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コラム:日本経済の「春」はいつまで続くか=竹中正治氏
2017年2月27日 / 03:05 / 7ヶ月前

コラム:日本経済の「春」はいつまで続くか=竹中正治氏

[東京 27日] - ドナルド・トランプ氏の米大統領選勝利の直後に私が一番恐れたのは、米国が日本をはじめアジアの同盟国に対する関与を低下させ、それによって生じる地政学的な変化が軍事的な膨張主義を隠そうとしなくなった中国有利に傾くことだった。

しかし、日米関係については安倍晋三首相のアプローチが奏功し、とりあえずは杞憂に終わりそうだ。マティス国防長官に代表される同盟関係を重視する閣僚たちの影響力も、この点でトランプ政権の脱線を食い止める力として働いている。

日本の景気動向も持ち直しの動きが次第に鮮明になってきた。昨年11月に始まった「トランプ相場」と呼ばれるドル高とそれに伴う株価上昇も加わり、日本経済はしばし春の陽気を楽しむ暇ができたと言えるだろう。

ただし、今後4年間を展望すると、2009年を底に始まった米国の景気回復はトランプ政権の後半までには後退局面に転換する可能性が高い。それに伴い日本も再び景気後退と円高・株安となるリスクが高まるだろう。

したがって、私の中期的な投資の基本方針としては、日本株はポートフォリオ上のウエートダウン、ドル建て資産についても為替のヘッジ率の引き上げである。そう考える理由をご説明しよう。

<正規雇用増という雇用環境の改善>

少しさかのぼってみよう。日本経済は14年4月の消費税率引き上げ後、消費の反動減に見舞われた。これはある程度は予想されたことだった。ところが、その反動減が終ったはずの15年から16年にかけても、景気は足踏みに近い状態が続いた。それは内閣府が公表している景気動向指数にくっきりと表れている。

景気動向指数(CI)のうち、先行指数は14年1月にピーク(113.9)を付けた後、100台前半で低迷した。一致指数も14年3月にピーク(114.3)を付けた後、やはり100台後半の推移が続いた。しかし、先行指数は16年9月の101.9から12月には107.7まで上昇、一致指数も同じ期間に108.8から111.4に上昇した。昨年の第4四半期に何が起こったのか。

第1に景気の足踏みが続いたものの、雇用環境の改善が一貫して続いてきたことに注目しておこう。下の図は正規・非正規別の雇用者数の増減(前年同期比)を示したものだ。思い出していただきたい。14年12月の前回総選挙では民主党をはじめ野党から「安倍内閣は雇用を増やしたというが、増えたのは非正規雇用ばかりだ」と批判された。

グラフが示す通り、確かに13―14年は非正規雇用の増加と正規雇用の減少が起こった。ところが、15年から正規雇用も増え始め、16年には増加幅が拡大し、16年10―12月期の正規雇用の増加数は74万人となった。これは同じ形でデータの取れる02年までさかのぼってみても、前回の正規雇用の増加のピークである07年7―9月期の67万人増を超える増加幅だ。

そもそも景気の回復にもかかわらず、なぜ13年前後に正規雇用が減り、非正規雇用が増えたのだろうか。男女別、年齢層別に13―14年の2年間に起こった雇用形態別の雇用者数の増減を見てみよう。

この2年間に最も非正規雇用が前年比で増えたのは、女性では35―44歳の32万人増と45―54歳の24万人増だ。一方、男女合計で非正規雇用の増加が著しいのは65歳以上の年齢層で53万人増だ。以上合計すると90万人の増加で、この時期の非正規雇用160万人増の68%を占めている。

ミドル年齢層の女性の非正規雇用増加は、景気回復で求人増加に応じて主婦層のパート労働などが増えた結果と見て良いだろう。一方、男女合わせて65歳以上の非正規雇用の増加は団塊の世代の定年引退と関係している可能性がある。

つまり、1947―49年生まれの団塊の世代がこの時期にちょうど65歳の定年を迎え、65歳まで正規雇用で残っていた者も正規雇用から抜け落ちると同時に、その後も働くことを希望する人たちがパートや非常勤など非正規雇用で働くことが増えたと考えられる。

