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コラム:消費増税先送り後、4つの経済シナリオ=河野龍太郎氏
2016年6月12日 / 10:06 / 1年前

コラム:消費増税先送り後、4つの経済シナリオ=河野龍太郎氏

[東京 12日] - これまでも論じている通り、筆者は、安倍政権は金融緩和による通貨安での景気刺激の限界を認識したため、中央銀行ファイナンスによる大規模財政に舵を切ったと考えている。つまり、今回の消費増税先送りも財政シフトの一環と見ている。

もちろん、景気刺激策としての金融政策の限界が認識されたからといって、日銀の役割がなくなったわけではない。円安でかさ上げした株価が下落したのでは元も子もないと政権は考えるだろうから、円高が進展する際には、それを抑制すべく政治的な緩和プレッシャーが高まる。

いくら麻生財務相が口先介入で奮闘しても、現在の米大統領選挙の展開を考慮すれば、実弾での円売り・ドル買い介入が逆効果となることは必至だ。円高が進めば、黒田日銀総裁は動かざるを得ないだろう。その際は、金融機関の業績への悪影響を懸念しつつも、マイナス金利の深堀りを余儀なくされる。

政策発動時には、金融機関へのせめてもの罪滅ぼしとして、新たに深堀りしたマイナス金利の水準での資金供給も開始される。景気刺激効果があるわけではないが、民間金融機関とのさらなる関係悪化を避けるために利益供与は不可欠だ。

日銀は、量的・質的金融緩和(QQE)開始当時のリジットなインフレーション・ターゲットをすでに放棄し、フレキシブル・インフレーション・ターゲットに移行している。このため、円安誘導を通じたインフレ醸成としての金融緩和は予想されないが、円高回避のための追加緩和が行われる可能性は引き続き高い。

<遠のく緩和の出口、20年春まで引き締めは不可能>

円高回避のための金融緩和と並ぶもう1つの日銀の役割は、追加財政のファイナンスをスムーズとするための金融環境作りである。ただ、ネットで年率80兆円という大量の長期国債の購入目標は、品薄によって早ければ今年後半にも札割れが頻発し、未達となることが懸念されていた。現実には、消費増税の先送りや追加財政に伴う国債発行増が、日銀の目標達成のサポートとなり得る。

とはいえ、1月29日に日銀がマイナス金利政策を導入したのは、国債の大量購入による量的緩和政策が限界に近づいていたためであり、次回、マイナス金利が深堀りされる際には、国債購入目標は事実上棚上げされ、量的目標が未達でも長期金利が低下傾向にあれば問題ないというスタンスが示される可能性がある。

今回の消費増税の先送りは、中長期にわたって、日銀の金融政策に様々な影響を与える。まず、前述した通り、国債発行が増えることで、80兆円の国債購入目標を多少、延命させるかもしれない。また、近い将来、2%インフレ目標の達成が難しいとしても、消費増税が家計の実質購買力を押し下げ景気に少なからず悪影響を及ぼすことを考えると、増税先送りはインフレ目標達成には多少の追い風となる。

一方、大きな問題となるのは、QQEやマイナス金利政策の出口がさらに遠のいた点である。筆者からすれば、QQEのスタート段階で、日銀は財政従属に片足を突っ込んだのであり、もともと出口は相当期間にわたって訪れないと考えていたが、今回の先送りで手じまいが相当に難しいことが広く認識されるようになったのは間違いない。

まず、2019年10月の消費増税の実行までは、景気配慮の政策が取られるとすると、日銀に対しても同様の要請がなされ、少なくとも19年10月の消費増税までは引き締め方向には動けない。実際には、増税後の悪影響の収束が確認される半年間、すなわち20年4月までは、日銀は動けない。

15年末の段階で35%だった国債発行残高に占める日銀の保有比率は、機械的に計算すると、(政府の国債発行次第ではあるが)19年末には67%、20年末には75%に達する。20年春までは、インフレが2%に達していても、達していなくても、日銀はマイナス金利政策を続けざるを得ないのである。

