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コラム:朝鮮半島有事の「日本売り」シナリオ=斉藤洋二氏
2017年4月13日 / 04:36 / 5ヶ月前

コラム:朝鮮半島有事の「日本売り」シナリオ=斉藤洋二氏

[東京 13日] - 「大統領不在」が長引く韓国で、青瓦台(大統領府)の安全保障対応力を不安視する声が強まる中、核保有と弾道ミサイルの高度化を誇示する北朝鮮と、「力の外交」に回帰するトランプ米政権の対立が激化。朝鮮半島情勢は緊迫の度を高めている。

朝鮮半島情勢の緊迫化はもちろん過去何度も繰り返されてきたが、日本にとってはこれまで近くて遠い話題でもあった。しかし今や、秋田沖に再三ミサイルが落下するなど経済・金融面のみならず物理的被害の可能性も排除できなくなっており、警戒レベルを一段と引き上げる必要がある。

ついては朝鮮半島リスクの本質を整理し、「有事の円買い」という長年使い古されたアクションプログラムの有効性を点検したい。

――関連コラム:北朝鮮有事の円相場シミュレーション

<常に「有事の円買い」だったわけではない>

「愚者は己の経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とはプロイセンの宰相ビスマルクの名言だが、その教えるところは固定観念そして感情にとらわれることなく事実を歴史に学びつつ理性的に考えることの重要性であり、地政学リスクもその例外ではない。

1973年の変動為替相場制移行以来の44年間を振り返っても、地政学リスクはたびたび顕現化し、金融市場を揺さぶってきた。この間、特に円相場に大きな影響を与えた3種類の事案と言えば、次のようなものとなるだろうか。

●第4次中東戦争(1973年)、イラン革命(1979年)、イラン・イラク戦争(1980―88年)、イラクのクウェート侵攻(1990年)とその後行われた湾岸戦争(1991年)など日本のエネルギー事情への不安を呼び起こした事案

●世界貿易センター爆破事件(1993年)や米同時多発攻撃(2001年)など世界のマネーが集中する米国経済を揺るがした事案

●阪神・淡路大震災(1995年)や東日本大震災(2011年)など日本経済を直撃した自然災害

このうち最初に挙げた中東発の事案では、相場は初期反応としては原油枯渇への恐怖でパニック的に円安に振れた。ただ、それは一過性の「感性による円売り」とでも言うべきものだった。その後、冷静さを取り戻した投資家による「理性の円買い」が勝り、円相場は元の水準へと回帰した。

実際、湾岸戦争の引き金となった1990年8月のイラク軍によるクウェート侵攻の第一報で瞬間2―3円程度の円安に振れたが、その後の事態の長期化とともに相場の自律調整機能が働いた。為替需給や金利といった要因に支配されるところになり、秋には円は大きく上伸したのだ(8月の1ドル150円水準から120円台前半水準まで円高ドル安が進行した)。

2番目の米国発の事象では、2001年9月の米同時多発攻撃発生後にはニューヨーク株式市場が4営業日にわたって閉鎖され、再開すると暴落、さらにドル売りがもたらされた。この時期を境にそれまでの「有事のドル買い」から「有事のドル売り」へと投資家のアクションプログラムが更新されたように見受けられる。実際、2003年3月のイラク戦争勃発時においては、ドルは開戦前に上昇したが、開戦の報を受けて下落に転じた。

3番目の日本国内の自然災害による相場変動については、多くの投資家は国内資産の海外逃避を進めるというアクションプログラムを用意していると思われていた。よって円安へ動くと見られていたが、実際は2011年3月の東日本大震災の時、国内の資金需要を受けた機関投資家の海外資産売りを機に円買いが奔流となり、秋に1ドル75円まで上昇したことは記憶に新しい。

この点、行動経済学者のダニエル・カーネマン氏が著書「ファスト&スロー」で指摘している人間の思考プロセスが参考になる。同氏によれば、人間の思考には、直感的な「速い思考(システム1)」と、熟考型の「遅い思考(システム2)」がある。

