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コラム:欧州の銀行不安は杞憂か=田中理氏
2016年2月16日 / 02:44 / 2年前

コラム:欧州の銀行不安は杞憂か=田中理氏

[東京 16日] - 世界的に金融市場の動揺が続くなか、新たな危機の震源として欧州の銀行セクターの健全性がにわかに注目を集めている。日銀が突如、マイナス金利政策を採用し、銀行収益圧迫への懸念が強まっている最中、ドイツの最大手行が高利回り債の利払いを停止する可能性があるとの報道をきっかけに、欧州銀の信用不安が市場を駆け巡った。

昨夏にギリシャ危機が鎮静化して以降、日本では欧州の経済・金融情勢に関する報道が激減してきた。この間、欧州の経済ファンダメンタルズが比較的良好だったこともあり、多くの読者にとって、欧州発の銀行不安は「寝耳に水」だったのではないだろうか。

ただ、欧州の銀行セクターをめぐる不安要素は、実はすでに昨年末頃から様々な形で顕在化していた。

<イタリアとポルトガルの教訓>

まず初めに市場が着目したのは、イタリアの不良債権問題だった。ユーロ圏内で回復の遅れが目立つ同国は、銀行セクター全体で3500億ユーロ、貸出総額の約17%に相当する巨額の不良債権を抱えているとされ、不良債権処理の遅れによる銀行貸出低迷が景気回復の足かせとなってきた。

危機感を強めた同国政府は昨年11月、4つの小規模な銀行の救済に着手。そこでは銀行の優先債保有者や預金者が完全に保護された一方、株主や劣後債の保有者に損失が発生した。同国は個人投資家による銀行債の保有割合が多く、破綻銀行の劣後債を保有していた年金生活者の1人が自殺したとのニュースをきっかけに、個人投資家の保護を求める声が高まった。政府は人道的な見地から損失を被った個人投資家に補償を提供することを決定した。

さらに昨年12月末にポルトガルで、経営危機に陥って2014年央に救済された大手行の追加資本増強が必要となり、監督権限を持つポルトガル中銀は、同銀の発行債券の一部をバッドバンクに移管することを決定した。

当該債券を保有していたのは外国資本の大手機関投資家で、個人投資家や国内の機関投資家は損失負担を免れた。公平性と透明性に欠ける銀行救済に批判の声が挙がっており、損失を被った投資家は法的手段に訴えるとしている。

こうしたイタリアとポルトガルの2カ国の銀行救済事例は、個人投資家に銀行救済での損失負担を求めることがいかに政治的に困難であるかを浮き彫りにし、多くの機関投資家が自身の保有する銀行債の損失負担リスクが想定以上に高いことを再認識させた。

<追い打ちをかけたハイブリッド債問題>

欧州連合(EU)では銀行行政一元化(銀行同盟)の一貫で、今年1月から域内で統一的な銀行の破綻処理ルールの適用が開始された。そこでは銀行救済に税金投入を回避する観点から、銀行が積み立てる破綻処理基金を利用するためには、銀行の株主や債券保有者が負債総額の最低8%に相当する損失を負担すること(ベイルイン)が求められる。両国の銀行救済は、そのタイミングからも、新たな破綻処理ルールの適用を回避するために駆け込みで行なわれたことは明らかだ。

新たなルールの下で銀行債の保有リスクが高まることは自明であったが、今後も各国当局が特例措置として個人投資家の保有債券をベイルインの対象から除外する可能性もあり、その分、機関投資家の損失負担が増す恐れがある。このことが世界的な市場動揺でリスク許容度が低下した投資家心理をさらに冷え込ませた。

その後も欧州銀の不安をかき立てる出来事が相次いだ。イタリアでは不良債権処理の加速を目指し、公的資金を用いて銀行から不良債権を買い取る政府案をめぐって、EUとの協議が難航。紆余曲折の末、最終的に焦げ付きリスクの低い不良債権のみを民間投資家が買い取る際に政府が保証するスキームで決着した。

だが、同施策が不良債権問題の抜本的な解決につながるか、市場には懐疑的な見方が根強い。この間、銀行の不良債権問題を検討する欧州中央銀行(ECB)のワーキンググループが、イタリアの銀行から情報提供を求めたとの報道も、同国銀行の不良債権をめぐって市場の疑心暗鬼を高めた。

そこに追い討ちをかけたのが、1月下旬から2月初旬にかけてのドイツ最大手行の赤字決算発表と同行の高利回り債の利払い停止観測だった。問題となった大手行は、資本市場業務の大幅縮小などの抜本的な経営改革を進める過程で巨額の減損やリストラ費用を計上したことや、昨夏以降の市場環境悪化によるトレーディング収入の減少が収益悪化につながった。

