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コラム:北朝鮮有事の円高説に潜む「落とし穴」=高島修氏
2017年4月28日 / 03:04 / 5ヶ月前

コラム:北朝鮮有事の円高説に潜む「落とし穴」=高島修氏

[東京 28日] - 北朝鮮が核実験やミサイル試射など決定的な挑発行為に訴えることなく、4月15日の故金日成主席生誕105周年や25日の朝鮮人民軍創設85周年といったイベントが通過したことで、市場の地政学リスクに対する警戒感は後退している。

23日のフランス大統領選挙(第1回目)で中道派のマクロン候補が優勢となり、「ルペン・リスク」すなわちフランスの欧州連合(EU)離脱リスクが後退し始めたことも手伝い、欧米株反発が象徴するように、世界的に市場はリスク選好を回復させつつある。

こうした中で先週前半には一時115円台を割り込んだユーロ円は、足元で121円台を回復。この間、ドル円も108円台から111円台に反発した。

<韓国大統領選のリスク>

ただ、北朝鮮リスクは抜本的に解消したわけではない。5月9日には韓国で大統領選挙が行われるが、一説では、北朝鮮に対して宥和的な文在寅候補とは対照的にタカ派姿勢を示す安哲秀候補を資することがないように、北朝鮮は挑発行為を差し控えているとの見方もある。大統領選挙の動静次第では、再び市場が地政学リスクに警戒を高めることがあってもおかしくない。

先週、筆者が米国に出張した際、現地でも最も関心が高かったアジェンダも北朝鮮リスクとその円相場への影響だった。現段階では米国による北朝鮮攻撃はテールリスクではあるが、それが現実のものとなった場合には、少なくとも短期的には質への逃避的な円高が進むとの見方が大勢だった。

筆者もこうした見方に基本的には賛成だ。この数カ月間、筆者は昨年11―12月のトランプラリーの61.8%押しに相当する108円前後をめどに下値リスクを警戒してきたが、その場合には、昨年6月の英国民投票におけるEU離脱選択(ブレグジット・ショック)直後の安値からの上げ幅の61.8%押しに相当する106円台までなら一時的に下振れる可能性が出てくると考えている。

<危機時に円高になる理由>

実は、一般的に「質への逃避の円買い」と呼ばれるものの正体は主には経常収支黒字から発生する円買いだ。何らかの異常事態が発生した場合、事態を見極める必要から投資家フローはスローダウンするが、輸出企業によるドル売りなど経常収支フローは異常事態下でも活動を止めることはできない。その結果、深刻な危機が発生した場合、通常、日本円のような経常黒字国通貨が上昇しやすくなるのだ。

それに加え、こうした傾向に着目し、ヘッジファンドなど短期投資家が声高に「危機の円高」を主張し、円買いを加速させ、円ショートを抱える向きはその解消に動く。だが、ファンド勢による投機的な円買いは短期間のうちに反対売買(円売り)で損益を確定させる必要がある。

一方で長期のリアルマネー投資家はそもそも円を安全資産と考えておらず、危機に際して積極的に円買いに動くようなことはない。ほぼ唯一の例外が日本株に為替中立戦略で投資する海外投資家であり、日本株が下落するとヘッジ量削減の必要から円買戻しを行う。ただ、これは有事に限られた話ではなく、株安にならない場合には発生しない。

<リパトリ円高論への追随は禁物>

さて、今回の北朝鮮リスクにしても、それが実現した場合はどうなるのだろうか。まず経常収支フローの代表である輸出企業は現在108―110円程度に社内レートを設定しているところが多く、ドル円の実勢相場はその水準に近い。万一の場合にはその水準を確保するためのドル売りヘッジが一気に加速し、自己実現的にドル円を一時的に急落させよう。

上記の通り、その動きに海外ファンド勢の円ロングも加わることだろう。毎度のことながら、その頃には海外勢を中心に市場では、生保など本邦投資家のリパトリエーション(資金の本国還流、以下リパトリ)が円高を加速させているとの見方が台頭していると思われる。

だが、気をつける必要があるのは、本邦勢のリパトリは一般的に思われているほど簡単に発生するものではないことだ。そもそも本邦投資家が海外資産のリパトリを行うのは、危機に際して顧客からの債務履行の要請に応える必要が生じる時だが、機関投資家のうち、年金には地政学リスクによって増える債務はない。銀行は預金引き出しに備える必要があるかもしれないが、日銀の資金供給で対応が可能なため、通常は資産売却を迫られることはない。

問題は保険会社だが、生保に関しては、今や日本の年間死亡数は100万人を超えており、日々その保険支払いに対応しているため、よほど大規模な災害でない限りは、海外資産などを売却し、手元資金を拡充する必要性は生じない。1万5000人以上の尊い人命が失われた2011年の東日本大震災の時でさえ、生保が大規模なリパトリを行うことはなかった。なお、その時、国内外の市場で日本の生保がリパトリを行うとの見方が流布したが、筆者はリパトリが発生することはないとその見方を否定した。

火災保険会社にしても、東日本大震災による被害額は10兆円を超えたが、国際収支統計を確認しても、当時、目立ってリパトリを加速させた形跡は見られない。

このように整理すると、北朝鮮有事の場合を含め、危機の円高は、経常収支フローを主因に発生はするものの、本邦投資家によるリパトリが円高を後押しすることはめったにはないことが理解できる。何らかの危機が発生すると、市場ではすぐリパトリ論が盛り上がるものの、こうした現実に根差した検証を欠いた、根拠に乏しい印象論的な議論が多い。

実際、例えば、東日本大震災時もリパトリに対する思惑が高まる中、危機発生から1週間ほどで7円近く円高が進んだが、その後、裏付けを欠いた円ロングは急速に巻き戻された。日米欧による協調円売り介入が行われたとはいえ、4月上旬にかけてドル円は10円近い上昇を見せ、震災発生前の水準を超えて値を戻す場面があったほどだ。

さて結論は、万一の北朝鮮有事の場合も(そうした事態が起こらないことを願っているが)、ドル円を売って市場のイニシャルアクションに追随するのは上策ではない。

*高島修氏は、シティグループ証券のチーフFXストラテジスト。1992年に三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行し、2004年以降はチーフアナリスト。2010年シティバンク銀行入行、チーフFXストラテジストに。2013年5月より現職。

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*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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