80兆円の国債購入目標については、前述した通り、札割れ頻発で、早い段階において事実上棚上げされる可能性もあるが、インフレが上昇しても長期金利の上昇を避けるための大量購入は続けられるはずである。その際、長期国債の売却を望む金融機関が増えるだろうから、日銀の国債購入はスムーズに進む。

しかし、物価安定の観点からいえば、本来、QQEの段階的縮小(テーパリング)が開始されるべきタイミングである。また、インフレが上昇していない場合には、インフレ目標が達成されるまで政策を続けると表明しているのだから、それが撤回されない限り、少なくともマイナス金利政策は続けられる。

<ゼロインフレ下、マイナス金利による金融抑圧を継続>

公的債務が発生した際に、将来、何らかの方法で税収を増加させたり、歳出を削減したりすることによって、債務返済に必要な財源を確保しようとする政府を、英経済学者リカードの名から「リカーディアン」型政府と呼ぶが、筆者は、QQEが始まった直後から、債務を中央銀行にファイナンスさせる「非リカーディアン」型政策の採用は不可避であると考え、以下の4つの中長期シナリオを想定してきた。

1)ゼロインフレの下でのマイナス金利によるスローペースの金融抑圧(生起確率39%)

2)4―5%のインフレの下でのモデレートな金融抑圧(生起確率35%)

3)10%のインフレの下での激しい金融抑圧(生起確率25%)

4)2%成長、2%インフレの下での金融抑圧(生起確率1%)

4つを簡単に説明すると、シナリオ1は、中国人民元の大幅切り下げや米国経済の減速など、グローバル環境がデフレ的となる場合、いくら日本政府が非リカーディアン型の行動を取っても、直ちに円安傾向とはならない。むしろ円高傾向となるため、当面はインフレ上昇も回避される。インフレ醸成が難しい以上、インフレ・タックスによる公的債務の圧縮は進まないが、ゼロインフレの下で、マイナス金利政策による金融抑圧が続けられる。

当初、生起確率が2番目に高いサブシナリオとしてシナリオ1を位置づけていたが(メインはデフレ回帰だった)、昨夏と今年年初の国際金融市場の混乱を受け、リーマンショック後の世界経済の拡大局面の残りの期間はあまり長くないとの判断から、1月末以降、メインシナリオと位置づけている。

シナリオ2は、市場が非リカーディアン型政府への移行を読み取り、インフレ期待がジャンプする世界である。日銀は物価安定と長期金利安定の二律背反に直面するが、財政破綻を避けるため、後者が選択され、マイナス金利政策や長期国債の大量購入政策が継続される。この結果、マイナスの実質金利の拡大で円安が進展し、現実のインフレも徐々に加速していく。

4―5%の比較的モデレートなインフレの下で、公的債務の圧縮が進む。公的債務の圧縮は、増税や歳出削減などの財政調整を採用しなければ、理論上、代替策としてインフレ・タックスしか存在しないため、最終的にはこのシナリオに向かう可能性は高いと現在も考えている。

しかし、グローバル経済が下降局面に入ると、当然にして、各国とも金融緩和に踏み切る。日本の財政動向がいかに深刻でも、米国の金融政策が為替市場に与える影響は非常に大きく、米連邦準備理事会(FRB)の利下げへの転換、ないしは利上げ中断によって、シナリオ2の実現が先送りされ、シナリオ1が先行するのではないか。

もちろん、筆者の想定が外れ、このまま米国経済が想定外に堅調な拡大を継続し、FRBが緩やかに利上げを続けるということであれば、シナリオ2が徐々に実現していく。ただ、米国経済が堅調でドル高が続くのなら、年初のように、過剰問題を抱え、割高な通貨に悩む中国の人民元が大幅に切り下げられるとの観測が広がり、国際金融市場は結局、再混乱に見舞われると思われるがどうだろう。米国も中国も底堅い景気拡大が続く「ゴルディロックス(過熱せず冷めすぎてもいないちょうど良い状況)」となるシナリオは、アベノミクスの成功確率と同様、決して高いとは思われない。

