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コラム:ヘリマネ離陸に民主主義の壁=高島修氏
2016年8月4日 / 04:26 / 1年前

コラム:ヘリマネ離陸に民主主義の壁=高島修氏

[東京 4日] - 日銀の追加緩和、政府の経済対策発表にもかかわらず、円高に歯止めがかからない。7月は海外勢の間で、日本がヘリコプターマネー(ヘリマネ)政策に踏み込むとの思惑が強まり、円安が進行する場面もあったが、その誤解が解けるに伴って、ドル円は年初来の下落トレンドに復帰した。

9月に予定される日銀による政策総点検を前に、100円台を割り込んでドル安円高が進行するリスクが強まっている。

振り返れば、海外勢を中心に日本のヘリマネ政策に関する思惑に火がついたのは、ベン・バーナンキ前米連邦準備理事会(FRB)議長が7月に来日し、安倍晋三首相らと面談したことがきっかけだった。バーナンキ氏はFRB理事時代に、金融政策がゼロ金利制約に直面した場合の処方箋として、量的緩和策などとともにヘリマネを挙げ、その後、「ヘリコプター・ベン」の異名を得ることになった。

「ヘリコプターマネー」は、もともとマネタリスト経済学者のミルトン・フリードマンが著書「貨幣の悪戯」で例え話として示した、ヘリコプターから現金をばらまくように、政府と中央銀行が大量の貨幣を市中に供給する政策のことだ。金融政策による財政ファイナンス(マネタイゼーション)のことである。

筆者の印象としては、1)デフレや景気悪化に直面した国が、景気とインフレを刺激するために、最終手段としてそのような政策を能動的に採用する場合には「ヘリコプターマネー政策」、2)独裁国家などで中央銀行が政府支出のファイナンスを受動的に強要される場合には「マネタイゼーション」という単語を使うことが多いように思われる。

今回、海外勢がヘリマネに強い関心を示しているのは、彼らが「金融政策は限界に達した」との認識を強く持っているからだ。2010年代に米欧日など主要国を中心に中央銀行が、量的緩和など非伝統的金融政策を含め、いわば常軌を逸した緩和策を行ってきたにもかかわらず、通貨戦争というゼロサムゲームを誘発しただけで、ファンダメンタルズ的には目立った釣果を得ることができなかった。

こうした中で従来、金融政策一辺倒だった市場参加者の関心が財政政策に軸足を移し始めているのだ。それがヘリマネ論の実態だろう。

6月最終週に筆者がロンドンに出張した時にも、現地投資家との面談では必ずヘリマネが話題に上った。2019年の消費再増税や2020年の東京オリンピックを控え、2018―19年頃には実際に一種のヘリマネ政策が実施される可能性は否定できない。その場合には、7月の安倍・バーナンキ会談がヘリマネ導入に向けたオフィシャルな出発点だったと認識されることになるだろう。

<従来型のポリシーミックスとの違いは>

とはいえ、筆者のロンドン出張時にも感じたことではあるが、ヘリマネに関して、全ての海外投資家が正しい認識を持っているわけではない。そこには誤解や妄想的な思惑が少なからず存在する。

例えば、筆者はその時、「今回の経済対策にヘリマネは入らないのか」といった質問を受け、「その可能性は限りなく低い」と返答する場面が度々あった。

ここで重要になるのが、ヘリマネの定義だ。最近、日本政府にヘリマネを推奨している論客の1人に、アデア・ターナー元英金融サービス機構(FSA)長官がいる。

ターナー氏は、拡張型の財政政策と国債買い入れを含む金融緩和策の組み合せからなる従来型のポリシーミックスとヘリマネ(金融政策による財政ファイナンス)の違いの1つは、中央銀行が供給するベースマネーが一時的な増加と認識されるか、恒久的な増加と認識されるかにあると主張する。ターナー氏は日本政府が無利子の永久国債を発行し、それを日銀が買い入れ、恒久的に保有する案を提唱している。

