Reuters logo
コラム:米雇用統計に潜む真の円高シグナル=佐々木融氏
2017年6月5日 / 08:31 / 3ヶ月前

コラム:米雇用統計に潜む真の円高シグナル=佐々木融氏

[東京 5日] - 先週金曜日2日に発表された5月米雇用統計は予想よりもやや弱い結果となった。非農業部門雇用者数は事前予想を下回る13.8万人増にとどまり、過去2カ月の伸びも合計6.6万人の下方修正となった。過去3カ月間の平均増加幅は2012年夏以来約5年ぶりとなる12.1万人まで低下している。

失業率は予想(4.4%)を下回る4.3%となり、2001年5月以来約16年ぶりの水準まで低下したが、その背景には労働参加率が前月比0.2%ポイント低下し、62.7%まで落ち込んだことがある。

平均時給の伸びは前月比プラス0.2%、前年比プラス2.5%とほぼ予想通りの結果となったが、昨年後半に前年比プラス2.9%程度まで騰勢が強まった後、今年に入り鈍化傾向にある。

もっとも、当社は6月13―14日開催の米連邦公開市場委員会(FOMC)での利上げ予想を維持。より重要なのはその後の利上げの道筋がどのように示唆されるかだと考えている。

政策金利見通し(ドット)に変更はないと予想(つまり、6月の利上げ後は年内あと1回の利上げを予想し、来年は3回の利上げを予想)。2017年のインフレ予測はやや下方修正、失業率の見通しも自然失業率を下回る程度にまで下方修正されるとみている。

FOMC2日目(14日)のニューヨーク時間朝に5月の米消費者物価指数、米小売売上の結果が発表されるが、これらが多少弱い数字となって、声明文の文言を修正する可能性はあっても、利上げの道筋まで変えることはないとみられる。

実際、5月雇用統計の弱い結果を受けても、フェデラルファンド(FF)金利先物市場が織り込む年内の米利上げ期待にはほとんど変化がなかった。6月利上げ織り込みは90%、年内の利上げ織り込み回数は残り1.5回のままだ。5月雇用統計は年内の利上げ予想に対しては、影響を与えるほど弱い内容ではなかったということなのだろう。

<来年以降の利上げ見通しは後退>

だが興味深いことに、5月雇用統計はもっと先の利上げ見通しには影響を与えている。来年末までの利上げ織り込み回数は、雇用統計の結果を受けて残り2.58回から2.48回まで若干低下した。

さらに、2019年末までの利上げ織り込み回数は残り3.36回から3.18回に低下した。また、5月雇用統計の発表を受けて米10年国債金利も急落。トランプ大統領当選を受けて急上昇を始めたばかりの11月10日以来となる2.14%まで低下した。

ドル円相場はこのところ長い方の金利の動きに左右される展開が続いており、2日の5月雇用統計後も同じだった。米10年国債金利の低下により、日米10年国債金利差は昨年11月以来の水準まで縮小した。これに沿って、ドル円相場は111.40円近辺から110.33円まで下落、ユーロドル相場は1.1220ドル近辺から1.1285ドルまで上昇した。

ユーロドルはトランプ大統領当選直後にドルが下落した際の高値(1.1300ドル)に近いところまでドル安が進んでいる。2日、主要通貨で最も弱かったのはドルであり、当社算出のドル名目実効レートはトランプ大統領当選後の上昇を全て失い、10月半ば以来の水準まで下落した。

ドル円相場は、5月中旬以降の日米10年国債金利差との相関に沿った動きを示している。日米10年国債金利差が10ベーシスポイント(bp)変化すると、ドル円は1.8円程度動く関係となっている。

<「利上げ=長期金利上昇」は幻想>

では、予想を下回る5月雇用統計の結果を受けて、長めの方の金利が低下しつつある一方で、米株価が上昇した(ニューヨークダウ、S&P500ともに最高値を更新した)ことは何を意味しているのだろうか。

株価が上昇したことに鑑みれば、市場は5月雇用統計をことさら弱いとみたわけではないと言っても良いだろう。だが一方で、失業率がここまで下がってきても、賃金が上昇する気配がなく、逆に伸びが鈍化してきている状況を見て、市場参加者はすでに感じ始めていた「インフレ率は上がらないのではないか」という疑念を確信に変えるに至ったのかもしれない。このことこそが、5月雇用統計が果たす重要な役割となった可能性がある。

そのように考えると、ドル円相場にとって最も大きいリスクは、米長期金利の低下となる可能性がある。米連邦準備理事会(FRB)が利上げ局面にあるからといって、米10年国債金利が上昇するとは限らない。

実際、前回の利上げ局面(2004年6月から2006年6月)では、米10年国債金利は利上げ開始時点の水準をなかなか上回ることができず、利上げ開始時点の水準を上限、そこから70bp程度低い水準を下限としたレンジを何度か上下動している。米10年国債金利が利上げ期間中のボトムを記録したのはFRBが175bpも利上げをした後だ。さらに、最初に利上げした水準を米10年国債金利が上回ったのは、FRBが300bp以上利上げした後だった。

今回の利上げ局面では、トランプ大統領当選を受けて、米10年国債金利は一時的に利上げ開始時点(2015年12月16日の2.3%)の水準を上回ったが、トランプ政権の財政政策に対する期待が後退し、市場参加者のインフレ期待が後退した今、結局、利上げ開始時点の水準を下回ってきている。

ちなみに、今回の利上げ局面では、米10年国債金利は1回目の利上げが行われた2015年12月から低下基調をたどり、約半年後には約100bp程度低い1.32%まで下落している。

市場参加者が本格的に賃金、インフレ率の上昇はないとの確信をさらに強めた時、米10年国債金利の現状からの低下幅が予想以上に大きくなる可能性は排除できない。そして、それはドル円相場の下落幅が予想以上に大きくなる可能性を示唆している。

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」
0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below