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コラム:遠のくトランプ大減税、米景気悲観は不要=竹中正治氏
2017年4月5日 / 04:42 / 5ヶ月前

コラム:遠のくトランプ大減税、米景気悲観は不要=竹中正治氏

[東京 5日] - 税制改革、インフラ投資と並んでトランプ政権の目玉の1つだった医療保険制度改革法(オバマケア)の改廃法案の可決に失敗したことで、同政権の先行きに不透明感が濃くなった。

議会共和党の幹部とトランプ大統領は、税制改革法案の組成に向かうと言っており、同政権への期待はまだ剥落していない。しかし、税制改革について議会共和党の首脳部は財政赤字を膨張させない「歳入中立(revenue-neutral)」の方針を貫こうとしているようだ。国境調整税の導入や法人税率の引き下げを伴う改革も、税収入全体ではあまり減らないものになる可能性が高い。

つまり「トランプ大減税で今後10年間に4―6兆ドルの減税」という選挙キャンペーン、並びに大統領就任直後まで語られてきた減税の「大盤振る舞い」が実現する可能性は大きく後退しつつあると考えた方が良いだろう。そうなれば大減税がもたらす短期・中期的な景気の大上振れというシナリオも消える。

それでは期待剥落で株価もドル相場も急落、長期金利も低下基調になるかと言うと、それほど単純でもない。なぜなら米国の実体経済は水準としては底堅く、方向としては上向いているからだ。今後は過剰な期待の下方修正と底堅い実体経済の双方がどの辺に収束するかがポイントとなる。本論では、こうした条件下での2018年末までの長期金利を推計してみよう。

<高い景気楽観度と低い大統領支持率のパラドックス>

まず現下の米国経済の様相は、景気の先行きに対する各種の信頼感指数(confidence index)が実体経済の動向を超えて大きく上振れていることが特徴だ。これは消費者から大企業、中小企業の経営者まで広範囲に見られる。

例えば米国のコンファレンス・ボードが公表する消費者信頼感指数は2016年10月の100.80から直近3月は125.60に急上昇し、リーマン・ショック前の高値である2007年8月の111.90の水準を超えている。

また、大企業経営者の景況感調査であるCEOエコノミック・アウトルック指数(四半期ベース)は、2016年10―12月期の74.2から2017年1―3月の93.3に19.1ポイント上昇している。四半期の上昇幅としては2009年10―12月期以来の大きさだ。

さらに、中小・個人事業経営者層の同種の調査データであるNFIB(National Federation of Independent Business)小規模事業楽観度指数は、2016年10月の94.1から直近3月の105.3に急上昇している。これは2004年1月の107.70に次ぐ高さだ。

ところが一方で、トランプ大統領に対する支持率は、ギャロップの調査によると35%で、就任後間もない大統領への支持率としては異例なほど低く、不支持率は59%と高い(3月28日時点)。このパラドックスをどのように理解したら良いのだろうか。

もちろん、雇用、賃金、企業利益など2016年まで緩やかな回復が続いてきたので、その累積的な変化が消費者から経営者層まで主観的な景気楽観度(confidence)を押し上げている面はある。海外の景気も穏やかに上向いてきた。しかし、それだけでは各種の景気楽観度指数が2016年11月を境にそれまでのトレンドから上方屈折的に急上昇していることを説明できない。上方屈折が生じたタイミングから判断して、こうした主観的な景況感の急上昇も「トランプ現象」の一部と考えられる。

筆者が考えるに、このパラドックを説明できるのは「隠れトランプ支持者仮説」である。選挙前の大統領候補支持率調査ではトランプ候補は地域別支持調査でも明らかに劣勢だった。ところが、実際の大統領選挙結果ではトランプ票が意外に伸び、大逆転の結果となった。このギャップの説明として指摘されたのが「隠れトランプ支持層」の存在だ。彼らは選挙前の候補者調査では「トランプ候補支持」とは答えなかったが、選挙では同氏に票を投じたわけだ。同様のギャップが大統領支持率調査と景況感の調査の間に生じているのではなかろうか。

