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コラム:英選挙波乱が招く「クリフ・エッジ」の恐怖=田中理氏
2017年6月9日 / 09:34 / 3ヶ月前

コラム:英選挙波乱が招く「クリフ・エッジ」の恐怖=田中理氏

[東京 9日] - 8日投開票の英下院選は与党・保守党が第1党の座を守ったものの、単独過半数を失う波乱の結果に終わった。

メイ首相が選挙戦の前倒しを決めた4月中旬、各種の世論調査で保守党の支持率は最大野党・労働党に20%ポイント前後の差をつけ、保守党の圧勝が予想されていた。ところが、5月中旬に両党が選挙公約を発表した頃から風向きが変わり、投票直前の調査で保守党のリードは1―13%ポイントまで縮まっていた。

事前調査の一部が保守党の過半数割れを示唆していたものの、この調査は前回2015年の下院選で労働党票を過大評価していた。労働党の追い上げ後も大多数の調査が保守党の議席上積みを予想していたこともあり、保守党の現有議席の確保を疑う見方は少なかった。

だが、ふたを開けてみれば、保守党の獲得議席は318と前回2015年選挙対比で13議席を失い、労働党の獲得議席は262と30議席増やしたが、いずれの政党も過半数を獲得できなかった。いわゆる「ハング・パーラメント(宙づり議会)」状態が生じることになったのだ。

<連立協議難航で再選挙の可能性も>

メイ首相が選挙戦の前倒しを決断した背景には、保守党内の強硬離脱派の影響力を削ぐ狙いがあった。改選前に330いた保守党議員のうち50人前後は、欧州連合(EU)と何ら合意せずに離脱すること(クリフ・エッジ)をいとわない強硬離脱派と言われている。改選前の保守党は議会の過半数を辛うじて上回る議席しか確保しておらず、強硬離脱派の協力なしには議会運営を行うことが困難だった。

移民制限を優先し、EUの単一市場や関税同盟からの脱退方針(ハード・ブレグジット)を掲げるメイ首相だが、離脱後も単一市場や関税同盟へのアクセスを確保するために必要な妥協はしたいと考えている。それを許さない強硬離脱派の存在はメイ首相の悩みの種だった。地滑り的な勝利で議会基盤を強化し、EUとの離脱協議に臨むとのメイ首相の目論見は崩れた。

投票権を持たない議長・副議長(合計4人)と議席を持つが登院しないシン・フェイン党の議員(7議席)を除くと、下院の議会運営に必要な実質的な過半数は322議席となる。保守党単独で322議席には届かないが、北アイルランドの保守系地域政党の民主統一党(DUP)の10議席が加われば、過半数を確保することが可能となる。

万が一、保守党主導の連立政権の発足が行き詰まれば、労働党が政権発足を目指すことになるが、スコットランド民族党(SNP)、自由民主党、緑の党、ウェールズの左派政党であるプライド・カムリなどの協力を得ても、322議席にはわずかに届かない。

政権発足が暗礁に乗り上げれば、再選挙の可能性が浮上する。連立発足で再選挙を回避したとしても、これまで以上に過半数すれすれの次期政権の議会運営は早晩行き詰まる恐れがある。1974年2月の議会選で誕生した労働党の非多数派政権は、同年10月に再選挙を行った。

<強硬離脱派の影響力封じ込めに失敗>

ふがいない選挙結果に保守党内でメイ首相の責任問題が浮上する可能性もある。今のところ首相は辞任を否定しているが、党首辞任に追い込まれれば、後継党首(保守党主導の連立政党が過半数を確保していれば後継首相)の選出に着手することになる。

昨年6月の国民投票終了後に辞任したキャメロン前首相の後継選出レースに倣えば、立候補者を募り、候補者を2人に絞り込むまで議員投票を繰り返し、最終的に党員投票で選出される(メイ首相の場合は2人に絞り込まれた段階で他候補が辞退した)。後継党首の選出には2カ月余りの時間を要すると考えられる。

英国政府は3月末にEUに対して正式な離脱を通告した。リスボン条約50条に基づき、2019年3月末までの原則2年間で離脱協議をまとめる必要があるが、各国の議会承認に半年余りの時間を要するとみられ、来年秋が事実上の協議期限と目されている。通告から2カ月余りが経過した現在、EU側の準備が整っていなかったことや英国が前倒し選挙を決断したこともあり、実質的な協議は何一つ進んでいない。

議会選終了後の6月19日に初回の協議が行われる予定だったが、政治空白が生じれば協議の開始はさらにずれ込む。再選挙や首相交代となれば、次期政権の離脱方針を固めるまでに追加的な時間も必要となりそうだ。脆弱な議会基盤で今後の離脱協議を進めるのは困難とみられ、今回の選挙で強硬離脱派の影響力の封じ込めに失敗したこともあり、時間切れのまま協議が打ち切られるクリフ・エッジのリスクが高まることが不安視される。

ただ、こうした政治空白が比較的速やかに解消されるのであれば、今回の選挙結果はより穏健な離脱につながる可能性も秘めている。単一市場へのアクセスを重視する労働党や国民投票の再実施を求める自由民主党の躍進を受け、野党勢は次期政権に対して、より穏健な離脱を実現するように圧力を強めることが予想される。

保守党政権に加わる可能性がある北アイルランドの地域政党も、アイルランド(EU加盟国)と北アイルランド(英国のEU離脱後はEU域外)の国境管理を巡って、1998年の和平合意に亀裂が入ることを不安視しており、離脱協議での強硬姿勢を改めるように保守党に求めることが予想される。

また、時間切れのリスクが現実味を帯びることで、2年間の協議期限の延長(英国を除くEU諸国の全会一致で決定可能)を次期政権が優先する可能性も出てこよう。

*各政党の獲得議席数は選挙最終結果を反映して更新しました。

*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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