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コラム:マイナス金利、20の疑問(下)=河野龍太郎氏
2016年2月17日 / 03:30 / 2年後

コラム:マイナス金利、20の疑問(下)=河野龍太郎氏

[東京 17日] - 黒田日銀はどこまでマイナス金利を拡大するのか。マイナス金利政策は日本経済にいかなる影響を与えるのか。パート1に続き、疑問に答える形で日銀の金融政策のリスクを分析する。

――関連記事:マイナス金利、20の疑問(上)=河野龍太郎氏

<マイナス金利政策が消費増税先送りを助長する恐れ>

Q11)さらなる付利引き下げのタイミングは。

日銀は当面、マイナス金利政策導入の市場への浸透度合いやその副作用を見極めようとする。よほどのことがなければ、次回3月の決定会合で追加緩和に向かうことはないだろう。

しかし、筆者は、国際金融市場の動揺がいずれ追加緩和を余儀なくさせると考えている。仮に国際金融市場が小康を得るなら、国内均衡の観点から利上げが必要と考える米連邦準備理事会(FRB)が金融引き締めに向かうだろうから、安定してもそれは一時的で、動揺はすぐに再燃する。ドルベースの過剰債務、過剰ストックを抱える新興国や資源国は、ドル金利の上昇には耐えられない。中国についても米国の利上げがもたらす、さらなるドル高には耐えられない。

一方、FRBが完全に利上げを中断することがあるとすれば、それは、米国経済が後退リスクに直面するケースである。中国の人民元問題は落ち着くかもしれないが、今度は米国の後退リスクそのものが国際金融市場の新たな動揺を招く。

いずれにせよ、円高圧力が一段と高まれば、政権からプッシュされ、副作用が大きい政策しか残っていないとしても日銀は静観するわけにはいかないだろう。不確実性は大きいが、今年6月会合で付利を20ベーシスポイント(bp)引き下げてマイナス0.3%へ、来年にも20bp引き下げてマイナス0.5%にすると予想している。

Q12)効果不足を理由にマイナス金利を中止することはないのか。

その可能性は小さい。リフレ派の論理からすれば、円高になり、株価が下落しているのは、副作用のせいではなく、金融緩和が足りないからということになるはずである。「効果が現れないのは、金融緩和が足りないから」というのが、彼らの口癖だった。もし黒田日銀体制の考え方がリフレ派理論に基づくものなら、付利の引き下げは効果が現れるまで継続されるだろう。

結局、量的・質的緩和(QQE)と同様、大きな効果が得られないまま、その限界に達するのではないか。もちろん、日銀がリフレ派に占拠されていないとしても、大衆民主主義の下で、中央銀行は有効な手段が尽きてしまったとは簡単には言えないから、副作用が多少大きくても、限界まで政策が追求される可能性が高い。

ただ、副作用は決して小さくないのだから、政策に限界はないと強弁するのではなく、中央銀行は魔法の杖を持っていないと、そろそろ真実を語るべきだと筆者は考えるが、どうだろう。

Q13)さらなる付利下げは賛成票を得られるか。

1月会合での決定は、5対4というギリギリの票決だったが、マイナス金利導入に反対した委員のうち、白井委員は3月末に、石田委員は6月末に任期満了を迎える。意見の多様性を求める委員会制の本来のあり方からは望ましいとは言えないが、政治的には黒田総裁を支持する人が後任に選ばれるのだろう。

ただし、石田委員はいわゆる「銀行枠」であって、後任もメガバンク出身者だとすれば、その委員が銀行業績に悪影響をもたらすさらなる付利の引き下げを積極的に支持するとは考え難い。次回以降の票決は6対3となるのだろうか。あるいは、銀行枠が一時凍結されるのだろうか。

Q14)どこまで付利を引き下げるのか。

上述したように、マイナス金利は、金融機関の収益にダメージを与え、信用仲介機能を毀損する恐れがあり、マイナス幅が大きくなればその危険性は高まる。また、あまり大幅なマイナスにすると、現金保有を助長するに終わり、金利押し下げ効果が減殺される。現金への選好が強まれば、強い景気抑制効果が現れる。このため、中央銀行は、付利をどこまでも引き下げられるわけではない(理論上、制約の1つは現金にマイナス金利が付かないことである)。

