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コラム:トランプ氏の円安誘導批判は「空砲」=池田雄之輔氏
2017年2月3日 / 02:15 / 7ヶ月前

コラム:トランプ氏の円安誘導批判は「空砲」=池田雄之輔氏

[東京 3日] - トランプ米大統領が、「いよいよ日本たたきを開始した」との見方が広がっている。1月31日に製薬会社トップを集めた会合で大統領は、「中国や日本は何年も市場で通貨安誘導を繰り広げ、米国がばかを見ている」と述べたという。

先立って、1月23日には米国製造業のビジネスリーダーらを前に、日米の自動車貿易について「不公平だ」と繰り返し言及したとされる。同26日には、共和党上下両院の集会で演説し、今後の通商交渉には「通貨安誘導に対し極めて強い制限を導入していく」と表明したことが報道されている。

これらのコメントを額面通りに受け止めれば、黒田東彦総裁の就任以来、日銀が大規模に継続している資産買い入れプログラムが批判の対象になっているように見えるし、「円安の阻止を狙っている」との解釈もあり得る。しかし、トランプ大統領がおそらく即興で繰り出している言葉をいちいち真に受けて動揺するようでは、「ドル安を望む」(筆者はその点についてさえ懐疑的だが)トランプ大統領の「思うツボ」である。

現在の国際金融市場においては、米大統領といえども為替相場に与えられる持続的な影響はきわめて限られていることを認識する必要がある。以下では、1)口先介入の効果は今後消えていくと予想されること、2)そもそも新政権がドル安を強く志向しているとは限らないこと、3)外交努力次第で「日本たたき」は抑えられる可能性があること、を議論したい。

<実力行使を伴わぬ口先介入の限界>

まず、トランプ大統領が「ドルは高すぎる」などと口先介入を今後も連発すれば、結果的にドル安誘導の効果が表れてしまうとの見方を検討してみよう。口先介入が持続的な効果を持つかどうかの判定は「実力行使が控えているか否か」で見極められるはずである。

米財務省が為替介入を打ち出す、ないし米連邦準備理事会(FRB)が利下げに転じる、という現実的なシナリオがあれば、市場は口先介入に対しても素直に従い、ドルロングを縮小せざるを得ないだろう。1985年のプラザ合意が強力なドル安効果を発揮したのは、各国が協調してドル売り介入に動いたからに他ならない。90年代に為替市場が当局者コメントに一喜一憂したのも、プラザ合意での力ずくのドル安誘導を直前に経験していたからという、昔の話である。

仮に米国がドル売り介入を今後実施する場合、主要7カ国(G7)のルールに従えば「ドル高は無秩序であり、世界市場にとってリスク」であることを説明し、介入についての相手当局の同意を得る必要がある。しかし、現局面で米国が「過度のドル高」と不満を表明しても、まったく説得力がない。なぜなら、昨年11月以降のドル高は米金利上昇と矛盾なく推移しており、到底「無秩序」とは言えないからである。

さらに、他国からは「通貨高に耐えられないほど景気が脆弱なら、なぜ利下げしないのか」と、反論されるだろう。米国が利上げ局面にある以上、為替介入の実施は非現実的である。そうなると口先でのドル高けん制は「空砲」にすぎないと見透かされ、市場インパクトは低減していくはずだ。

なお、「トランプ政権はG7からの脱退さえ辞さないのでは」との悲観論もあるが、それは米国が変動相場制のメカニズムそのものを否定することを意味する。「戦争が始まるかもしれない」といったレベルと同程度のわずかなテールリスクと言うべきだろう。

<即興コメントに強い意思は感じられず>

ところで、2016年にルー財務長官の「円高は秩序立っている」との口先介入はなぜ、時として円高をもたらす効果を持ったのか。それは「1ドル=100円前後まで円高が進んでも、日本は円売り介入を封印せざるを得なくなった」との現実的な連想につながり、投機勢の円ロング構築を後押ししたことが一因だった。