つまり「あなたはトランプ大統領を支持しますか」と問われると、就任後も大統領にふさわしくない言動を繰り返している同氏を「支持します」と答えることに躊躇(ちゅうちょ)する。しかし、既存の政治家・政党にうんざりし、トランプ大統領が何かしらの快挙を遂げ、経済的なブームを起こしてくれると密かに期待している人たちが意外に広範に存在していると考えると、上記のパラドックスは辻褄(つじつま)が合う。

もっとも、「隠れトランプ支持者」というのは一種の比喩であって、実際はそうした心情的な傾向が広範に存在していると言った方が適切だろう。この推測が正しければ、今後トランプ政権の支持率の実相は、政治面の支持率調査に上記の景気楽観度指数類を参照して判断すべきだろう。

そうした期待の一方、経済学の目で見れば、トランプ政権の掲げる政策の中に米国の長期的な経済成長率を押し上げるようなものは、ほとんど見いだせない。「規制緩和政策」にはそうした可能性があるが、成長促進のための規制改革という難しい調整を実行できる能力を同政権が備えているようには見えない。大看板の保護主義政策や反移民政策は成長マイナス政策である。

短期・中期的に唯一景気を上振れさせる可能性のあった大減税やインフラ投資による拡張的な財政刺激は、冒頭に述べた通り、議会共和党の首脳部の意向で実現しそうにないか、あるいは大幅にスケールダウンしそうである。したがって、いずれ過剰な期待は剥落し、高騰した景気楽観度指数類は実体経済に見合った水準まで低下するだろう。

<実体経済の底堅さが救い>

ただし、それは必ずしも悲観的なシナリオを意味しない。前回コラム日本経済の春はいつまで続くか」(2017年2月27日付)で述べた通り、2009年を底に始まった米国経済の回復は失業率が4%台後半(4.8%、2017年2月)まで下がった結果、景気回復の終盤局面に入り始めてはいるが、まだ回復継続の余裕はある。

米株価にはやや高値感も出ているが、リーマン・ショック前やITバブル時のような金融・投資面で目立った過剰な信用膨張や不均衡も生じていない。自動車ローンの延滞率上昇を懸念する向きもあるが、自動車ローンは米国家計債務に占める比率で10%以下であり、その延滞率の上昇は住宅ローン危機のようなマクロ経済に大ショックを起こすものにはなり難い。

大きな外生的なショックがなければ、次の米国の景気後退は物価上昇を受けた金利上昇によってブレーキがかかるという戦後典型的に繰り返されたものになろう。むしろ今の局面で大減税などやってしまう方が、不必要な景気の過熱から、金利高とドル高を経て、その後の反動的で大きな景気後退を起こすリスクが高まるだけだ。

次に米連邦準備理事会(FRB)が予想(3月公表時点)する2.1%程度の経済成長が2018年末まで続いた場合、長期金利(10年物国債利回り、2.4%、3月31日現在)がどの程度上昇するか、推計してみよう。

トランプ相場が始まる前の当コラムドル長期金利はどこまで上がるか」(2016年9月27日付)では、ドルの長短金利格差と国内総生産(GDP)ギャップの相関関係の高さに注目し、推計を行った(因果関係としてはGDPギャップの変化が原因、長短金利格差が結果)。

GDPギャップとは、実際のGDPと経済がフル稼働した場合に実現できる潜在的なGDP成長の乖(かい)離度を示すものだ。需要不足の景気後退局面では「実際のGDP<潜在GDP」となり、GDPギャップはマイナスとなる。景気が回復するに伴いGDPギャップのマイナスは縮小し、好況期にはプラスに転じる。連邦議会予算局(CBO)の直近の推計では2016年10―12月期のGDPギャップはマイナス0.9%である。

