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コラム:円高示唆する米金融政策正常化の落とし穴=内田稔氏
2017年6月27日 / 08:32 / 3ヶ月前

コラム:円高示唆する米金融政策正常化の落とし穴=内田稔氏

[東京 27日] - 米連邦公開市場委員会(FOMC)は、経済情勢や指標をみながら正常化のペースを決める「データ・ディペンデント」から、多少のデータの悪化はノイズとして、正常化を進める「データ・インディペンデント」へと舵を切りつつあるようだ。

最近のさえない経済指標と、年内の利上げやバランスシート縮小着手への意向を維持するFOMCとの間に、ギャップを感じているのは、筆者だけではないだろう。

FOMCの自信の根拠となっているのが、失業率が4.3%にまで低下するなど、好調と映る労働市場だろう。しかし、多くの関連指標が改善した中、まだ金融危機後の低迷が続いているのが、62%台で推移する労働参加率だ。

この労働参加率を金融危機前と同程度の65%と仮定すれば、現在の就業者から算出した失業率は7.7%となる。逆に、労働参加率65%の下で、4.3%の失業率を実現するためには、今よりも約555万人もの就業者増を要する。つまり、労働市場改善に疑いの余地はないが、賃金上昇を伴うほど強いかと言えば疑問だ。

しかも、この労働参加率の低下は、高齢化といった構造要因が影響していると考えられる。もしそうなら、失業率が低下しても賃金が上がらない今の姿が、新たな米労働市場のスタンダードと言える。

<「データ・インディペンデント」の危うさ>

こうなってくると、労働市場の改善を追い風に、目標2%に向かってインフレ圧力が高まるとの見方も揺らぐ。実際、物価の伸びが鈍化している要因は、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が挙げた携帯電話料金や処方箋薬(医療費)に加え、エネルギー価格の影響を強く受ける「交通・運輸」だ。

足元で、米国産標準油種(WTI)価格が40ドル大台の前半で低迷しており、前年比ではマイナス圏に突入している。これは、確かに「ノイズ」かもしれないが、物価の伸びが鈍い時間帯は、そう短期間では終わらないだろう。もっと大事なことは、そうしたノイズの影響を跳ね返すだけの、幅広い品目における物価上昇圧力が乏しい点だ。

こうした状況でも、まだ景気拡大が持続するなら、やがて新たなスタンダードの下で、それなりに賃金が上昇し、インフレに波及するシナリオも描ける。ただ、それを阻むのが、景気拡大開始から間もなく9年目に突入する米経済が直面するデータ・インディペンデントの金融政策正常化だ。

むろん、米国の株式や不動産市場とも過去最高値圏で推移しており、こうした資産価格に着目すればFOMCの正常化は正当化されよう。加えて、過度な米経済への期待がしぼみ、長期金利、ドルともに一時の騰勢はみられていないため、FOMCにとっては、むしろ正常化を進めやすい環境でもある。

それでも、正常化が米経済に対する落とし穴となり得るだろう。なぜなら、FRBのバランスシート縮小によって、米国内外のさまざまなアセットクラスにおいて、影響が顕在化する可能性が低くないためだ。その場合、マインド悪化を通じ、米経済への下押しとなり得よう。

例えば、米国内ではFRBのバランスシート拡大と合わせ、株式相場の上昇や不動産市況の活況が続いてきた。また、国外でも新興国の外貨準備高拡大が、2014年のFRBによる量的緩和縮小(テーパリング)開始までは続いた。しかし、テーパリング開始後、各国とも資本流出圧力に直面し、外貨準備を取り崩して、通貨安に対抗した経緯がある。

そもそも、これまでの米景気の拡大に、異例の金融緩和が効果を発揮したとの見方に異論は少ないだろう。正常化の進展に連れ、緩やかながらも景気への下押し圧力が加わっていくのは、むしろ自然だ。