一方、13―14年の正規雇用の減少は25―34歳が男女合わせて42万人減と最も多い。この2年間の正規雇用の減少は全体で49万人減だから、この年齢層での減少が最大の原因だ。この若い年齢層で同時期の正規雇用が目立って減少した理由は、私はよく分からないのだが、一般に新卒正規雇用で就職しても「3年で3割辞める」と言われる。リーマン・ショック後の不況下で不本意な就職をした層が転職を志向した際にいったん正規雇用から離脱したのかもしれない。いずれにせよ、この年齢層でも16年からは正規雇用が前年同期比で増加している。

次に労働給与の動向として実質雇用者報酬(雇用者全体の総額)を見ると、16年通年で前年比2.6%の増加となっている。ところが、家計最終消費は、こうした雇用動向と雇用者報酬の改善・増加にもかかわらず、16年通年は前年比で実質0.3%と低い伸びにとどまっている。この所得と消費の増加のかい離は、社会保険料のすう勢的な増加の影響もあるが、それで説明できるのは変化の一部にすぎない。「円安ボーナス期終焉後の日本経済」(16年6月30日付コラム)で書いた通り、横行する過剰な悲観論が自己実現的に招いている閉塞現象ではなかろうか。

この点を理解するために、現在時点と将来時点で所得、消費、貯蓄がどのように変わるか考えてみよう。現在時点よりも将来時点の所得が増加すると人々が期待する場合は、現在時点では借金をしても消費や住宅購入などに積極的になる。銀行貸出が増える分だけマネー供給量も増え、需要増加を伴って物価も上がる。

一方、人々が将来時点の所得が現在時点より減ると予想するならば、現在時点の貯蓄増加(消費減少、借金返済)が起こりやすく、銀行貸出が増えないのでマネー供給量も増えず、消費の増加は所得の増加を下回り、物価も上がり難い。

横行する過剰な悲観論を背景に日本の家計は将来所得の増加に悲観的になってしまったのだろう。この家計の将来所得に関する悲観が、金融政策や財政政策を総動員しても、インフレ率が目標の2%まで上昇しないことの基底にあるのだと思う。

<海外景気の持ち直し>

ともあれ、このように国内雇用環境の改善が途切れなかったことに加えて、新興国を含む世界経済全体が緩やかに回復してきた。各国、各地域の景気動向を概況できる経済協力開発機構(OECD)合成景気動向指数を見てみよう。この指数は各国の景気のすう勢的な水準が100となるように作られている。

先進国であるOECD諸国に中国を含む6つの新興国を加えた合成景気動向指数は、16年1月の99.4を直近の底年に16年10月には99.9にじわりと上がった。11月以降の数値はまだ出ていないが、上昇トレンドが強まっている可能性が高い。すでに17年1月までデータが出ている米国については、同指数は15年12月の99.0から17年1月の100.6まで上がっており、上昇基調が鮮明だ。

こうした海外景気の持ち直しと、トランプ政権による大規模減税やインフラ投資による米国景気の上振れ期待を背景にしたドル高による実質輸出の増加、並びに収益的な改善が足元の日本の景気動向に順風となっている。

実際、ドル円相場と日本の製造業の経常利益は相関関係が高い。11年1―3月から16年7―9月期までの期間(四半期データ)について、製造業の経常利益の変化(前年同期比)をドル円相場の変化(前年同期比)で単回帰分析すると、有意な正の関係性が見られる。相関係数は0.82、説明度を示す決定係数は0.67とかなり高い。これは製造業の経常利益の変化の67%をドル円相場の変化で説明できることを意味する。また、ドル円相場の10%のドル高・円安は製造業の経常利益を約15%増加させることが読み取れる。

法人企業統計で確認できる四半期ベースの全企業部門(除く銀行・保険)の経常利益も15年4―6月期の19.2兆円をピークに16年1―3月期は16.0兆円まで減少したが、16年7―9月期は18.5兆円まで回復しており、この増加傾向は今年に入っても当面継続する可能性が高そうだ。

