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コラム:円高ロジックの落とし穴=政井貴子氏
2015年12月28日 / 02:55 / 2年前

コラム:円高ロジックの落とし穴=政井貴子氏

[東京 28日] - 「2016年の為替は」と問われて、「15年よりも円高傾向だろう」と答える方が、体内時計には素直だ。というのも、変動相場制移行後、4年以上継続した円安局面はない。いわゆるローソク足で年足を見た場合、年初の始値よりも年末の終値が円安水準となる年、つまり「陽線」が連続するのはせいぜい2年だ。

3年目には年初の始値が年末の終値よりも円高で終了し、後続年も円高傾向で推移するパターンが多い。3年目も年足が陽線となっているのは、1995年から97年と、今回の円安局面である2012年から14年の2回のみだ。

このうち1995年から続いた円安局面は、4年目の98年に1ドル=147円台の大幅円安をつけたものの、ロシア危機が勃発。非常に短期間の間に暴力的に円の買い戻しが進行し、年間の高安差が約36円という振れ幅を伴う円高の年となった。

また、わずか1年で60円を超える円高を誘発し、その後の日本経済に大きな影響を与えたプラザ合意のあった1985年の前数年は、カーター政権のドル防衛策や米金利の高止まりによって円の安値が年々ドル高方向へ切り下がるドル高円安傾向が続いていた。つまり、円安傾向が長期間続けば続くほど、円高方向への揺り戻しは、大きいものだったという苦い経験則がある。

翻って、2015年は円安傾向4年目となり、前年の円の安値を超え125.86円をつけたものの、年間取引レンジが約10円という変動相場制以降で最小の変動幅で終わろうとしており、異例だ。これまでの経験則からすれば、16年あたりには円高に切り返すほうが、しっくりくる。

また、現象面からも一層の円安は限界的に見えやすい。まず、約10.4兆円の貿易赤字を記録し約2.6兆円という過去最小の経常黒字だった2014年と比べて、15年は10月時点ですでに経常黒字が10兆円を超えて通年で久しぶりに11年来の規模になることが確実だ。貿易赤字も15年は10月までで約5700億円と、10兆円近くの円安フローが消滅した。対外直接投資は15年も10兆円規模を維持しているが、相当改善されている。

当局の姿勢にも変化が見られる。2015年7月の国際通貨基金(IMF)による対日4条協議の総括では、円の水準がファンダメンタルと整合的な水準よりも減価していると評価した上で、円安に過度に依存した状態を回避すべきだと指摘している。

また、市場心理も、これ以上の円安進行は輸入物価上昇につながり消費マインドを冷やすとの見方から、政府・日銀がこれ以上の円安を望んでいないのではないかとの思惑に傾きやすい。さらに、米議会が日本の輸出優位につながる実質円安水準(1970年代並みの実質実効為替レート)を容認しないのではないかとの憶測もある。こうしたことから、一層の円安予想が難しくなっている。

<緩やかな米利上げペースとともに円も「じり安」へ>

しかし、果たして足元で過度な円安は本当に進行しているのだろうか。実は、2014年に比べれば、一方的な円安は解消されつつある。ドル以外のその他通貨に対して、15年は円高が進行した年だった。

ブラジルレアルや南アフリカランド、トルコリラといった通貨に対しては、20%以上の円高。カナダ、ノルウェー、オーストラリアといった先進国の資源国通貨に対しても10%以上の円高だ。量的緩和を強化しているユーロに対しても円高が進行している。わずかながらでも年初来円安となっているのは、対スイスフランとドルぐらいだ。追加緩和政策の影響で、全方位的に円安が進行した2014年とは対照的だ。また、ドル円を見ても、14年後半以降、単純移動平均に対して実勢レートの円安方向へのかい離が進んだが、今ではほぼ解消している。

日米の貿易財価格比、実質金利差やマネタリーベースを基にした為替の推計値と実勢レートを比較しても、まだ円安方向にかい離はしているものの縮小傾向だ。長期的な円の方向性を示唆する日米物価格差を基に計算される購買力平価は、原油安で日米ともに名目インフレ率はゼロ近辺で推移しており、傾きは失われた状況が続いている。

米国側から見た、ドルの貿易加重平均為替レートを確認すると、確かにドル高は進行しているが、日本を含む主な貿易相手国7カ国ベースの指数は94程度と、過去の平均値近くでの推移となっており、ここ数年の歴史的なドル安水準から平均値に回帰してきたとの見方ができよう。

また、円キャリーの規模を図る1つの目安とされる外国銀行在日支店の本支店勘定の資産規模を確認すると、2015年5月の約11兆円をピークに10月は約7兆円と縮小傾向。過去最大規模(07年の20兆円超)より相当に小さい。何らかのショックでキャリー解消が急激に起こったとしても、リーマンショック時ほどの事態は考えにくい。

こうした状況に鑑みれば、過度な円安が進行中だとは言い切れない。120円台といった絶対値に対する経験上の高値認識はあるものの、日米金融政策の方向性を素直に評価し、2016年を見通すべきではないかと考えている。

米国は、12月に9年半ぶりに政策金利を引き上げた。その折、ドル円は120円台からじわじわと円が売られ、123円をうかがう展開となった。日米2年債金利差は1%に迫り、短期の金利差が実際に拡大すれば相応に円安に反応することを確認したと言えよう。

2016年中の利上げ回数は米連邦公開市場員会(FOMC)のメンバーの予想で4回。市場の先物価格によれば、約2回の利上げが織り込まれている。16年も、低成長、低設備投資、金融緩和傾向継続から、金利差優位が全体のメインシナリオとなるのであれば、緩やかなペースの米利上げとともに、円もじり安傾向と見ている。この見通し通りに米国が進むかを見極めるために、原油安の企業業績への影響、大統領選挙といった様々な材料が市場の関心事となっていくだろう。

<市場に脱デフレの本気度を問われている>

最後に、円の水準感をつかむ1つの目安として、2013年以降の日米2年債金利差とドル円の関係を確認すると、金利差が1%に拡大した時のドル円の水準は130円超えとなっている。120円を割れそうな足元の地合いからは、かなりかい離した風景だ。

この原因は、資源価格安を主因とした株安が不安心理を増幅し、安全通貨としての円の価値を高めているという部分もあるかもしれない。だが筆者は、市場が日本のデフレ脱却に対する本気度を確認している側面もあるのではないかと受け止めている。短期的には次のように解釈できるのではないだろうか。

12月18日に日銀による補完措置発表後、金融政策の専門家以外にはわかりにくかった側面もあり、123円台から円が急騰、年末に向かって徐々に流動性が失われる中、テクニカルにドルの上値を重くしてしまい、年内反発のきっかけはつかみにくい状況となっている。そんな中、補完措置に関して専門家の中には、手詰まり感を指摘する声が多いように見受けられる。量的な緩和余地が乏しいとの発想から、円買い戻しとの整理だ。

2016年は、1月4日に通常国会が召集される。1月末には再び日銀の政策決定会合が予定されている。改めて政府・日銀のデフレ脱却姿勢が確認されれば、日米金利差に準じた緩やかな円安傾向に回帰するだろうと見ている。

*政井貴子氏は、新生銀行執行役員・金融市場調査部長。トロントドミニオン銀行、クレディ・アグリコル銀行などを経て、2007年5月新生銀行に入行。キャピタルマーケッツ部部長、市場営業部部長などを歴任後、2013年4月に新生銀行初の女性執行役員として、市場営業本部市場調査室長に着任。同年7月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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