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コラム:低インフレ下のグレート・アンワインド=村嶋帰一氏
2017年6月30日 / 10:12 / 3ヶ月前

コラム:低インフレ下のグレート・アンワインド=村嶋帰一氏

[東京 30日] - インフレが超低空飛行を続ける日本に加えて、ここ3カ月は米国でもインフレが下振れ傾向をみせた。3―5月の消費者物価指数(除く食品・エネルギー、コアCPI)の伸びは年率0.0%にすぎない。

イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長は、最近のインフレ下振れは一時的要因に起因するとの見解を示したが、インフレ基調は鈍化している可能性が高い。

ただ、低インフレ下でも、FRBを含む先進国の中央銀行は金融政策正常化に軸足を移し始めているようにみえる。来年にかけては、それが世界経済・金融市場にどのような帰結をもたらすかが焦点になる。

<一時的要因で説明しきれない米国の低インフレ>

米国のコアCPIは、昨年11月から今年2月までは前月比0.2―0.3%の伸びを維持していた。春先にはFRB幹部から「インフレを巡るリスクバランスがやや上方にシフトし始めた」との指摘すら聞かれた。だが、3月にはコアCPIは下落に転じ、4月、5月も0.1%を下回る伸びにとどまった。

FRBの見解に金融市場の注目が集まる中、イエレン議長は6月の連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見で、「最近のインフレ率の低下は、携帯電話サービスや処方薬といった一部カテゴリーでの一回性の価格下落に大きな影響を受けてきた」と指摘した。

ただ、最近のコアCPIの弱さを、一時的要因だけで説明するのは無理がある。イエレン議長が指摘した「携帯電話サービス」と「処方薬」を除くコアCPI(「その他コアCPI」)を計算すると、コアCPIの公表値よりは改善するものの、低い伸びであることに変わりはない。3―5月の3カ月間の伸びは年率0.9%と、2月までの1年間の伸び2.3%をはっきりと下回っている。

さらに、「その他コアCPI」を財とサービスに分けると、財は2月までの1年間の変化率がマイナス0.9%に対し、ここ3カ月間は年率マイナス3.1%と下落ペースが加速している。ただ、財の中には月々の振れが大きい品目が含まれるため、ここ3カ月の計数は物価の弱さを過大にみせている可能性が高い。財物価が年率3%のペースで下落し続けることは想定しにくい。

一方、サービスの伸びは基調的に鈍化し始めた可能性が高い。2月までの1年間の変化率がプラス3.4%に対し、ここ3カ月間は年率プラス2.1%に鈍化した。

その中身をみると、帰属家賃の伸びが2月までの1年間の3.5%に対し過去3カ月は2.4%、医療サービスは同3.4%に対し0.1%、家賃・帰属家賃・医療サービス・航空運賃を除くサービスは2.6%に対し1.8%と、広い範囲で伸びが鈍化している。賃金の伸びが高まらないことが影響している可能性が高い。以上からは、基調としてインフレが鈍化している可能性が高いことがうかがえる。

インフレ鈍化の背景としては、一時的要因のほか、1)一部品目での需給バランス悪化(自動車が典型例)、2)インターネット販売のシェア上昇とそれに伴う従来型小売業の価格決定力の低下、3)カーシェアリング・サービス台頭など広義での技術革新、4)賃金の伸び悩み、といった諸要因が指摘できる。

加えて、主要都市の家賃の伸びは鈍化の兆しを見せ始めており、これが今後、CPIに反映されていくことが見込まれる。金融危機以降、住宅需要が持家から貸家に構造的にシフトし、それが家賃を押し上げてきた。ただ、貸家の供給が増加したことで、家賃の伸びも鈍化局面に入った公算が大きい。

