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コラム:ECB砲は不発、揺らぐドラギマジック=田中理氏
2016年3月11日 / 08:42 / 2年前

コラム:ECB砲は不発、揺らぐドラギマジック=田中理氏

[東京 11日] - 市場の反応が金融政策の評価を決めるのであれば、10日の欧州中央銀行(ECB)による市場予想を遥かに上回る「バズーカ緩和」は不発に終わったことになる。

まず今回の緩和内容をざっと振り返ると、マイナス預金金利の階層構造導入こそ見送られたが、預金金利のマイナス0.3%から同0.4%への引き下げに加えて、ほぼノーマークだった主要政策金利の0.05%からゼロ%への引き下げが決まった。

また、それ以外にも次のことが決まった。

●200億ユーロの量的緩和の規模増額(月額600億ユーロから800億ユーロへ)

●社債を買い入れ対象に追加

●国際機関債の1銘柄/1発行体当たりの買い入れ上限引き上げ(発行額の33%から50%へ)

●貸出増加を条件とした銀行への長期資金供給(TLTRO)の第2弾開始

つまり「満額回答」だ。しかし、こうした包括パッケージに沸いた金融市場の初期反応は、その後の記者会見での利下げ打ち止めを示唆するドラギECB総裁の発言をきっかけに失望に転じた。終わってみれば、為替はユーロ高方向に切り返し、債券市場と株式市場も総じて下落して引けた。

<バズーカ砲の制度設計は緻密>

もっとも、仔細にみると今回の包括緩和パッケージは、実は非常に綿密に制度設計されたものと評価できる。

というのも、これまで緩和効果が十分に行き渡らなかった周辺国国債のスプレッド縮小や、このところタイトニングが目立つクレジット市場のスプレッド縮小に働きかけ、TLTRO第1弾の反省を踏まえた銀行貸出を促すインセンティブ設計を導入、マイナス金利拡大による銀行収益圧迫懸念への配慮、さらには買い入れ対象不足への不安や通貨安競争への批判の封じ込めなど様々な効果が期待できるからだ。市場の評価が定まれば、緩和効果も徐々に浸透していく可能性がある。

日銀に先んじてマイナス金利を導入した欧州諸国の経験では、個別行によって事情は異なるが、銀行部門全体ではマイナス金利導入による副作用は限定的なものにとどまっている。だが、日銀のマイナス金利導入後、欧州でも銀行収益圧迫への警戒は強まっている。

ECBは今回の緩和決定で、階層構造の導入を見送るとともに、預金ファシリティ金利の引き下げ幅を市場予想の下限に近い10ベーシスポイント(bp)にとどめ、銀行収益圧迫への懸念に配慮した。ECBは階層構造の導入を見送った理由として、第1に階層構造導入でマイナス金利の適用範囲を狭めれば、マイナス金利幅をさらに拡大していくことが可能と受け止められる恐れがあったこと、第2にユーロ圏には規模・経営状態・市場環境の異なる銀行が数多く存在し、階層構造導入が実務的に複雑であることを挙げている。

6月で終わるTLTRO第1弾は、初回や第2回目の利用行や利用額がかなりの規模に上った後、最近では利用行・利用額ともにジリ貧で、すでに役割を終えたとの見方もあった。

そこで、TLTRO第2弾には、以下のような工夫を施した。

●適用金利を従来の0.25%(=引き下げ前の主要政策金利+20bp)からゼロ%(=引き下げ後の主要政策金利)に引き下げ

●ベンチマーク対比で貸出を増やした銀行には、その程度に応じて最大でマイナス0.4%(=利用時の預金ファシリティ金利)まで金利を減免

つまり、TLTRO第1弾が貸出増の基準に満たなかった銀行に対して強制返済の罰則(負のインセンティブ)を適用したのに対し、今回は条件を満たした銀行を優遇(マイナス金利での流動性供給=貸出奨励金)する正のインセンティブが働くため、より積極的な利用が期待できる。また、貸出を増やさない銀行もゼロ金利での調達が可能なため、とりわけ周辺国の銀行が国債に投資して超過収益を得るキャリートレードの効果が期待できる。

