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コラム:トランプノミクス期待相場の死角=亀岡裕次氏
2016年11月25日 / 08:51 / 10ヶ月前

コラム:トランプノミクス期待相場の死角=亀岡裕次氏

[東京 25日] - 11月8日の米大統領選で勝利したドナルド・トランプ氏が選挙中に公約として掲げた減税と規制緩和は、「小さな政府」を標榜する共和党の方針に沿い、1980年代初期のレーガノミクスを連想させる。

レーガン政権が81年2月に掲げた基本理念は、強い米国経済の再生を目指し、1)歳出の抑制(国防費増強、非国防費抑制)、2)大幅な減税(所得税減税、投資促進減税)、3)規制緩和、4)適切な金融政策(通貨供給量を抑制的にコントロール)、という柱で構成されていた。

スタグフレーション(低成長と高インフレ)に対応するために金融政策で需要とインフレを抑えつつ、減税で民間貯蓄を増強し、歳出拡大による国債発行増加(財政赤字拡大)で貯蓄を吸収することなく、民間投資(供給)を促進しようとするもの(供給サイド重視)だった。

<減税後に増税したレーガノミクスの教訓>

トランプ氏は、大型減税(法人税・所得税・相続税)、規制緩和(金融規制・環境規制)、民間資金を利用したインフラ投資拡大を掲げる一方、医療保険制度などの非国防支出を削減するとしており、減税・歳出抑制・規制緩和という面でレーガノミクスと類似している。

現在、トランプ次期政権をめぐる市場の関心は、オバマ政権と比べて保護貿易主義が強まるかもしれない通商政策よりも、景気刺激的な国内政策の方に向いている。当選後に米株高・金利高・ドル高が進んできたのは、減税などによる景気回復・インフレ期待のほか、景気に対し拡張的な財政政策と抑制的な金融引き締め政策というポリシーミックスへの期待があるからだろう。

レーガノミクスと比較しつつ、今後の為替について考えてみる。まず、レーガン政権発足時は79年以降の第2次石油危機による原油価格急騰でインフレ率が高まり、米連邦準備理事会(FRB)の利上げが進行中だった。

インフレ率(消費者物価)が10%超で推移するなか、フェデラルファンド(FF)金利は81年5月に19%、米10年国債金利は9月に15%台まで上昇した。高インフレ抑制のために金利上昇が大幅に進んだのであり、財政政策による景気回復やインフレを期待して金利上昇が進んだとは言い難い。米国景気は81年7月から後退局面に入り、原油価格沈静化もあってインフレ率が急速に低下したため、FRBは利下げに転じ、82年末にかけて金利低下が進んだ。

レーガン政権1期目(81年1月―85年1月)は米国の名目・実質金利が他国に比べてかなり高かった上、同政権が「強いドル」を容認したため、ドルの実効為替は85年2月まで、ドル円は82年10月まで上昇した。米貿易赤字が拡大し、同政権2期目のドル高是正につながった。

レーガン政権下の81年6月に5年間で7500億ドル程度の減税法案が成立した翌月から景気後退期に入ったように、減税がすぐに景気拡大に結び付くとは限らない。年率換算で80年国内総生産(GDP)比5%強に上る大型減税(富裕層中心の所得税減税)は当初、民間貯蓄を増やしただけで、米金利上昇、ドル高、株安(大統領当選の80年11月に株価がピークアウト)の弊害から景気は後退し、税収減から財政赤字が急増したために82年には増税を余儀なくされた。景気が回復に転じたのは、インフレ率と金利の低下が進んだ82年11月だった。

足元、トランプノミクスによる景気拡大・インフレ効果とFRBの金融引き締めに対する期待が高まっているが、80年代初頭と違い原油価格は安定的に推移しており、インフレ率上昇、米金利上昇、ドル高は大幅には進みにくいだろう。

