたことが明らかになれば、保守党内から政権樹立にこだわるべきではないとの意見やメイ首相の退陣を求める声が強まるだろう。

そうなると、今回はとりあえず様子見に転じている第2党の労働党を中心とした政権の樹立が現実味を帯びる。しかし、労働党も、前回2015年選挙比で30議席を増やしたとはいえ、過半数には遠く及ばない(獲得議席は262)。労働党内からは少数派政権の樹立を目指すとの声も出ている模様だが、その際の政権運営は保守党政権にも増して前途多難となるだろう。

昨年6月の英国民投票に際し、EU離脱に対する反対運動に消極的だったコービン党首への不信が党内外に残るのも不安材料だ。コービン党首の下で労働党が政権に就いたとしても、安定して政権を運営できるまでの道のりは、決して平坦ではなさそうだ。

今回の総選挙は、EUからの離脱決定で自由を手にしたとみられた英国に、その代償の大きさを思い知らせる最初の大きな出来事になったと筆者はみている。そうした意味で、英国内に勝者はいない。あえて勝者をあげるとすれば、まさに離脱の代償を加盟国に示す必要があったEUだろう。それをけん引するドイツとフランスにとっては、域内の協力を強化し、英国離脱後のEUを輝かしくみせるための時間を稼ぐことができたといえる。

英総選挙は、同国の離脱方針決定で混乱していたEUが団結を取り戻すためのチャンスを与えたと筆者は評価している。

*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントなどを経て2016年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネジャーとしての経験を活かし、経済、金融市場、政治の分析に携わる。共著に「アベノミクスは進化する」(中央経済社)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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