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コラム:米中対立の副産物、トランプ円高到来か=佐々木融氏
2017年1月12日 / 09:12 / 8ヶ月前

コラム:米中対立の副産物、トランプ円高到来か=佐々木融氏

[東京 12日] - ドナルド・トランプ次期米大統領は11日、当選後初となる記者会見を行った。ロシア関連の報道に対する批判、ビジネスの経営権を子供たちに譲渡する件、製薬業界に対する批判、国境税など多岐にわたったが、一部の市場参加者が期待していたような財政支出に関する力強いコメントはなかった。

ドル円相場は会見中からジリジリとドル安・円高が進んでいたが、米10年国債の入札が強い結果となり、長期金利が急低下すると、1ドル=115円を割り込んだ(日本時間12日夕方には一時113円台に下落)。

トランプ次期米大統領の会見に対する失望でドルが売られたと言うべきか、米長期金利の低下によりドルが売られたと言うべきか難しいところだが、いずれにしても、トランプ次期米大統領に対する期待がやや後退し、米長期金利もドルも下げたとは言えるだろう。昨日一日を通してみるとドルは最も弱い通貨となっている。

<為替を左右するのは金利差よりも貿易摩擦>

筆者は、ドル円相場は2017年末に向けて再び100円近辺まで下落すると予想している。トランプ次期政権の保護主義姿勢がドル安を招く大きな要因になるとみているためだ。

実際、トランプ氏は5日、トヨタ自動車が2019年の稼働開始を目指すメキシコ新工場の建設について、ツイッター上で批判した。また、11日の記者会見でも、トランプ氏は「米国は中国や日本、メキシコに対して巨額の貿易赤字を負っている」と発言している。

米国の貿易赤字に占める対日赤字の比率は大きく低下している。後述する1990年代前半に日米貿易摩擦が激化していた頃には、米国の貿易赤字の半分以上が対日赤字だったが、現在その比率は10%程度にまで低下している。

逆に比率が急激に上昇しているのは中国だ。今や米国の貿易赤字の半分は対中赤字だ。しかし、対日赤字が依然として、対中、対独赤字に次いで多いことも事実である。

前述の通り、米国が保護主義姿勢を強めた結果、ドルが売られた歴史として思い起こされるのは、1993年から95年までのビル・クリントン政権下での日米貿易摩擦だ。日米間の貿易摩擦は50年代の繊維製品から始まり、70年代に入ってからは鉄鋼製品、カラーテレビなども火種となった。

また、日本の自動車をめぐる摩擦も80年代に入ると顕著になり始めてきた。しかし、日本の対米貿易収支は一向に減らなかったため、93年1月の就任早々、クリントン大統領は、日米の貿易関係を改善するために具体的な数値目標を設定する包括協定を日本側に提案することとなる。

クリントン大統領が就任した93年1月20日のドル円相場は124―125円台で推移していたが、2月に入ると米政権高官や大統領自身が「日本に円高政策を求める」「貿易不均衡の是正には円高が有効」などと相次いで発言。結果的に大統領就任後7カ月間でドル円相場は100円近辺まで急落した。

その後も、日米間で摩擦が強まるたびに円高の動きが続き、特に94年2月に行われた細川護熙首相・クリントン大統領の会談が日米包括協議に関して合意に至らず物別れに終わると、108円程度まで戻していたドル円相場は一気に101円台まで急落した。この流れの中で、ドル円相場は結局、95年4月には79.75円まで下落することになる。

このときの動きで興味深いのは、94年から95年にかけて米連邦準備理事会(FRB)は利上げを行っており、日米2年金利差を見ると、93年4月頃から95年初頭にかけて、450ベーシスポイント(bp)程度も金利差が急拡大している点だ。これは、日米貿易摩擦の激化による先行き不透明感や市場の不安定化がドル円に与える影響の方が金利差拡大よりも強かった可能性を示したとも考えられる。

また、米国が保護主義姿勢を強めることによって、米国の貿易赤字、日本の貿易黒字が減るのだからドル円相場はドル高方向に上昇するのではないかとの見方も聞かれた。当時の日本の貿易収支の推移を見ると、確かに貿易収支全体としては93年まで黒字の拡大基調が続き、その後は減少傾向をたどっている。

もっとも、対米黒字は92年から94年まで5.5兆円程度でほぼ安定しており、目立って減少を始めたのは円高がピークとなった95年だった。つまり、貿易収支の変化がドルを押し上げる影響よりも、市場の不安定化が円買いにつながる動きの方が先に出てしまうということだ。

<対人民元のドル安はドル円にどう影響するか>

90年代前半と異なり、米国が保護主義姿勢を強め、貿易摩擦が激化するのは対中国だろう。したがって、トランプ政権がクリントン政権と同様に為替を貿易摩擦解消の武器に使おうとしても、それは対人民元でのドル安を目指すことになるかもしれない。

しかし、だからと言って、日本は関係ないと高をくくることはできない。まず、米中貿易摩擦激化で市場が全体的に不安定化すれば、円が買われることになってしまう。

80―90年代の日米貿易摩擦では、結果的に日本が折れる形で摩擦が収まっていったが、中国が当時の日本と同じ態度を取る可能性が高いとは思えない。双方が強硬姿勢を続ければ、市場の不安定度は増すだろう。

また、当時の円相場はすでに変動相場制だったが、現在の中国は違う。オフショアの人民元市場はあるが、ドル/人民元相場でのドル安リスクをヘッジするためにドル円相場が代替として使われるかもしれない。

米中間が貿易面だけでなく、さまざまな面で対立するのは、日本にとってかなり大きなリスクとなる。

ちなみに、トランプ氏は昨年12月、ホワイトハウス内に新設する国家通商会議のトップにピーター・ナバロ・カリフォルニア大教授を指名した。

ナバロ教授は近著「Crouching Tiger(邦訳:米中もし戦わば)」で、世界史の中で、新興勢力が既存の大国に対峙した15の事例のうち、11例において戦争が起きていると指摘し、「賢明な投資家なら、今後10年間、中国が平和的に台頭してくるというシナリオに大金を投じようとは思わないだろう」と記している。また、「米中戦争の引き金になりそうなものの筆頭は台湾」と指摘しており、「中国は着実に米国との軍事力の差を縮めている」と警戒を強めている。

さらに、今年に入りトランプ氏は米通商代表部(USTR)代表に弁護士のロバート・ライトハイザー氏を起用すると発表した。同氏も対中強硬派で、中国製品の流入に苦しむ米鉄鋼業界の弁護士を務めた経歴を持つ。

トランプ氏が放つ保護主義的なコメントはこれまで個別企業に対するものが多かったが、今後本格的に警戒しなければいけないのは米中間の対立だろう。

11月のトランプ氏当選から年末まで、市場は同氏が掲げる経済的なビッグピクチャーや理想に期待を膨らませてきた。だが、いまやトランプラリーの持続力よりもトランプリスクの在りかについて見極めることが肝要だ。

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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