日銀は1月末の政策決定に際し、自らがまとめたQ&A方式の文書で、スイスがマイナス0.75%、スウェーデンがマイナス1.1%、デンマークがマイナス0.65%まで引き下げていることを紹介し、少なくともマイナス1%程度までの引き下げ余地があることを匂わせた(2月11日にスウェーデンはマイナス1.25%への引き下げを決定している)。

しかし、欧州中央銀行(ECB)の大規模緩和によるユーロ安・自国通貨高に翻弄される周辺の小国と、経済規模が大きく、かつ実質実効為替レートが歴史的低水準にある日本とを同列に扱うべきではない。日銀が深いマイナス金利へと踏み込んで行けば、通貨戦争を激化させる恐れがある。うまく行く場合でも、結局、国際資金フローに大きな歪みをもたらし、金融的不均衡が蓄積されるリスクがある。

Q15)黒田日銀総裁のサプライズ重視策は有効か。

黒田総裁はサプライズを好む。しかし、理論的にサプライズを重視する政策は、政策の予見可能性を低下させ、資産市場のボラティリティーを高め、政策効果を削ぐため、全くの逆効果である。

1980年前後にマクロ経済学を学んだ政策当局者の一部に、「合理的期待」の政策インプリケーションを誤って解釈し、事前に織り込まれた政策は効果がなく、サプライズ政策のみが有効と勘違いする人が存在していた。事前に織り込まれる過程で、政策効果が広がり、政策実行の際には、すでに全てが資産市場に織り込まれているのを効果がないと勘違いしたわけである。

実際には、政策当局が政策ルールを明確にした上で、景気物価の情勢判断や見通しを示し、それを元に市場が政策当局の意図を的確に読み取り、将来の政策経路が資産価格に織り込まれれば、政策効果をより高めることができる。逆に中央銀行総裁の発言を信頼しない人が増えれば、政策効果は減殺される。

Q16)マイナス金利導入の財政への影響は。

上述したように、マイナス金利導入の実体経済へのプラス効果は、極めて限定的だが、1つ確かな効果は、政府の借入コストを一段と引き下げることである。

2月9日に10年国債金利は初のマイナス圏に突入し、政府にとって追加的な借入コストはゼロないしゼロ未満という状態になった。議会制民主主義の下で、政治的な財政膨張が生じた場合、唯一の膨張の歯止めになるのは長期金利の上昇だが、日銀の極端な金融緩和でこうした警報装置は全く機能しなくなっている。政府の資本コストがゼロ以下まで限界的に下がったことで、政治家は財政に対する市場からの信認と好意的に受け止め、結果的に財政規律はますます弛緩するだろう。

成長期待の低下から資本コストが低下しても民間支出は簡単には刺激されないが、便益を受ける世帯と返済を負担する世帯が異なる公的支出の場合、決定主体である政治は資本コストの低下に敏感に反応する。世界経済の先行きへの下振れリスクが大きく高まっていることを大義名分に、10%への消費増税(17年4月)が再度先送られる可能性も十分に考えられる。

金利が上がるリスクがますます小さくなったと判断されれば、人々に痛みをもたらす増税は、政治的に先送りされやすい。QQEに続き、マイナス金利政策を採用したことが、またしても消費増税の先送りを助長する恐れがある。

Q17)マイナス金利政策は「金融抑圧」の一形態か。

日本経済の最大の問題は、人口動態に根差した公的債務の膨張である。人口ボーナス時代に作られた財政制度、社会保障制度の改革が人口オーナス時代になっても先送りされているから、財政赤字(構造的財政赤字)が改善しないのである。

安倍政権は、増税や社会保障関係費カットなどの財政調整ではなく、成長を高めることで公的債務問題を解決することを志向しているが、現実には潜在成長率を大幅に引き上げるのは困難であり、安倍政権の掲げる2%の潜在成長率の達成は現実的ではない。

