Reuters logo
コラム:欧州に見るマイナス金利の功罪=山口曜一郎氏
2016年2月10日 / 08:12 / 2年前

コラム:欧州に見るマイナス金利の功罪=山口曜一郎氏

[東京 10日] - 2月に入ってからの円高ドル安の動きにはとどまる気配がなく、ドル円は121円台半ばから114円台前半まで下落。東京時間の10日午後5時現在は、114円台後半で推移している。

ドル円急落の背景には、連日の欧米株下落を受けてリスクオフの勢いが一段と高まったことがある。特に欧州の金融市場に目を向けると、昨年末あたりから始まっていた株価下落の動きがここに来て加速しており、中でも銀行セクターの売りが厳しい。為替市場を見ても、2月に入ってからはユーロ高ドル安が進んでいる。

ユーロ圏では、日本よりも1年半ほど早い2014年6月にマイナス金利が導入され、さらには15年3月から公的セクター債券購入プログラム(PSPP)が実施されたことで、これまでユーロ安を実現し、同時に株価も堅調な推移を続けてきた。だが、ここに来て相場は大きくネガティブ方向に転じている。

そこで、欧州中央銀行(ECB)の金融政策と最近の金融市場の混乱を整理し、マイナス金利の効果とリスクを考えてみたい。それによって、日銀の金融政策についても何らかのインプリケーションが得られるのではないかと見る。

<通貨安と貸し出し増は見込めるか、欧州の教訓>

まずは、マイナス金利の為替市場への影響だが、ユーロドルの推移を見ると、明らかに大きなインパクトがある。手元のモデルで推計を行うと、ユーロ圏と米国の金利差およびECBと米連邦準備理事会(FRB)のバランスシート格差でユーロドルの変動をほぼ説明できる。

しかし、そのような中、昨年末から今年にかけては、推計値がさらなるユーロ安を示唆しているにもかかわらず、実際のユーロドルはそこまで下がらず、2月に入ってからは一時1.13ドル台まで反発している。これは、世界経済や金融市場に対する不透明性の増大を受けて、同じような金利差でも、今までよりも為替の反応が鈍くなっているためと考えられる。

例えば、1%の低金利通貨と5%の高金利通貨があった場合、相場が落ち着いていれば、為替リスクを取って、低金利通貨を借りて高金利通貨に投資をすることに妙味があるが、為替レートの変動が激しく、高金利通貨が10%も下落するようなリスクのある相場環境だと、金利差の妙味は消失する。

現在はどちらかと言うと後者であり、この環境では金利差の為替レートに対する反応係数が低下していると見る。ドル円に関しても、1月29日に日銀がマイナス金利導入を決定した直後は、118円台から121円台まで一気に円安が進んだが、その後、急速に反落した。米国サイドの要因もあったが、日米金利の拡大に対する反応係数の低下が影響していたのかもしれない。

また、ユーロ圏では、マイナス金利と証券投資フローにも一定の関連性がうかがえる。ユーロ圏の対内対外証券投資の推移を見ると、特に債券投資に顕著な動きが確認できる。マイナス金利導入後にユーロ圏から域外への対外債券投資が加速しており、運用利回り確保のため外に資金を持っていった可能性が考えられる。加えて、対内債券投資においても、この期間は流出の動きが目立っており、海外投資家が債券投資から資金を引き揚げていたと見られる。

これを日本のケースに当てはめると、運用利回り確保のために外に資金を持っていく可能性は相応にありそうだ。一方、海外投資家による資金流出については、ユーロ圏と比べて日本国債の海外投資家の保有シェアが非常に小さいことを勘案すると、大きな流れは期待できそうにない。

もう1つ、マイナス金利には貸し出しへの影響が考えられる。ユーロ圏の非金融企業向け貸し出しは14年に入ってから徐々に回復し、15年半ばからプラス圏に浮上した。タイミング的には、マイナス金利が効いているように見える。実際、企業向け貸し出し金利は、ドイツなどのコア国からイタリア、スペインなどの周辺国まで軒並み低下しており、相応に企業の借り入れ需要を喚起したのだろう。

ただし、他にも、銀行の自己資本比率の上昇、貸し出し基準の緩和、ECBによる条件付き資金供給オペ(TLTRO)、といった要因が存在する。逆に、これだけのポジティブ要因があっても、企業向け貸し出しは12月が前年比プラス0.1%となるなど、弱い伸びにとどまっているとも言える。日本の場合、企業部門は資金余剰で借り入れ需要が限られていることから、マイナス金利が貸し出しに与える効果はより限定される可能性がある。

<ドル円予想は113―122円に引き下げ、一段の円高リスクも>

最後に、最近の金融市場の動向に絡めて、リスクについて考えてみたい。実際、昨年11月まではユーロ安などマイナス金利のポジティブ面が強く出ていたが、12月以降、金融市場にはネガティブな動きが見られる。ユーロ圏の代表的な株価指数であるユーロSTOXX指数とそのサブセクターである銀行セクター指数の推移を見ると、いずれも年末近くから今年にかけて大きく売られており、特に銀行セクターは下落幅が大きい。

個別には、投資銀行部門やトレーディングが不調だったドイツの銀行や、不良債権の増加に悩むイタリア、スペインの銀行など、それぞれの理由が存在するが、マイナス金利幅拡大あたりから株価の下落が進んでいることを勘案すると、世界経済への不安とともに、マイナス金利による銀行の収益悪化懸念が影響していたと思われる。

マイナス金利によって通貨安が進み、株価が上昇している間は問題がないのだが、マイナス金利の最大の狙いであるユーロ安が進まず、ポートフォリオリバランスによる株買いも見られないとなると、銀行収益の圧迫などネガティブ面の方が目立ってしまう。

万が一、この状況が続くようだと、リスクオフ心理が強まり、金融政策の効果に対する疑問が台頭しかねない。そうなれば、ECBは次の理事会でマイナス金利の拡大を決定しにくくなる。ECBは現在の市場の混乱が一時的なものであることを祈るばかりだろう。同じことは1月にマイナス金利の導入を決定したばかりの日銀にも言えそうだ。

なお、筆者は、グローバル経済および金融市場の混乱に鑑み、ドル円相場の予想を113―122円に引き下げたうえで、さらなる円高リスクが台頭してこないかどうかを注視している。

ちなみに、現在の円高方向へのリスクを4つに分けると、1)新興国経済や商品価格などのリスクオフ要因、2)金利差や中央銀行のバランスシート格差が為替に与える反応係数の低下、3)米国経済に対する下方リスク、4)銀行の収益および財務体質に対する懸念、となる。

足元の金融市場はオーバーシュート気味であるものの、金融政策の効力に対する疑問がじわじわと出てきている中、日米欧の中央銀行がどのように政策運営を行っていくのか、市場とコミュニケーションを取っていくのか、正念場に差しかかっている。また、それと同時に、景気回復を金融政策に頼り切っている状況も見直す必要がありそうだ。

*山口曜一郎氏は、三井住友銀行市場営業統括部副部長兼調査グループ長で、ヘッド・オブ・リサーチ。1992年慶應義塾大学経済学部卒業後、同行入行。法人営業、資本市場業務、為替セールスディーラーを経て、エコノミストとして2001―04年に ニューヨーク、04―13年ロンドンに駐在。ロンドン大学修士課程(金融学)修了。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」
0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below