Reuters logo
コラム:北朝鮮リスクの円高余地=尾河眞樹氏
2017年5月1日 / 07:00 / 5ヶ月前

コラム:北朝鮮リスクの円高余地=尾河眞樹氏

[東京 1日] - 日本時間4月29日早朝の北朝鮮ミサイル発射に対するトランプ米大統領の反応は早かった。失敗の報道から数時間後にはツイッター上で、「北朝鮮は今日、不成功だったとはいえミサイルを発射し、中国と、高く尊敬されている(習近平)国家主席の願いを踏みにじった。悪いことだ!」と北朝鮮の行動を強く非難した。

トランプ政権は26日に、上院議員100人全員をホワイトハウスに招き、北朝鮮問題への対応方針に関する異例の説明会を開催していた。そのたった3日後、まるで米国の空母を威嚇するかのような北朝鮮のミサイル発射に、トランプ大統領も腹立たしい思いだったに違いない。

ミサイル発射が報じられた29日早朝、日本では北陸新幹線や東京メトロ全線など一部の鉄道が、安全確認のために約10分間運転を見合わせた。ニュースでも北朝鮮問題が連日報道されるなど、緊張感は高まっている。

一方、金融市場に目をやると、こうした日本での緊張感とは裏腹に、別名「恐怖指数」ともいわれるVIX指数は、10.8と低水準で推移している。VIX指数は通常、10―20の間で推移する。20を超えると総悲観、すなわちリスクオフの環境と判断されるが、レンジの下限である現在はむしろリスクオンの状態と言える。

同指数は4月23日のフランス大統領選挙の第1回投票前に15付近まで上昇する場面もみられたが、選挙の無難な結果を好感し反落した。足元、金融市場では第1回投票結果に対する安心感が広がっており、北朝鮮問題は差し当たって喫緊のリスクとは捉えられていないようだ。

確かにトランプ大統領が北朝鮮問題を「最重要課題」と位置付けているため、米国でも北朝鮮に関するメディア報道は増えているが、しょせん彼らにとっては遠いアジアの出来事でしかない。米国民の関心も低いだけに、米株価に与える影響も軽微であり、米S&P500指数のオプションのボラティリティーをベースに算出されるVIX指数の反応が鈍いのもうなずける。

また、米国民の関心が高くない中で先制攻撃を仕掛け、米国が反撃を受けるなどの事態に転じた場合、トランプ政権にとってかえって支持率低下を招くなどのリスクがある。一部報道にみられるように、極右派のバノン氏やナバロ氏の政権内での影響力が低下し、現実路線の共和党議員や経済閣僚の影響力が高まっており、トランプ大統領が極端な行動に走る可能性は低下している。こうした理由から、米国が先制攻撃を仕掛ける可能性は極めて低いとみられる。

米政府は当面、中国に協力させる形で北朝鮮に対する制裁を強めるなど外交を軸とした対応をとるだろう。北朝鮮も、金正恩第1書記の行動が読めないというリスクは常にあるものの、米韓による反撃の脅威を考慮すれば、先に攻撃を仕掛ける可能性は低いとの見方が優勢だ。

<有事や金融危機でドル高に振れた過去>

だが、仮に北朝鮮リスクが現実のものとなった場合、為替相場はどう動くのだろうか。過去の経験則に照らすと、戦争の際には米ドル(以下ドル)が幅広い通貨に対して上昇する傾向がみられる。

国際決済銀行(BIS)が算出する名目実効為替レートで、ドルと円の値動きを比較すると、1998年8月の米軍によるアフガニスタンとスーダンへのミサイル攻撃の際も、2001年10月の有志連合軍によるアフガニスタン攻撃の際にも、開戦にかけてドルが上昇していることが見て取れる。

しかも、後者の2001年は、米連邦準備理事会(FRB)による大幅利下げの最中だった(FRBは2000年のITバブル崩壊後、2001年1月から利下げ局面に入り、2003年6月にかけて政策金利を6.5%から1.0%まで引き下げた)。にもかかわらずドルが上昇したのは、中東情勢の緊迫によるドル買いの影響が大きかったと言えよう。

また、戦争の際に世界最強の軍隊を保有する米国の通貨ドルが買われる傾向は、「有事のドル買い」といわれるが、過去の傾向をたどると、ドルは戦争以外のショック時にも上昇してきた。例えば、2008年9月のリーマン・ショックや、2016年6月の英国民投票における欧州連合(EU)離脱選択(ブレグジット・ショック)が代表的な例だ。

リーマン・ショックについては、米国で起きた金融危機であるにもかかわらず、発生直後にはドル高に振れている。ブレグジット・ショック後に市場が荒れたときも然りだ。ドルや米国債が世界の投資家にとって相対的には安全資産と見なされていることが、こうした傾向を生んでいる。北朝鮮有事の際には、やはりドルは多くの通貨に対して買われるだろう。

<有事に至らずともドル円の重しに>

円についてはどうだろうか。北朝鮮は日本にあまりにも近く、そこで何かが起きる、あるいは日本が攻撃の対象になった場合には、日本から資本が流出して円が大幅安になるのではないかとの見方も一部にはある。だが、筆者の見方は逆で、その場合は円高になるとみている。

通常、いわゆる「リスク回避の円買い」が起きやすいのは、日本が経常収支黒字で、資本収支は赤字という構造要因が大きく影響している。日本は海外で稼いだ資金を海外に投資する構造となっているが、リスク回避の際には海外に投資しているマネーを日本に還流させる動きが起きやすく、これが円高を誘発している。

2011年3月の東日本大震災の際にも、発生後に1ドル=83円台から76円台へと、極端な円高となった。日本で起きた災害にもかかわらず円が買われたのは、日本人の海外投資マネーの逆流が起きたことが背景にある。人間は極端な恐怖を感じると、手元にキャッシュを持っておこうとするものだ。海外に保有する株や債券を売って円転し、キャッシュ化しようとする動きが円を押し上げたのだ。

当時は個人投資家の動きとともに生命保険会社など機関投資家の動きも話題になった。災害によって莫大な保険金を支払うために、手元流動性を確保する動きが、円高を促したといわれている。この時は日本の災害であり、「有事のドル買い」は起きなかったため、円高一辺倒となる中、ドル円では約8%の円高が進行した。

これに鑑みれば、仮に米朝の衝突が起き、ドルも同時に買われるとするならば、円高との綱引きとなり、ドル円で8―10%を超える円高になる可能性は低いと言えよう。だが、一時的とはいえ本邦投資家の資金還流により、仮に5―7%程度の円高となるのであれば、ドル円は現状の111円台半ばから、103―105円付近を試す可能性は捨て切れない。

4月の神経質な相場を抜け出し、5月に発表される米経済指標が改善すれば、米長期金利の上昇からドル円も持ち直す可能性が高い。仮にフランス大統領選決選投票でマクロン候補が勝利し、5月中旬に米国で予算教書が発表されれば、5月はそれなりにポジティブな材料が並ぶことになる。ドル円は先週末に週足一目均衡表の雲上限を上抜けて終了しており、短期的にも90週移動平均線が位置する112円台前半が次の上値めどとして視野に入っていると言えよう。

ただ、実際に米朝が衝突する可能性は低かったとしても、北朝鮮問題など地政学リスクの高まりが市場心理(特に為替相場)に与える影響は無視できない。これが重しとなり、ドル円の上昇ペースは極めて緩やかなものになるとみている。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」
0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below