筆者は、アベノミクスの帰結は、その意図は別として、金融抑圧に堕し、インフレタックスによる公的債務の圧縮につながると考えていた。ただ、当初からそのリスクを意識してはいたが、外部環境の悪化で、当面はインフレの引き上げが困難になっている。しかし、インフレがさして嵩(こう)じなくても、金利が一段と低下すれば、公的債務の負担は軽減できる。結局のところ、公的債務がこれだけ膨張している中で、財政調整を選択せず、インフレタックスによる実質的な公的債務圧縮も困難なら、金利をさらに引き下げるしかない。

つまり、今回の日銀によるマイナス金利の決定は、金融抑圧政策の文脈の中で、捉えておく必要があるだろう。財政調整が選択されず、過大な公的債務が存在する中で、グローバルな環境がインフレ的である場合にはインフレタックスによって、グローバル環境がデフレ的である場合にはマイナス金利によって、実質公的債務負担が削減されていくということなのだろう。

<ソフトランディングにはG4による第2プラザ合意が不可欠>

Q18)各国からの批判が日銀追加緩和のハードルにならないのか。

一段の付利下げのハードルとなり得るのは、米国や中国などからの日銀の実質的な円安誘導への批判の高まりかもしれない。もし、世界経済全体のソフトランディングを図ろうとするなら、FRBが利上げを当面中断する一方、日銀やECBも追加緩和を控え、ある程度の通貨高を受け入れることが望ましい。

しかし、ECBも3月に追加緩和に向かうことがほぼ確実な情勢であり、近い将来、そうした国際協調政策が採られる可能性は高いとは言えない。

むしろ、筆者が強く懸念しているのは、日銀やECBのマイナス金利政策の追求が中国の人民元の大幅切り下げを誘発することである。中国政府は、日銀やECBが通貨戦争を激化させた結果、自らが人民元の大幅切り下げに追い込まれたと主張するのではないか。

Q19)国際協調政策は機能しないのか。

世界経済のジレンマは、米中の二大経済大国が自国の国内均衡を優先した政策を追求すると、国際経済や国際金融市場に大きな緊張ないし大きな動揺をもたらすことである。

国内均衡を目指し米国が利上げを続ければ、バブル崩壊による過剰債務を抱える新興国、資源国の調整は困難を極め、同時にドル高進展が人民元問題を深刻化させる。国内均衡を目指し中国が人民元の大幅切り下げを行えば、世界経済に大きなデフレ圧力を撒き散らす。ソフトランディングを図るのなら、第2プラザ政策として日米欧中の「G4」による国際協調政策が不可欠である。

具体的には、前述したように、1)FRBの利上げの中断、2)日銀とECBの追加緩和の自制と、ある程度の通貨高の甘受、3)中国の人民元の大幅切り下げ回避と資本規制のもとでの緩やかな人民元切り下げ、4)追加財政による通貨高の悪影響の吸収、などが協調政策として必要となる。

ただ、対外要因で国内政策を縛られることを各国の中央銀行は強く嫌う。よほどの大混乱が事前に生じなければ、国際協調政策は実現しないのではないか。国際協調政策が取られる蓋然性は30%程度にとどまると考える。

Q20)国際協調政策の副作用は。

仮に国際協調政策が採用される場合、世界経済がソフトランディングに向かうとしても、それで全ての問題が解決されるわけではない。国内均衡と矛盾した政策が取られることで、米中では新たな不均衡が生じるリスクが高い。

世界的にディスインフレ傾向にあることを前提にすると、米国では緩和継続による過剰流動性が株式市場、住宅市場に流れ込み、新たなバブルが生まれる可能性がある。日欧のマーケットでもそうした動きが観測される可能性がある。

中国については、追加財政で景気が支えられるとしても、それによって資源配分が歪み、潜在成長率の低下に歯止めがかからない恐れがある。人民元の大幅切り下げを回避するための資本規制も、当然にして市場規律を損なう。

マクロ経済のボラティリティーを抑えるべく、ソフトランディングを志向することは政策的に妥当だが、あくまで時間を買うに過ぎない。国際協調政策を模索する動きも出てきたが、ソフトランディングを好感し各国の株価が上昇すれば、政策当局がそれに慢心して必要な改革が進まず、中長期的にはさらに大きな問題を抱え込むのがこれまでの経験だったことを肝に銘じておくべきだろう。

*前編はこちらです。

*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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