<年内に1ドル105円を割り込む可能性も>

さて、こうした前提でドル円相場の先行きを展望すると、ドル安円高の可能性が高いのではないか。まず、2015年12月以降の4度の利上げにもかかわらず、ドル円は当時の122円台と比べ、10円程度下落している。金融政策の格差が唯一かつ絶対的な材料ではないことをまず確認しておきたい。

加えて、市場は来年末までの利上げを約1.3回織り込んでいる。つまり、時期こそ絞りきれていないが、5度目の利上げはすでに織り込んでおり、ドル円の浮上には、6度目の利上げを確実に織り込んでいく必要がある。

しかし、現在の経済情勢はそこまで強くない上、下院共和党にフリーダム・コーカス(保守強硬派)を抱えるトランプ政権が、減税やインフラ投資の法案化を実現するとも考えにくい。反対に、来年のFOMCメンバーが利上げを加速する可能性もあるが、さえない経済情勢下では、かえって市場の混乱とリスク回避的な円高を招くだけだろう。

米経済に対するこうした慎重な見方が、幅広い市場参加者の間で共有されていくに連れ、2014年以降のドル高に、まだ調整が生じる余地が残っている。加えて、そうした状況では、日本の期待インフレもしぼむ公算が大きく、予想実質金利の上昇がドル円への重しとなろう。このため、年内ドル105円を割り込む場面もあるとみる。

<ドル円押し上げには不十分な対外証券投資>

一方、ドルの市場金利上昇がいずれ閾(しきい)値のようなものを越え、ドル高円安が加速する可能性はないだろうか。例えば、米長期金利が2.1%台であるのに対し、為替ヘッジコストは3カ月物でさえ年率1.6%程度であり、日本国債対比でみた超過収益は50ベーシスポイント(bp)程度にとどまる。ヘッジコストがさらに上昇すれば、昨秋のような本邦勢のヘッジ外しがドル円急騰を招くシナリオに留意が必要だ。

もっとも、今年5月以降、本邦勢の対外中長期債投資(ネット)は、すでに約5兆円に上るが、ドル円通貨ベーシススワップのスプレッドは、拡大するどころか逆に幅広い年限において縮小した。昨年の同時期、ベーシスが急拡大したのとは対照的だ。

背景として、ドル資金の需給緩和が挙げられよう。例えば、ドル資金の供給増加要因として、米国のプライム・マネー・マーケット・ファンド(プライムMMF)の残高増が挙げられる。

プライムMMFの残高は、昨年10月の規制改革までの1年間で、およそ1兆ドルも減少したが、そこから約385億ドル増加。それに応じて、非米系の金融機関が発行するドル建コマーシャルペーパーの残高も増えている。今後も、ドル資金の供給源として再び機能し始めると期待できる。同様に、活発な対内中長期債投資も、通貨ベーシススワップ市場を介して、ドル資金を供給していると考えられ、ベーシスの安定に寄与しそうだ。

対する需要サイドをみても、本邦の大手金融機関は、外貨資金調達手段の多様化を進めており、国際統一基準行に限ると、昨年6月末から今年2月までに、顧客性預金を660億ドル、社債等を230億ドルそれぞれ積み増した。また、金融庁や日銀が外債運用のリスク管理体制などを検証する姿勢を強めており、地域金融機関が外債投資を手控えているとの指摘は多い。

生保などその他の機関投資家は、相場動向次第で機動的にオープン外債の積み増しや既存のヘッジ外しを進めようが、ベーシスが安定していればその限りではないだろう。デュレーションリスクやクレジットリスクを取り、原資産となる外国債券の期待リターンを高めることにより、ヘッジ外債にも投資妙味が残るためだ。

総じてみれば、本邦勢の対外証券投資は、直接投資と並んでドル円を下支えすると期待されるが、押し上げるドライバーではないと考える。

*内田稔氏は、三菱東京UFJ銀行グローバルマーケットリサーチのチーフアナリスト。1993年、東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行後、国内外で一貫して外国為替業務に携わる。J-money誌の東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では2013年から16年まで個人ランキング1位。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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