<国境税でも米国の貿易赤字は縮小しない>

「大胆な金融緩和で消費者物価指数プラス2%」というアベノミクスの目標は、当初2年間と言われた期間が大幅に過ぎた15年末でも未達となった。そのため海外筋が相場観を修正、円買いに転じ「アベノミクス円安」は終焉したわけである。16年11月から始まったのは、米国景気の上振れ期待を背景にドル長期金利上昇と連動した「トランプノミクス・ドル高」である。

ただし注意が必要なのは、完全失業率が4%台後半(17年1月4.8%)まですでに下がった米国経済は、ある程度楽観的に考えても09年から始まった景気回復過程のすでに終盤局面に入り始めていることだ。

例えば失業率は1970年以降の期間で見る限り、4%を割れて下がったことはほとんどない。つまり賃金と物価の上昇が始まり、それに合わせて金利の上昇とドル相場の上昇が最終的に景気後退への転換をもたらす局面がトランプ政権の今後4年間の後半までには到来する可能性が高い。そのことを踏まえて考えてみよう。

まず28日に連邦議会でトランプ大統領が行う予定の演説、あるいは3月前半の予算教書の提出までにかねてより公言されていた税制改革案がある程度具体的に語られると期待されている。法人税関連では現行の35%から20%程度への税率引き下げと並行して、輸入取引に対しては20%税率が課せられ、輸出についてはそれが免除されるという国境税(border tax)の可能性が話題となっている。

国境税に関する米国の主要なエコノミストの見解はすでに随所で語られている。それはドル建ての輸出価格の引き下げ、同じく輸入価格の引き上げを起こす。しかし、一国の対外不均衡については「貿易収支=国内総貯蓄-国内総投資(固定資本形成)+財政収支」という恒等式で示される厳然たる原理がある。国境税自体は恒等式の右辺に変化を生じさせないので、米国の貿易収支赤字を縮小させる効果はないと考えられている。

具体的には、国境税によるドル建ての輸出価格低下、輸入価格上昇は、外為市場でのドル対外貨の需給関係を変化させることでドル相場の上昇を招く。このドル高によって外貨(非ドル)建てに換算された米国の輸出・輸入価格の変化は相殺されてしまうからだ。

国境税は国際通商面では世界貿易機関(WTO)違反の嫌疑を当然招くと同時に、エコノミストの視点ではこうした標準的な経済学の命題がどのように実現されるか観測する絶好の機会でもある。

ただし、現在のドル相場の上昇はすでに国境税導入というシナリオを幾分なりとも織り込んで形成されていると考えられ、20%の国境税イコール今の水準から20%のドル高効果とはならないはずだ。またドル相場の上昇率も通貨ごとに異なるだろう。

そしてトランプ政権が大規模な減税で米国景気の上振れを引き起こすか、あるいは減税案が規模縮小や見送りになるかにかかわらず、昨年10―12月平均並みの実質ドル相場水準が持続するだけで、現状国内総生産(GDP)比率で2%台半ばの米国の経常並びに貿易収支赤字は、今後2―3年で大幅に拡大する可能性が極めて高い。この点は「トランプノミクスと日本の蜜月が終る時」(16年12月21日付コラム)で説明した通りである。もちろん、大規模な減税で景気の上振れが生じた場合には、ドル高も経常・貿易収支赤字の拡大もより程度の大きなものとなる。

米国内のシェールガス・オイルの増産が米国の貿易収支赤字を縮小させるのではないかと考える方もいるかもしれない。確かに米国のエネルギー自給率は過去数年間違いなく高まっているが、それが貿易収支赤字を縮小する効果は見られないのが事実だ。

まだ1―2年先のことになるかもしれないが、米国の貿易赤字は縮小せず、逆に拡大し、ドル長期金利とドル高の影響で雇用改善に陰りが見えて来た時、トランプ政権が対外通商面でさらに「狂暴化」するリスクを念頭に置いておくべきだろう。

果たしてトランプ政権はその時にどのようなアクションを取るだろうか。その具体的な内容を今から予想することは困難であるが、可能性の高いリスクシナリオだ。いずれにせよ、今後4年間のトランプ政権の後半までに起こりそうな米国の景気後退局面への移行に伴って、日本も再び景気後退と円高・株安に転換するリスクが高いだろう。

*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職。経済学博士(京都大学)。最新著作「稼ぐ経済学 黄金の波に乗る知の技法」(光文社、2013年5月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

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