ちなみに、マイナス金利が余剰資金を抱え、中銀預金を主に利用するコア国銀行の収益圧迫要因であるのに対し、一般的にTLTROの利用行は流動性に不安を持つ周辺国銀行が多いと考えられる。

ECBの量的緩和策については、財政ファイナンスを回避する制度設計が制約となり、予定している買い入れ額を充足できないとの不安がつきまとってきた。なかでも、買い入れ規模が最大のドイツ国債は、財政黒字で新規発行額が少ないこともあり、向こう1年程度で買い入れ可能な国債がなくなると不安視されてきた。

今回の買い入れ増額でこうした懸念はさらに深まるものの、同時に社債を買い入れ対象に追加し、国際機関債については1銘柄/1発行体当たりの買い入れ上限を33%から50%に引き上げた。今後、必要に応じて国債の買い入れ上限を引き上げることも可能なはずで、買い入れ対象がなくなる不安を和らげることができる。

また、購入対象に社債を追加したことは、クレジット市場の安定化に寄与するとともに、さらなる対象拡大の余地があるとのメッセージを市場に発することができそうだ。

<バズーカ砲「不発」後の懸念>

市場はドラギ総裁による「利下げ打ち止め」の言葉に過敏に反応したが、同時に外部環境が変化すれば再び利下げする可能性を否定しなかったことや、政策金利の低位安定を約束するフォワードガイダンスを強化したこと、財政ファイナンスとの兼ね合いで難しいとの意見もあった買い入れ上限を緩和し、さらなる量的緩和拡大の障害を取り除いたことなどは素通りした。

「10bp以上の預金金利引き下げ+買い入れ増額+α(プラスアルファ)」が市場コンセンサスとなるなか、過度な緩和期待を放置したうえで市場の失望を招いた昨年12月の失敗と、過去数週間の金融市場の落ち着きや原油市況の底入れがECBの判断を難しくした面もある。市場の期待を再び裏切ることはできないとの思いが投票時に理事会メンバーの脳裏に浮かんだとしても不思議ではない。

また、追加緩和を再現なく要求される事態を断ち切るため、原油価格の想定と物価見通しを大幅に引き下げる今回が「勝負どころ」と考え、市場参加者の期待を上回る包括的な緩和パッケージを打ち出したように思われる。

ただ、中銀依存体質を強める市場参加者は、てんこ盛りの緩和メニューを目にし、これで当面の追加緩和がないと感じ取った可能性がある。政策発表のタイミングも市場の乱高下を招いた。日本時間で21時45分の政策発表時には、政策金利に関する決定を発表するのが通例だが、今回は金利以外の緩和パッケージの大枠も発表した。記者会見が始まる22時30分までの間に、市場で大幅なユーロ安が進んだことが、その後の失望を大きくしてしまった感がある。

ユーロ安やドイツの国債利回り低下を通じて、必ずしも緩和を必要としていないドイツ経済を潤す従来の緩和策から脱却し、より緩和を必要としている周辺国や貸出・クレジット市場に恩恵が及ぶ今回の緩和策への転換は、期待される政策効果という観点からは望ましい。

問題は市場の評価が伴わず、緩和効果が減殺されてしまうことだ。金融政策の限界に不安を感じつつ、緩和依存症から抜け出せずにいる市場は、ECBにさらなる追加緩和を督促する可能性もある。ここ数回のギクシャクな市場対話で、ドラギ総裁への絶大な信頼も損なわれかねない。

市場の評価がこのまま変わらなければ、今回で打ち止めを期待し、ゲームチェンジャーとなる包括緩和パッケージを導入したECBは難しい立場に追いやられる。

*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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