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コラム:ユーロ高阻止の決め手欠くECBの苦悩=田中理氏
2017年9月8日 / 06:02 / 11日前

コラム:ユーロ高阻止の決め手欠くECBの苦悩=田中理氏

[東京 8日] - 欧州中央銀行(ECB)は、来年以降の資産買い入れの検討を今秋に行うことを約束しているが、事前の観測報道にあった通り、9月7日の理事会ではいくつかのシナリオの検討を開始するにとどめ、具体的な決定は10月26日の次回理事会に持ち越した。

ドラギECB総裁は「恐らく大部分の決定を10月に行うことができる」と発言。近い将来の政策決定のシグナルとして過去用いてきた文言(「関連部局に検討を指示した」)を再び使い、事実上10月の決定を事前通告した。

検討はまだ初期段階であり、来年以降の資産買い入れの継続期間や月額の買い入れ規模について、さまざまなシナリオの賛否を議論しているという。ドラギ総裁は理事会後の記者会見で、何を議論したかよりも、何を議論しなかったかを強調した。

今回の理事会で議論しなかったこととして挙げたのは、1)資産買い入れの終了後も相当な期間は政策金利を据え置くとの政策変更の順序、2)1銘柄・1発行体当たりの買い入れ上限、3)資産買い入れの対象拡大、である。

買い入れ対象資産が枯渇するとの不安に対しては、「買い入れプログラムには十分な柔軟性があり、この問題に対処可能なことを一貫して証明してきた」と発言。さらに、資産買い入れはできる限り市場中立的に行っており、国債市場の流動性の状況次第で、ECBの資本金構成に応じた各国国債の買い入れ比率から一時的にかい離することがあると述べた。

つまり、ECBは来年以降の資産買い入れの減額(テーパリング)時に、少なくとも現時点では、現在の買い入れルールを変更する可能性を明確に否定したことになる。

<ドルの弱さもECBの頭痛の種>

テーパリング決定の先送りが確実視される中、今回の理事会でのポイントの1つは、ユーロ高けん制の有無だった。

声明文では「最近の為替レートの変動は不確実性を高め、中期的な物価安定の行方にどのような影響を及ぼし得るか観察する必要がある」との文言を追記。記者会見でも「最近のユーロ高進行は間違いなく金融環境の引き締めにつながっている」「為替レートは政策目標ではないが、成長や物価にとって重要な要素であり、将来の政策決定において考慮しなければならない」と指摘し、急速なユーロ高進行をけん制した。

だが、ドラギ総裁の思いとは裏腹に、ユーロ高の流れを断ち切ることはできなかった。

9月の決定こそ先送りしたものの、10月に来年以降のテーパリングを決定することはほぼ確実だ。このところのユーロ高進行によりテーパリングが多少長期化したとしても、買い入れルールの変更を否定している以上、そう長い間、買い入れを継続できないことが見透かされている。

ECBは資産枯渇の可能性を否定しているが、毎月発表される資産買い入れの実績からは、33%ルール(各国の国債発行残高に対するECBの買い入れ上限)に抵触しそうな国債の購入比率を落としていることが確認される。ポルトガルやフィンランドに次いで、最近ではスペインやドイツの国債の購入割合が鈍ってきた。テーパリングが不可避であるとすれば、早期の利上げ観測の封じ込めくらいしか、ユーロ高けん制の方法はない。

ドラギ総裁が今回の記者会見で再三、政策金利に関するフォワードガイダンスを維持することを強調した背景にも、こうした苦悩がうかがえる。

ドルの弱さもECBにとって頭痛の種となりそうだ。米国の債務上限問題が12月に先送りされたことで、米連邦準備理事会(FRB)による12月の利上げ再開に向けたハードルが高まった。相次ぐハリケーン襲来による米景気の下振れリスクや、北朝鮮情勢を巡る不透明感なども、ドルの弱さを通じてユーロの増価圧力となり続けそうだ。

<テーパリングが正当化できなくなる恐れ>

ただ、ECBのユーロ高耐性はそろそろ限界に近づいている。今回発表されたスタッフ見通しでは、為替相場の前提が引き上げられたことから、ユーロ圏の消費者物価(前年比)は2018年が前回6月時点見通しのプラス1.3%から同1.2%に、2019年が前回のプラス1.6%から同1.5%に各々下方修正された。

四半期ベースでは予測期間の最終期である2019年10―12月期が前回のプラス1.7%から同1.6%に下方修正された。ECBは中期的な物価安定を「2%に近いがそれを下回る水準」と定義している。中期的が具体的に何年後を指すかは明らかにしていないが、予測最終期の物価見通しが今以上に下方修正されると、四捨五入して2%にどうにか届く水準となり、中期的な物価安定が脅かされる段階に入る。一段のユーロ高進行で物価見通しのさらなる下方修正を余儀なくされれば、もはやテーパリングそのものが正当化できなくなる。

ECBの計量モデルや過去の分析結果は、ユーロの実効レートが10%増価した場合、1年後の消費者物価を1.1―0.2%ポイント押し下げることを示唆している。前回見通し対比で実効レートの想定は4.4%引き上げられており、モデルのパラメーターを機械的に当てはめれば0.5―0.1%ポイントの物価押し下げ要因となる。

この点について、ECBは最近の為替高がユーロ圏の景気見通しの改善を反映したものであるため、モデルの為替感応度が示唆するよりも小幅の下方修正にとどまると説明している。だが、筆者には物価安定が損なわれないギリギリの下方修正にとどめたように思えて仕方がない。

<1.2ドル前半を巡る攻防が継続>

幸い12月理事会で発表予定の次のスタッフ見通しでは、予測期間が2020年まで1年延びるため、2019年の物価見通しがさらに下方修正されたとしても、2020年に緩やかに持ち直す物価パスを描くことは可能だ。

9月のスタッフ見通しでのユーロドル相場の想定数字は8月中旬のカットオフ日の1.18ドル。理事会後のユーロ高進行で1.20ドル台を再び突破した。テーパリング決定を宣言した10月理事会の段階で、ユーロドル相場が1.25ドル付近に上昇した場合、今回の7掛け程度の為替増価に相当する。物価見通しがさらに0.1%ポイント切り下がれば、中期的な物価安定が危うくなりかねない。

したがって、今後10月理事会に向けて、ECBはもう一段のユーロ高けん制をしてくる可能性が高い。前述した通り、来年以降のテーパリングやドルを巡る不透明感を前提にすれば、ユーロ高抑制の切り札はない。だが、ユーロドル相場で1.25ドルに近づけば、2019年以降も資産買い入れが継続することや買い入れルールの変更も排除できなくなってくる。1.2ドル台前半を巡る攻防が続くことになりそうだ。

10月理事会では、来年1月から月額の資産買い入れ額を600億ユーロから400億ユーロに減額の上、2018年6月まで6カ月間の資産買い入れの延長が決定されると予想する。

物価の先行きやユーロ高による金融環境の引き締まりを巡る不透明感が高いことから、必要に応じて資産買い入れの期間や規模を拡充する「緩和バイアス」を維持。同時にテーパリング終了までの詳細なスケジュールを事前に明らかにするのではなく、物価や為替動向をにらみつつ、来年7月以降の緩和継続や買い入れ額を順次判断する方式を採るとみる。

*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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