つまり、実際の為替市場においても、地政学リスクへの反応は短期的にこそ「システム1」である心理的要因に支配されて、避難行動としてポジション手じまいの方向へと傾くが、心理面で平静を取り戻すと「システム2」に基づく行動に移り、需給や金利など本来の相場決定要因に視線が戻る(自律調整機能が働く)と想定できるのではないだろうか。

<システム1もシステム2も円売り示唆>

では、朝鮮半島有事に対し、投資家がとるべき対応について検討してみたい。朝鮮半島リスクの特徴は、前述した中東発や米国発の事案とは違い、有事の際は、地理的に近い日本(平壌―東京間はわずか1300キロ程度)も直接的・物理的な被害を受ける当事者となる可能性が高いことだ。

これまでの北朝鮮による核実験やミサイル発射はおおむね市場を株売り・円買いへと突き動かした。しかし、上述したように、かつての有事においては、必ずしも円買いではなく円売りの反応が散見されたことには注意が必要だ。

日本の近接したところで発生し、また物理的な被害まで想定される以上、恐怖感など直感が判断を左右することは明らかである。よって、円売りへの反応が正解なのではないだろうか。少なくとも「有事の円買い」「有事のドル売り」に固執するのは危険だ。

基本的に有事に直面した投資家がとる共通行動は、自己の安全そして自らの資産の保全を図ることであり、必然的に「ポジションクローズ」が行われるだろう。前述のカーネマン氏が指摘するように、人間は何よりも損を嫌うとの特性を有している以上、当然の行動だ。

目下の市場のポジションは過去2―3年の相場つきからほぼ中立的から若干の円買いと言えるだろう。したがって、少なくとも海外勢が行う有事のポジション調整の多くは外貨買い・円売りによる手じまいとなるのではないか(ただ、不安感から足元の円キャッシュを増やそうとする日本勢の外貨売り・円買いの動き、あるいは「有事の円買いドル売り」ストーリーに賭けた投機も、「システム1」的な行動として、ある程度起こる可能性はある)。

また、東京株式市場の外人投資家の行動を予測すれば、「日本買い」のポジションをひとまず縮小させるだろう。つまり、日本へのエクスポージャー圧縮を目指すヘッジの動きが主流となり、短期的なアクションは株売り・円売り、つまり「日本売り」ではないだろうか。

もちろん、その後の長期的な相場の動きについては、為替需給と金利などを眺めて均衡点を模索することになるだろう。ただ、熟考を経た「システム2」の行動が、円買いにシフトする保証はない。

特に朝鮮半島リスクが、1)米朝間で「軍事行動」の脅しが前面に押し出される現段階から、2)北朝鮮との関係が深い中国を巻き込み、米中対立の恐れが高まる次の段階、そして3)北朝鮮と友好関係にあるシリア、イランさらにその後ろ盾であるロシアをも巻き込んだ国々と西側諸国との軍事対決懸念が高まる最終段階へと進展していくようなことになれば、発火点に近い日本からの資金流出はいずれ段階的に加速することになろう。

このように考えると、システム1でもシステム2でも朝鮮半島有事は日本売りを示唆しており、為替ディーラーや投資家の長期行動はドル買い・ユーロ買い・円売りではないだろうか。つまり、「有事の円買い」のアクションプログラムは、こと朝鮮半島の事案絡みでは「有事の日本売り」へと上書き訂正する必要があるように思えてならない。

*斉藤洋二氏は、ネクスト経済研究所代表。1974年、一橋大学経済学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。為替業務に従事。88年、日本生命保険に入社し、為替・債券・株式など国内・国際投資を担当、フランス現地法人社長に。対外的には、公益財団法人国際金融情報センターで経済調査・ODA業務に従事し、財務省関税・外国為替等審議会委員を歴任。2011年10月より現職。近著に「日本経済の非合理な予測 学者の予想はなぜ外れるのか」(ATパブリケーション刊)。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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