加えて、EUの新たな銀行破綻処理ルールの適用開始を受け、1月末に大手格付け会社が同行の優先債格付けを引き下げたことも信用リスクを高めた。

さらに2月初旬に同行がCoCo債と呼ばれるハイブリッド債の利払いを停止する可能性があるとの観測が広がり、市場の不安心理に拍車をかけた。CoCo債は自己資本比率が一定水準を下回ると、手元流動性の有無にかかわらず、任意の配当や利払いを停止する設計となっている。これは上位債権者を保護するためのもので、自己資本比率がさらに低下すると、普通株に転換し自己資本が増強される。

CoCo債の利払い停止はそもそも債務不履行とは区別されるものだ。だが、世界的な市場混乱による投資家のリスク回避姿勢の高まり、欧州の銀行セクターに対する信用リスクの高まり、EUの新たな銀行規制下での銀行債の保有リスクの高まり、世界景気の減速懸念と政策対応能力の限界などが相まって、投資家はリスク過敏になっていた。高利回り債の利払い停止とのニュース報道のヘッドラインを目にし、CoCo債の任意利払い停止を債務不履行と混同した可能性がある。

<ECBに残された政策オプション>

日本では日銀がマイナス政策金利の採用を決定した直後にドイツの大手行をめぐる不安が広がったことから両者を結び付ける論調もあるが、欧州の政策当局者の間ではマイナス政策金利の副作用はそれほど大きくないとの見方が一般的だ。

だからこそECBは昨年12月、すでに預金ファシリティ金利は下限に達したとの前言を撤回し、追加利下げに踏み切った。他方、マイナス金利の政策効果については、同時に導入した量的緩和策や流動性供給策の効果も相まって、金利低下やユーロ安進行をもたらしたとの評価で一致している。

ただ、貸出増加がマイナス金利(罰則金利)によるものであったかは評価が割れている。ECBが政策金利をマイナス圏に引き下げた14年央以降、スウェーデンやデンマークなど周辺の欧州中銀がマイナス政策金利を強化しており、マイナス金利が通貨安を通じたゼロサム・ゲームの様相を呈していることがうかがえる。

日銀が新たにマイナス金利競争に参戦し、そのしわ寄せはドル高という形で米製造業の景況悪化懸念につながりやすい。マイナス金利導入によって期待されたはずの円安効果は、世界景気減速によるリスクオフで打ち消された。

一段の原油安進行で向こう数カ月の間にユーロ圏の消費者物価は再びマイナス圏に転落する恐れがある。中期的な期待インフレ率が再び下方屈折を始めており、低過ぎるインフレ率の長期化で徐々にデフレマインドが広がる恐れがある。

ECBは、次回3月10日の会合で金融政策スタンスを再評価し、場合によっては再考する必要があることを前回1月22日の理事会で表明している。市場の行き過ぎた緩和期待が失望を招いた昨年12月の二の舞を避けるため、今回は丁寧な市場対話と期待誘導を図る可能性が高い。

15日付けのロイター通信は、預金ファシリティ金利のさらなる引き下げについて理事会内に確固たる支持が広がっているとの関係者の発言を伝えている。預金ファシリティ金利の10ベーシスポイント(bp)程度の小幅引き下げは既定路線とみてよい。

このところの金融市場の動揺を受け、ECBがさらに大胆な緩和に踏み切るとの期待も広がっている。米国の利上げ観測後退もあり、為替市場にはユーロ高圧力がくすぶっており、小幅の追加利下げでは市場の期待に届かない可能性が高い。

ECBが取れる政策オプションは、1)預金ファシリティ金利の大幅な引き下げと同時に副作用を緩和する政策金利の階層化、2)中心レートである主要リファイナンス金利のマイナス化、3)量的緩和の期間・規模・構成の見直し、4)買い入れ総額を変えずに当面の買い入れを増額する前倒し購入、5)発行体や銘柄毎の買い入れ上限の緩和、6)預金ファシリティ金利未満の利回りの国債や残存30年超の国債を買い入れ対象に追加、7)貸出増加を条件とした流動性供給(TLTRO)の再開など、多岐にわたる。

出し惜しみをすればユーロ高進行によるデフレリスクを高める恐れがある一方、マイナス金利の大幅な拡大は欧州銀の信用不安を高めることや、ドル高進行による米景気の腰折れ懸念を高めることで、日銀同様に市場の手荒いしっぺ返しを受ける恐れもある。ドラギECB総裁は難しい判断を迫られることになる。

*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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