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コラム:文新大統領が引き継ぐ「板挟みの韓国」=西濱徹氏
2017年5月10日 / 01:59 / 5ヶ月前

コラム:文新大統領が引き継ぐ「板挟みの韓国」=西濱徹氏

[東京 10日] - 9日に投開票が行われた韓国大統領選挙は、事前の予想通り、現在国会で第1党の中道左派政党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)前代表が勝利した。文氏は2012年の前回大統領選にも出馬し、朴槿恵(パク・クネ)前大統領に僅差で敗れた経緯があり、今回の大統領選に捲土重来を期していた。

周知の通り、韓国では昨年、政官財を巡るスキャンダル、いわゆる「崔順実(チェ・スンシル)ゲート事件」が起こり、結果的に朴前大統領が弾劾される事態に発展した。新大統領の誕生により、韓国の政治情勢はようやく正常化することが期待されている。

ただし、韓国が直面する状況は深刻さを増しており、この難局を乗り切ることは容易ではない。まず、いわずもがな北朝鮮情勢だ。北朝鮮が「瀬戸際戦略」を一段と前進させる中、トランプ米政権は「あらゆる選択肢」を排除しない姿勢を示しており、緊迫度は高まっている。

文氏は、対北朝鮮の緊張緩和策である「太陽政策」を主導した盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の側近だったため、同国に対して「宥和的」とされる。選挙戦の序盤、在韓米軍による高高度ミサイル防衛システム(THAAD)の配備について「次期政権で再交渉すればよい」など、曖昧な態度を示したのも宥和的スタンスの表れだと見なされている。

その後、北朝鮮側が姿勢を硬化させたことを受けて、「核による挑発を続ければTHAAD配備を容認する」とスタンスの転換をほのめかしたりもしたが、トランプ米大統領が費用負担に言及すると、米国に反発する動きを示した。実態として北朝鮮に対する文氏の宥和的姿勢は変わっていないとみられる。

THAADはすでに初期運用の開始段階にあるが、新政権の下で「振り出し」に戻る可能性も否めない。したがって、北朝鮮に対して米韓両国、さらには日本も加わる形で「一枚岩」となって対応することができるか、極めて不透明な状況にあると言えよう。

<低支持率での船出は必至>

加えて、朴前大統領のスキャンダルをきっかけに、分断の動きが一段と広がった国内政治を巡る状況も不透明である。大統領選においては、世論調査で常にトップを走っていた文氏に対抗する候補者の調整が進まず、結果的に文氏の独走を許す形となった。

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そもそも、北朝鮮による挑発行動がこのところ頻発していることを受けて、韓国国内は北朝鮮問題に対して「不感症」気味になっており、北朝鮮に宥和的な文氏に対する逆風になりにくかった可能性がある。

朴前大統領の弾劾を受けて、政権与党だったセヌリ党が分裂し、保守分裂状態となったことも、北朝鮮問題に焦点が当たりにくい一因になったと思われる。こうしたことから、今回の大統領選を通じて最大の争点となったのは、景気減速懸念がくすぶっている中での国民生活や経済といった話題だった。

なお、今回の大統領選では、初めて期日前投票が実施されたことや国民の関心の高さを反映して、投票率は前回大統領選を上回ったが、得票率が約41%にとどまった文氏は「固定票」を上回る支持を集めることができなかった。

韓国政治を巡っては、保守と革新といったイデオロギーのほか、その背後にある地盤など地域特性によって語られる傾向が強いが、その政権運営は「支持率」によって左右されやすい。保守層の中には文氏に対する「アンチ」的感情が根強くある。文新大統領は低支持率でのスタートを余儀なくされるだろう。政策遂行に当たっては、いかに支持率の向上を図ることができるかが肝になることは間違いない。

<北朝鮮問題で主体的な行動は期待薄>

さて、新政権は財閥改革のほか、財政拡大を通じて景気下支えを図る方針を示しているが、支持率が低水準にとどまる見通しが高い上、国会でも与党「共に民主党」は第1党ながら少数派であることを踏まえると、政策遂行のハードルは決して低くない。

文氏は選挙公約の中で雇用拡大を掲げており、具体的には「公的部門で81万人の新規雇用を創出」するなど、公的支出の大幅な拡大を伴う施策を打ち出している。ただ、今回の大統領選では、全候補者が公約で雇用拡大を掲げていたものの、その方法には大きな隔たりがある。過度に財政負担を求めるような施策の実現性は高くないと判断できる。

足元の韓国経済は世界経済の自律回復の動きに伴い輸出拡大が進み、景気底入れを示唆する動きもあるが、国内雇用を取り巻く環境は厳しい状況が続いており、この打開が急務になっている。朴前政権や李明博(イ・ミョンバク)元政権では、格差拡大や構造改革に向けた取り組みがたびたび発表されたものの、具体的な有効策を打ち出せなかった。そのことが政権支持率の低下に拍車をかける一因になった。文新政権にとっては、経済面で具体的な「成果」をあげられるか否かが、その他すべての政策動向を左右すると言っても過言ではないだろう。

このように考えると、低支持率での船出が不可避な文新政権は、当面は主体的な行動を取りにくいのではないか。特に、北朝鮮問題を巡っては事態が複雑さを増しており、関係国である米国と日本に加え、中国との関係強化を通じた対応が望まれるものの、実態としては米国と中国の間で「板挟み」状態に陥っている。

仮に文新政権が在韓米軍によるTHAAD配備に対して「振り出し」に戻す対応を見せれば、両国関係、ひいては日米韓3国による取り組みは水泡に帰す。一方、中国はTHAAD配備に対して強硬に反発しているものの、北朝鮮への対応は過去の歴代政権と比べて大きく変化しており、北朝鮮の「非核化」という狙いはすべての当事国間で一致したものになりつつある。ただし、そのためのアプローチには各国間で依然、大きな隔たりがあり、これを埋めることは容易ではない。

文氏は、非核化を前提に北朝鮮との経済および社会・文化交流の活性化を訴えたが、これらがなし崩し的に行われれば、関係国間の共同歩調も大きく混乱する恐れがある。文新政権の下でも、韓国の「板挟み」状態は続く可能性が高そうだ。

*西濱徹氏は、第一生命経済研究所の主席エコノミスト。2001年に国際協力銀行に入行し、円借款案件業務やソブリンリスク審査業務などに従事。2008年に第一生命経済研究所に入社し、2015年4月より現職。現在は、アジアを中心とする新興国のマクロ経済及び政治情勢分析を担当。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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