その後の検証で、長期金利(10年物米国債利回り)の変化は、1)GDPギャップ、2)短期金利(翌日物フェデラルファンド金利)の2つの独立変数を使った重回帰分析で高いレベルで説明できることがわかった。期間2000―16年の月次データによる回帰分析の結果、変数間の関係性は有意(関係性が偶然でない)で、説明度を示す決定係数(R2)は0.82である。これはGDPギャップと短期金利の変化で長期金利の変化の82%を説明できることを意味する。

また、それぞれの変数の関係を見ると、短期金利の1%ポイントの上昇は長期金利を0.63%ポイント上昇させる。さらにGDPギャップ1%ポイントのプラスの変化は長期金利を0.20%ポイント低下させる。掲載図には10年物米国債利回りの実績値と推計値を示した。もちろん推計値は実績値とぴったり重なりはしないものの、そのトレンドによく沿っていることがわかる。

 

「GDPギャップのプラスの変化(=景気回復の進行)が長期金利を低下させる」との点に首を傾げる読者もいるだろう。しかし、昨年9月の論考で述べたように、GDPギャップと長短金利格差には負の相関があることを想起していただきたい。

景気後退局面への移行局面(GDPギャップはマイナスに変化)では、金融緩和で短期金利が長期金利よりも急速に低下するので長短金利差は拡大する。一方、景気回復の終盤局面(GDPギャップはプラス)では金融引き締めで短期金利は高水準になるが、景気の天井感が次第に強まり、長期金利は上げ渋るので長短金利差はむしろ縮小する。この結果、GDPギャップと長短金利差の関係は負の相関となる。こうした事情が働いているので、長期金利を短期金利とGDPギャップの2つの要因(説明変数)で回帰分析すると、GDPギャップと長期金利の関係には負の相関が見られることになるのだ。

また、経済・金融現象の時系列的な回帰分析は対象期間を変えると、変数間の関係性を含む回帰結果ががらりと変わってしまうことがよくある。しかし、期間を1990―2016年、2005―16年に換えて同様の分析をしても、安定的に同じ関係性が見られることを言い添えておこう。

<米10年債利回りは来年3%超えへ>

さて、以上の回帰分析で得られた推計式を使用し、3月に公表されたFRBの経済見通しに従って2018年末までの長期金利を推計してみよう。FRBの見通しでは、実質GDP成長率は2017年、2018年とも2.1%、フェデラルファンド金利は2017年末1.4%、2018年末で2.1%である。これは0.25%の金利引き上げを年平均3回実施した場合(今後2018年末まで5回)にほぼ等しい。

この想定で得られる10年物米国債利回りの予想推計値は、2017年末で3.0%、2018年末で3.5%となった。ちなみに期間1990―2016年から得られる推計式を使うと2018年末の予想値は3.4%、同じく2005―16年では3.1%となる。

もちろん、この種の推計は確率的なブレを伴うものだ。大ざっぱに可能性の高いブレの範囲は2%台後半から4%前後程度のレンジとなる。結論として、2018年末までには10年物米国債利回りは3%を超える可能性が高いと考えておくべきだろう。とりわけ昨年暮れから年初にかけた米国長期債の利回り上昇・価格低下で評価損を被った債券投資家には要注意の予想である。

今後の税制改革案で減税が大幅にスケールダウンする、あるいは税制改革法案自体が行き詰まれば、消費者や経営層の過剰な景気楽観度は低下、調整を免れない。それに伴い株価やドル相場も下落、調整局面となる可能性が高い。

しかし、実体経済の回復が継続し、FRBの穏やかな金利引き上げシナリオが続く限り、拡大する金利格差がドル相場の下落を底支えすることになろう。その結果、ドル相場の対円での下落はそれほど大幅なものとならず1ドル=100円台にとどまるのではなかろうか。もっと深いドル安・円高は、米国経済が再び次の景気後退に入る時になるだろう。

*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職。経済学博士(京都大学)。最新著作「稼ぐ経済学 黄金の波に乗る知の技法」(光文社、2013年5月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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