以上の諸点に鑑みると、インフレは当面、低位で推移する可能性が高い。

<FRBとECBに共通する新しいレトリック>

ただ、こうした状況下でも、FRBは、インフレの弱さが一時的要因に起因すると整理した上で、年内にバランスシート縮小を開始し、来年にかけては利上げをさらに進める方針を堅持している。バランスシート縮小は、9月会合で正式に決定される可能性が高い。

また、FOMC参加者の中央値は、年内にあと1回の利上げ、2018年に計3回の利上げを見込んでいる。インフレの下振れとは裏腹に、金融政策正常化に向けた姿勢がやや前傾化しているようにも見受けられる。

片や、欧州中銀(ECB)も、足元のインフレの弱さについて一時的要因を強調するとともに、慎重に政策正常化を進める方針を示唆し始めている。ドラギECB総裁は6月27日の講演で、「依然として、インフレの軌道を下押しする要因が存在するが、現時点で、それらは主として、中央銀行が重視する必要のない一時的要因である」と指摘し、「デフレ圧力はリフレ圧力に取って代わられた」と宣言した。

金融政策についても、「景気が回復を続ける中で、政策スタンスを一定に維持すれば、緩和の度合いを強めることになるだろうし、そのため中央銀行は政策パラメーターを調整できる」と述べた。低インフレの一時的性格を強調し、景気・物価の先行きに自信を示すことで、政策正常化を正当化するという点において、FRBとECBのレトリックはよく似ている。

その背後には、足元の指標の振れや金融市場の変動に振り回されずに、粛々と政策正常化を進めるべき時期に来ているとの判断があるようにみえる。こうした判断の背景としては、昨年下期以降、世界景気が持ち直しに転じたことで、海外発で景気が減速したり、国際金融市場が混乱するリスクが低下したことがあげられよう。

6月のFOMC声明文は、5月会合までの「FOMCはインフレ指標と国際経済・金融情勢を綿密にモニターし続けている」という一文から「国際経済・金融情勢」への言及を取り除いた。昨年までとは対照的に、政策判断上、国際金融市場の動向にそれほど目配りする必要がなくなっている。加えて、FRBによる利上げにもかかわらず、金融環境は緩和的であり、FRB幹部からは資産価格の水準に対する発言が目立ち始めている。

国際決済銀行(BIS)は6月25日に公表した年次報告書の中で、今後進められていくであろう金融政策正常化を「グレート・アンワインディング(Great Unwinding)」と呼んだ。来年にかけては、低インフレ下で、この「大いなる巻き戻し」が進められる公算が大きくなっており、それが世界経済・金融市場にどのような帰結をもたらすかが焦点になる。

FRBによるバランスシート縮小は過去に例のない経験であり、金融市場への影響を予見するのは極めて難しい。イエレン議長は、「ペンキが乾くように、静かに進めていく」と述べたが、その通りに行く保証はないだろう。

また、ECBが資産買い入れプログラムの縮小・停止を実施する方向となっていることも、金融市場への影響を複雑化する可能性がある。政策正常化が、低位にとどまるインフレにどのような影響をもたらすかも不透明だ。結果的に、金融市場の混乱やインフレの下振れを招くことで、正常化戦略が修正を迫られる可能性が否定できない。

こうした中、FRB、ECBと一線を画しているのが日銀だ。5月の「生鮮食品を除くCPI」は前年比0.4%にやや伸びを高めたが、「生鮮食品・エネルギーを除くCPI」は前年比横ばいにとどまった。現在の原油先物価格を前提にすると、「生鮮食品を除くCPI」は今秋に前年比0.7%程度まで伸びを高めるものの、来年1―3月期には0.5%程度に伸びを鈍化させると試算される。日銀が、FRB、ECBによる政策正常化の潮流に加わる可能性は極めて低い。

*村嶋帰一氏は、シティグループ証券調査本部投資戦略部マネジングディレクターで、同社チーフエコノミスト。1988年東京大学教養学部卒。同年野村総合研究所入社。2002年日興ソロモン・スミス・バーニー証券会社(現シティグループ証券)入社。2004年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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