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コラム:トランプ相場を襲うブレグジット第2波=田中理氏
2017年1月25日 / 06:50 / 9ヶ月前

コラム:トランプ相場を襲うブレグジット第2波=田中理氏

[東京 25日] - 年明け以降、英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)をめぐって、ポンド相場が荒っぽい動きを続けている。昨年6月の国民投票後に広がった不安が比較的早期に沈静化したことで、多くの市場参加者にとって、もはやブレグジットは最大の関心事ではなくなっていた。

なにしろ、実際に離脱するのは2年以上も先のことで、離脱後の英国経済や進出企業を取り巻く環境がどうなるかは、まだ始まってすらいない協議の行方を見守る以外にない。残留派が多数を占める議会やスコットランドの反対で離脱が阻止されることや、EU側の厳しい態度に後悔した国民が離脱を思いとどまるとの淡い期待も一部にあった。

しかも、政府関係者の発言には一貫性がなく、政府が離脱に向けた確たるプランを持っているのかすら疑わしい。現時点で相場に織り込むにはあまりにも不確定要素が多すぎる。

その上、英国では懸念された離脱の悪影響が出るどころか、投票後に進んだポンド安によって、輸出企業の業績が上向き、海外からの観光客増加で消費も潤っている。投票後に英国株は大幅に上昇し、英国景気は予想以上の底堅さを保っている。トランプ相場による市場のリスクセンチメントの回復もあり、多くの人々はブレグジットについて軽い思考停止状態に陥っていたのではないか。恥を忍んで打ち明ければ、筆者もそうした1人だった。

<最高裁判決でも議会のブレグジット阻止は困難>

そんな矢先、メイ英首相は8日のテレビインタビューで、EU離脱後の英国がどういった国を目指すか、離脱協議にどう臨むか、近く政府の戦略を発表することを明かした。17日の首相演説に先立ち、英国政府がハードブレグジット(強硬なEU離脱)の方針を発表するとの報道が相次ぎ、市場参加者の間に不安が広がった。

20日のトランプ米大統領の就任式を控え、市場のリスクセンチメントが後退していたことも、こうした不安を増幅した。単一市場からの完全撤退を表明した首相演説、議会関与を必要とする最高裁判決に一喜一憂し、単一市場へのアクセスが阻害されるハードブレグジットならばポンド売り、単一市場へのアクセスを重視するソフトブレグジット(穏健なEU離脱)ならばポンド買いの反応を繰り返している。

17日の演説でメイ首相は、移民制限やEU予算の拠出回避を優先し、「ヒト・モノ・カネ・サービス」の移動の自由を保証するEUの単一市場から完全に抜けることや、EU以外の国・地域とも自由貿易協定(FTA)を結ぶため、域外共通関税を課す関税同盟から部分的に抜ける方針を明らかにした。

それと同時に、1)EUと包括的なFTAを結ぶことで、離脱後も単一市場へのアクセスを最大限確保する、2)自動車や金融サービスなどの戦略産業については、従来通りの事業環境が保たれるように例外適用を求めていく、3)必要なEUの政策に部分参加するため、限定的な予算拠出の可能性を排除しない、4)新たな関税協定を結ぶなどして、関税・非関税障壁・通関手続きが極力ない貿易関係を維持する、との意向を表明している。

このことは、EU離脱後の英国が表向きはハードブレグジットを選択するとしているが、実際にはソフトブレグジットを目指していることを意味する。

英国の最高裁判所は24日、正式な離脱手続きを開始するには、英国議会の採決が必要とする一方、スコットランドなど自治政府議会の採決は必要ないとの判決を下し、議会が離脱を阻止できるかについての法廷闘争は結審した。

国民投票で残留を支持した議員の多くは投票結果を尊重する方針で、議会が離脱を阻止することは困難とみられている。残留派が多数を占めるスコットランドや北アイルランド議会が離脱を阻止する可能性もあったが、今回の判決でその望みは絶たれた。政府は近く、ごく短い法案を議会に提出する方針で、上下両院での審議と採決を経て、3月末までの離脱手続きの開始を目指す。

議会審議の争点は離脱阻止の是非ではなく、1)政府の離脱方針をより明確にする、2)協議の進捗状況を議会に報告する、3)英国とEUの合意案を議会が否決した場合にEUと再交渉する、となろう。

<ポンドと英国株の逆相関が崩れるときが危険>

このように政府の方針が明らかになり、法廷闘争が決着したわけだが、EU離脱後の英国をめぐる不透明感は半年前から何一つ変わっていない。2年間の期限内に合意できるのか、EUや他国とのFTA締結にどの程度の時間がかかるのか、自動車や金融業の特例が認められる可能性はあるのか、どういった形で段階的な移行期間が設定されるのか、合意案を議会が覆すことができるのかなど結局のところ分からないことだらけだ。

しかも、表向きは単一市場へのアクセスを断念した形を採っているが、関税の極力かからない貿易関係を維持し、戦略産業や重要政策での特例を求める英国の要求を、EU側は「いいとこ取り」と受け止める可能性が高い。実際に離脱協議が始まれば、両者の対決姿勢が鮮明となり、再び金融市場の動揺を誘う局面がやって来そうだ。

ブレグジットの負の側面は英国経済や英国企業に徐々に影を差し始めている。メイ首相の演説後、単一免許を失う恐れが高まったとし、大手金融機関は大陸欧州諸国に事業や人員の一部を移転する可能性を相次いで示唆している。政府が単一市場からの完全撤退を表明したことで、英国進出を思いとどまる企業が増え、英国から他国に事業拠点を移転する動きが本格化しよう。

実体経済面でも、昨年12月に英国の消費者物価が2014年以来の上昇率に加速し、同月の小売売上高が2012年以来となる大幅な減少を記録したことは、ユーロ安による輸入インフレが家計の実質購買力をむしばみ始めている可能性を示唆している。

年明け後、ブレグジット不安が再燃してからも、英国の為替相場と株式市場の逆相関関係は崩れていない。これは、英国の代表的な株価指数の構成銘柄に多国籍企業が多く、ポンド安による業績改善が期待されるためだ。

だが、離脱後の英国企業を取り巻く事業環境の悪化を考えれば、いつまでもポンド安による株高を正当化することは難しい。つまり、金融市場はまだブレグジットを本気で織り込んでいない。ポンドと英国株の逆相関が崩れ始めたときこそが、真の離脱ショックに注意が必要となる。

*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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