<高インフレと金融抑圧の末、財政調整を選択した英国>

シナリオ3は、基本的にはシナリオ2と変わらないのだが、円安が止まらず、高率のインフレの下で激しいインフレ・タックスが進むケースである。インフレ醸成後、マイナスの実質金利の拡大を背景に劇的な円安が進み、インフレが加速、円安・インフレのスパイラルに陥り二桁インフレが訪れる。

インフレ醸成後もマイナス金利政策が続くため、預金の実質価値の棄損を恐れ、資金にゆとりのある人は外貨へのシフトだけでなく、国内の株式や不動産にも資金をシフトさせる。4―5%のインフレの下なら、不動産高だけでなく株高も続く。リスク資産価格が上昇する一方で、インフレ・タックスによって増税や歳出削減が避けられることが分かると、政府は全ての問題解決において安易にインフレに頼るようになる。財政再建の努力は全て失われ、その結果、モデレートな4―5%のインフレにとどめることができなくなり、二桁インフレへと加速していく。

高率なインフレそのものが資源配分を歪め一段と成長率が低下するため、資金はもっぱら海外と不動産にシフトし、株価は低迷が続く。高率のインフレが成長を大きく阻害することが次第に理解されるようになり、最終的には、痛みの大きな財政調整を人々は選択する。

第2次世界大戦直後、国内総生産(GDP)比で260%に達する公的債務を抱えていた英国では、1940年代後半から60年代前半まで4―5%のインフレの下で、公的債務の圧縮をスムーズに進めた。しかし、60年代後半からインフレが加速、二桁インフレが続き、それに耐えられなくなる。

79年にサッチャーを首相に選ぶことで、インフレ・タックス政策を放棄し、財政調整が開始される。当初はモデレートな金融抑圧であるシナリオ2が選択され、その後、激しい二桁インフレの下での金融抑圧であるシナリオ3を経験し、最終的には財政調整が選択された。日本も同じ経路をたどるのだろうか。

当時は、ブレトンウッズ体制の下で固定レート制が取られていたため、同体制の崩壊まで二桁インフレは避けられていた。変動相場制の今日では、高率のインフレが訪れるまでに必ずしも長い時間を必要としない可能性がある。英国の経験が早回しで観察されるのかもしれない。

シナリオ3が実現するのは、単に時間の問題なのだろうか。実は、多くの国が大規模な公的債務を抱え、低成長に喘いでいることを考えると、どの国でも継続的な利上げは難しい。今回の景気拡大が低い成長のまま終われば、米国でも自然利子率低下で、循環的な回復が続いても利上げが容易ではないことがますます明らかになるだろう。そのことは、日本での大幅円安とインフレのスパイラルの可能性が低下することを意味する。

低成長と公的債務問題が日本だけの問題ではないことが明らかになれば、劇的な円安を前提とするシナリオ3は避けられ、シナリオ2にとどまる可能性が高い。いや、場合によっては、世界的なディスインフレ傾向が続くため、シナリオ2ではなく、シナリオ1の様相が長引く可能性もある。

この場合、公的債務の圧縮手段として、マイナス金利の深堀りが進められるということである。それは、銀行課税としてだけではなく、資産課税として、マイナス金利の適用範囲が一般預金にも広げられることを意味する。日欧の中央銀行はデフレ脱却の手段としてマイナス金利政策を開始したが、マイナス金利政策はむしろゼロインフレやデフレと親和的な政策だと思われる。つまりゼロインフレやデフレと共存していくための政策ということである。これらの点については、改めて論じる。

最後にシナリオ4は、仮にアベノミクスが成功し、2%成長、2%インフレが達成できても、財政調整を選択しなければ、マイナス金利政策の継続や国債の大量購入による金融抑圧が不可避というものだった。もともと、目標が実現される可能性は相当に低いと考えていたが、今回の消費増税先送りは、結局、アベノミクスが全く機能しなかったということを意味するのではないだろうか。シナリオ4の生起確率は事実上ゼロということだが、アベノミクスが継続される以上、当面は1%で据え置く。

(編集:麻生祐司)

*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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