ただ、レーガン大統領当選時の80年11月と比べドルの実質実効為替はすでに20%ほど高く、米金利との関係から見た米株価の水準も近年の上限に達しているので、米金利上昇とドル高がさらに進むと株価が上昇しにくくなる可能性が高い。そして、資産効果の縮小が個人消費の減速要因となり、減税にもかかわらず米国景気が減速し、「米金利低下のドル安」と「リスクオフの円高」につながる可能性も高い。

<保護主義ならばドル安選好のはず>

トランプ次期米大統領は、環太平洋連携協定(TPP)から離脱する意向を来年1月20日の就任初日にも議会や協定参加国に通告すると発表した。2国間貿易協定を交渉し、米国に雇用と産業を取り戻すとしている。

市場は保護主義的な通商政策を米国経済にとって不利益とは捉えず、米株高、金利高、ドル高が続いているが、米国にとって利益となるのだろうか。米政府が輸入関税を引き上げれば、すぐに輸入物価が上昇し、米消費者の購入費用が増す。他方、輸入品から米国製品へと需要をシフトさせる効果や、米国企業が製造拠点を海外から米国に回帰させて雇用を増やす効果が表れるには時間がかかる。トランプ政権が意図した効果が表れる前に、物価上昇による実質所得減少効果が表れてしまうだろう。

そして、コストプッシュ・インフレが金利上昇に作用する一方で、実質所得減少が金利低下に作用するので、名目金利は上昇しにくく、実質金利は低下しやすいだろう。保護主義政策の経済効果がドル高に作用するとは考えにくい。

そもそも、輸入を抑制して輸出を促進する上では自国通貨安が有利になるので、保護貿易主義であればドル安を選好するはずだ。トランプ氏が選挙中に、中国が輸出増を目的に人民元安に誘導しているとして就任後に為替操作国に指定すると発言したことは、人民元安・ドル高によって米国が不公正な貿易を余儀なくされているとの懸念を示している。

また、関税引き上げで輸入物価を押し上げても、ドル高が輸入物価を押し下げれば、関税引き上げ効果は失われてしまう。米国が貿易上の不利益を解消させるために二国間貿易協定の交渉で、米国の貿易相手国からの輸入関税引き上げや、貿易相手国の米国からの輸入関税引き下げを要求するとともに、貿易相手国通貨安・ドル高を抑制するように圧力をかけることが考えられる。

日本は対米貿易黒字と経常黒字の大きさを理由に、米財務省の為替報告書で監視対象国の1つとなっているだけに、米国が日本との貿易協定交渉で円安・ドル高抑制圧力をかけることになる可能性もある。

米国はレーガン政権1期目に大型減税と高金利・ドル高政策で双子の赤字(財政赤字と貿易赤字)の急拡大を招き、2期目にドル高是正を余儀なくされた。減税やインフラ投資による国内需要の拡大に偏重して対外競争力をおろそかにすると、米国の供給力が低下して雇用拡大に結び付きにくいとの考えは、米国に少なからずあるのではないか。

トランプ氏が選挙中に掲げた減税・インフラ投資などは10年間で財政赤字を6兆ドル程度(年率換算で2016年GDP比3%強に相当)拡大させる要因だ。米議会は、財政赤字の急拡大を招くとの懸念から政策規模の抑制を図る一方で、貿易赤字縮小に寄与する見込みがある貿易協定には前向きとなる可能性がある。

トランプ次期政権が現実路線に傾き、減税やインフラ投資の規模を抑制することもあり得る。トランプノミクスの内容が明らかになるにつれ、政策期待で急上昇してきたドル円が反落するリスクは高まるだろう。早ければ就任前に財政政策への期待が後退し始めて米金利低下・ドル安に転じる可能性もある。保護主義政策がドル高ではなくドル安を招くとの見方もいずれ台頭することになるだろう。

*亀岡裕次氏は、大和証券の金融市場調査部部長・チーフ為替アナリスト。東京工業大学大学院修士課程修了後、大和証券に入社し、大和総研や大和証券キャピタル・マーケッツを経て、2012年4月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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