加えて、米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーがことあるごとに、「ドル高は景気、インフレを下押ししている」と発言し、利上げ期待の上昇を抑えることに成功したことも影響しただろう。現局面でも、イエレンFRB議長が「ドル高によって利上げの必要性が低下している」と発言する場合には、本物のドル安圧力が加わると予想される。

次に、そもそもトランプ政権がドル安を本気で望んでいるかどうかも、慎重に検討されるべきだろう。G7のルールを無視してまでも、ドルを本当に押し下げたいのであれば、なぜトランプ大統領は「ドル安を追求する」「FRBは利下げすべき」と言わないのか。トランプ大統領が、即興で発信している為替へのコメントには強い意志が感じられないのだ。

一方、財務長官就任が見込まれるムニューチン氏は「強いドルは長期的に重要」と述べ、従来の米財務省の立場を一貫して擁護している。米国市場に投資魅力があり、それがドル高につながっているのであれば良い、との考え方だ。「最重要なのは経済成長と雇用拡大」と、為替相場そのものをターゲットにはしない方向も示している。

同氏の発言としては、「過度に強いドルは短期的にマイナスの公算」とのコメントも伝わったが、それは一般論での言及であり、現在のドルを強すぎると認定したわけではない点に注意が必要だ。

<年末1ドル120―125円予想を維持>

10日の日米首脳会談は、トランプ大統領の不当な口先介入を許さないためにも、きわめて重要な機会となるだろう。筆者は、昨年12月27日付の日本経済新聞に掲載された菅義偉官房長官の「為替の危機管理をちゃんとやっている」との発言は、トランプ政権から円安批判、日本たたきの動きが出ないよう、安倍政権が外交努力をすでに開始していた証拠だと解釈している。

首脳会談で日本側としては、1)英国に次ぐ世界第2位の対米直接投資を通じて、日本企業は米国の雇用拡大に貢献していること、2)1ドル=80円から120円へと円安が進んだ「アベノミクス」の期間においても対米貿易黒字は拡大どころか若干減少していること、3)日本は2012年以降、為替介入を一切打ち出していないこと、4)日銀の緩和努力は日本経済を強化し、ひいては米国からの輸入にもプラスに作用すること、を地道に説明すると予想される。一方、米国には「他国の金融政策には口出ししない」というG7ルールの順守を求めることになろう。

トランプ政権が、経済政策の中心に保護主義的通商政策を掲げており、貿易赤字縮小を優先課題とすることは明らかになってきた。しかし、その戦略の骨格は、1)中国に対する参入障壁撤廃と内需拡大の要請、鉄鋼などのダンピング輸出のけん制、2)米国製造業のメキシコへの生産シフトの抑制、といった点に絞られている。

世界貿易機関(WTO)違反となる高率関税の適用は、あくまで最終手段であり、実施は念頭にないことをロス次期商務長官は明言している。通貨政策については、仮にドル安を望んでいるとしても、それを実現する手段をホワイトハウスは持っていない。

トランプ大統領の口先介入に恐れをなすのでは、思うツボになってしまう。為替相場についての「トランプ砲」はあくまで空砲であり、神通力を失うのは時間の問題と見るべきだろう。

重要なのは、米国経済の強さであり、2017年は2回ないし3回の利上げが想定できるという事実である。金利が急上昇するなどして株価が大きく崩れる場合には、ドル円相場が金利差からかい離することもあり得るが、あえて現時点でメインシナリオにする理由もない。2017年末のドル円相場は、米利上げが2回なら120円、3回なら125円との予想を維持している。

*池田雄之輔氏は、野村証券チーフ為替ストラテジスト。1995年東京大学卒、同年野村総合研究所入社。一貫して日本経済・通貨分析を担当し、2011年より現職。「野村円需給インデックス」を用いた、円相場の新しい予測手法を切り拓いている。5年間のロンドン駐在で築いた海外ヘッジファンドとの豊富なネットワークも武器。著書に「円安シナリオの落とし穴」(日本経済新聞出版社)。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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