現在の量的質的緩和の下でのベースマネー増加は最終的に日銀の民間部門への国債売却で修正されるとの前提の上に成り立っているため、その効果が減殺されている。一方、日本政府が無利子の永久国債を発行し、それを日銀が買い入れ、恒久的に保有することにすれば、ベースマネーは恒久的に増加。その分、政府債務は事実上、減額されるため、将来の増税を警戒しなくてよくなる家計と企業の支出が増え、景気が活性化するとの考えである。

ただ現在、日銀による国債の直接引き受けは財政法(第5条)などが禁じており、それを行う場合は国会の議決で定められた金額の範囲内と規定されている。また、永久国債の発行も、国債の償還を行っている国債整理基金に関する法律である特別会計法(第42条)などに抵触する可能性がある。

こうした点に関する政治的な議論を欠いたまま、一部の海外勢が期待するヘリマネ政策に日本政府が訴えるようなことはそもそも考え難い。

<ヘリマネ導入には国民的議論が必要>

その点とも関連するが、もう1つ、国外のみならず、日本国内でも理解されていないのは、現在の民主的な政治体制の下でヘリマネが効果を発揮するためには国民的な議論を経る必要があるという点だ。

近年、マネタイゼーションでハイパーインフレに陥った国の典型例として2008年頃のジンバブエが挙げられる。この国では一時、年率換算で897垓(がい)%と言われるインフレが発生した(1垓は1京の1万倍、1兆の1億倍)。その理由は、強権的なロバート・ムガベ大統領の下で事実上の独裁政治が行われ、政府支出の拡張と中銀による財政ファイナンスに歯止めをかけることができなかったからだ。

戦前の日本で行われ、デフレ克服に成功した高橋財政(金本位制の放棄、軍事費などの財政支出、国債引き受けなどの日銀緩和策)も、軍国主義が支配的となる中で進められたマネタイゼーション政策だった。

だが、民主主義体制下では、国民がその政策を嫌った場合、選挙によって政権を交代させることができる。したがって、日本のような現代の民主主義国家で、ヘリマネがその効果を発揮するのは、国民的議論を経て、その理解を得た上で実施する場合に限られるが、現段階でヘリマネに関する国民的議論はほとんど行われていない。

その意味でも、今の段階ではこの政策の導入は時期尚早だ。実現するとしても、消費再増税と東京オリンピックが迫る2010年代終盤だろうと筆者は考える。

今月2日に安倍政権が発表した総額28兆円の経済対策は日銀の金融緩和によるゼロ金利環境を活用し、財政投融資を従来以上に膨らせるなどして、未来への投資を積極的に行う方針が示された。だが、この経済対策にしても、決してヘリマネ政策ではなく、あくまでも従来型の財政拡大策と金融政策の組み合せからなる政策パッケージ(ポリシーミックス)にすぎない。

ヘリマネという劇的な経済政策の変化に期待を膨らませていた、一部の海外勢の失望売りに、当面はドル円も日本株も上値重く推移しよう。その間には100円を割り込むドル安円高リスクも排除できなくなってきている。

ただ、それでも、そうした財政刺激策は内需を下支え、輸入を増やし、貿易収支を悪化させるため、最終的には円高から円安へのトレンド転換を促していく。その意味では、ヘリマネ政策ではないとしても、2014年の消費増税を機に緊縮型に転じた日本の財政政策が拡張型に転じることの意義は大きい。年初から原油相場の緩やかな回復が始まったことも、これまでの貿易黒字改善に次第に歯止めをかけ始めるだろう。

加えて、当社では12月にはFRBが追加引き締め策に動くと見込んでいる。10―12月期には、次回9月の決定会合で政策総点検を行うことを宣言した黒田東彦日銀総裁が、負けることができない次の決戦に打って出る周辺環境が整ってくるだろう。

*高島修氏は、シティグループ証券のチーフFXストラテジスト。1992年に三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行し、2004年以降はチーフアナリスト。2010年シティバンク銀行入行、チーフFXストラテジストに。2013年5月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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