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コラム:「トランプリスク」で円高再燃は杞憂か=尾河眞樹氏
2016年11月16日 / 02:42 / 10ヶ月前

コラム:「トランプリスク」で円高再燃は杞憂か=尾河眞樹氏

[東京 16日] - 「全ての米国民のための大統領になることを誓う」。11月9日、共和党のドナルド・トランプ候補はこのように述べ、2016年米大統領選挙に勝利したことを宣言した。この勝利宣言のスピーチには、3つの注目すべき重要なキーワードがあった。

まず、「Unify(統一)」だ。大統領選を通して米国内の分裂が心配されていたが、党や人種、性別を超えた融和と統一の方向性を示した。

次に、「Infrastructure(インフラ)」である。インフラの再建を行い、これによって多くの国民を職に就かせたいと明言した。

3点目は、「Partnership(パートナーシップ)」だ。諸外国に対しては敵意や摩擦ではなく、共通点を見いだし、協力していくと述べ、国際社会に対しても協調路線を示した。

選挙中のトランプ氏は人々の怒りや不安をあおるような発言が目立ったが、勝利宣言スピーチではそうした発言は影を潜め、米国のかじ取りを任された責任感すら感じられた。

アジア時間に105円台から101円台前半まで約4円急落したドル円も、同スピーチを好感して市場がリスクオンに転じると反転急上昇。翌10日には106円台を付ける展開となった(その後さらに勢いを増し、15日のニューヨーク市場では109円台前半に上昇、16日午前の東京市場では109円付近で推移)。

正直なところ、トランプ氏勝利による円高のインパクトがとりあえず短命に終わったのは、筆者にとって予想外だった。大統領、議会ともに共和党となり「ねじれ」が解消されたことや、上述したスピーチの内容が安心感につながり、トランプ氏の主張してきたインフラ投資、大型減税、金融規制緩和など、いわゆる「トランプノミクス」への期待が高まっている。少なくともこうした歓迎ムードが続いている間は、ドル円は堅調に推移する公算が大きい。

市場では「トランプノミクス」による米景気拡大期の長期化を織り込みつつあり、米長期金利の上昇もドル円相場をサポートするだろう。大統領就任後100日間は「ハネムーン期間」と呼ばれ、メディアの攻撃も少なく、支持も安定するといわれるが、今回もこれが当てはまるならばドル円は4月末頃までに112―113円程度へ緩やかに上昇する展開も想定できる。ただ、果たしてそれ以降も円安が持続するかは、不透明感が残る。

<米通貨政策がドル高要因を打ち消した苦い教訓>

トランプ氏は常々、「外交政策において、米国の国益を最優先する(My foreign policy will always put America’s interest first)」と述べてきた。米国はこれまで、国際社会秩序を守る、いわゆる「世界のリーダー」としての役割を重視してきたが、今後は「米国第一主義」、つまり「自分さえよければいい」モードに切り替わることになる。

トランプ氏は、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉や、環太平洋連携協定(TPP)からの撤退を公約としている。また、中国からの輸入品に45%、メキシコからの輸入品に35%の関税を課すことを公約としてきたばかりか、選挙戦中の演説では日本の自動車に現在2.5%しか関税がかけられていないことに疑問を呈し、38%まで関税を引き上げると述べたこともある。

これらがトランプ氏の根底に流れる思想であり本心だとするならば、勝利宣言スピーチで述べた「パートナーシップ」とは裏腹に、同氏の大統領在任期間中、「保護主義」や「貿易摩擦」が為替相場のテーマとして浮上する局面があるかもしれない。

米国政府が通貨政策で自国の利益を優先する場合、残念ながら為替レートはほぼ米国側の思惑通りドル安に向かう。ドル安によって米国景気が回復すれば、金利が上昇し結果的にドルが上昇するのではないかとの見方もあるが、少なくとも過去の例ではそうなっていない。

例えば1993年に発足したビル・クリントン民主党政権では、クリントン大統領が日米貿易不均衡是正を主張。当時の宮澤喜一首相と同年4月に行った会談後の記者会見でクリントン大統領は「日米の貿易不均衡是正に有効な方法は4つ。その第1は円高である」と述べた。クリントン政権発足時には125円台だったドル円相場は急落し、1995年に90円を割り込むことになる。

米国経済はこの間、回復局面にあったため、1993―95年に米国の政策金利が3.0%から6.0%まで引き上げられたにもかかわらず、ドル円相場は大幅に下落した。米国の通貨政策が米金利上昇というドル高要因を打ち消した一例である。

<TPP決断がトランプ政治のリトマス試験紙に>

2003年9月にドバイで行われた主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議も似たような例だ。共同声明に「為替相場のさらなる柔軟性が望ましい」との文言が加えられたことで、「人民元を安く固定している中国と、為替介入を繰り返している日本に対抗するため、米国がドル安誘導に動いたのではないか」との見方が広がり、ドル円は急落した。

その後、米連邦準備理事会(FRB)は2004年初旬から2006年にかけて1.0%から5.25%まで政策金利を引き上げたが、ドル円は2003年後半から2004年末にかけて下落が続いた。

米国政府は現在、表向きは「強いドルは米国の国益」とのスタンスを維持している。しかし、明確にドル高を批判してきたトランプ氏が大統領に就任すれば、同氏の発言がしばしばドル円の波乱要因になるだろう。

今月14日にはドル指数が100の大台を一時超えたが、これまでその大台が近づく、あるいはそれを超える場合には、米メディアでドル高がトピックとして取り上げられる上、要人のドル高けん制も目立つ傾向にある。

2015年4月15日、国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事が「ドルの急上昇は乱暴なほどだ」とドル高懸念を表明し、ドル安が進行。同年12月には、アトランタ連銀のロックハート総裁が「さらなるドル高は自身の見通しにリスクだ」と述べ、この発言もドル安を誘発した。

また、今年2月3日にドルが下落した局面では、ニューヨーク連銀のダドリー総裁が「ドル高は米国経済にとってマイナスである」と発言。いずれのケースも、発言の直前にはドル指数が100付近まで上昇していたのを見れば、単なる偶然とは言い難い。ドル高が一段と進めば、トランプ氏自身がこれに懸念を示す可能性もあるだろう。

来年発足するトランプ新政権において、同氏が勝利宣言で述べた3つのキーワード(統一、インフラ投資、パートナーシップ)が三拍子そろって実現すれば、今後の米国経済にも期待が持てるし、来春以降もドル円の上昇は持続しよう。しかし、トランプ氏の主張する「巨額のインフラ投資」や「極端な保護主義」は共和党の伝統的な「小さな政府」「自由貿易」とは正反対の政策であり、野党はもとより、共和党内にも反対意見は多い。果たして、「統一」と「インフラ投資」が実現するかは不透明だ。

3点目のパートナーシップについては、トランプ氏が環太平洋連携協定(TPP)問題をどう扱うかが1つの試金石となろう。同氏がこれまで述べてきた通り、来年1月20日の大統領就任直後にTPPからの脱退を表明するようなら、それ以外の移民問題や為替に至るまで、トランプ氏は幅広く保護主義政策を推し進める可能性が高い。

TPP脱退を表明しない場合も、これまでの公約を100%反故(ほご)にはできず、「為替条項」の条件を付けるなど、合意内容の修正を図る可能性もあろう。そうなれば、パートナーシップ実現はやはり難しいことになる。これらのリスクシナリオを踏まえれば、ドル円が仮に来春までに112―113円程度へ緩やかに上昇したとしても、それがドル高のピークになる可能性は高いかもしれない。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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