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コラム:シリア撤退でも発揮されたプーチン流の「奇策」
2016年3月20日 / 00:37 / 2年前

コラム:シリア撤退でも発揮されたプーチン流の「奇策」

 3月15日、ロシアのプーチン大統領(写真)は、現在シリアに展開しているロシア軍「主力」の撤退開始を発表。宣伝用のポーズではないと仮定すると、抜け目のない現実的な動きということになる。モスクワで10日代表撮影(2016年 ロイター)

[15日 ロイター] - 5年にわたる激しい戦闘と、2週間の危なっかしい停戦の末、ロシアのプーチン大統領は、現在シリアに展開しているロシア軍「主力」の撤退開始を発表した。

宣伝用のポーズではないと仮定すると(もしそうだとすればすぐにバレて、ロシア政府の信用はガタ落ちになる)、抜け目のない現実的な動きということになる。

撤退はすぐには開始されないだろうし、どの部隊が撤退しどの部隊が残るのかは依然として不明である。ロシア海軍の補給基地となっているタルトスは引き続き(恐らくは若干の治安部隊の駐留のもとで)ロシアの手中に残るだろう。ヘメイミーム(ラタキア)空軍基地も同様である。したがって、ある程度のロシア空軍の爆撃機、それにパイロットや技術クルー、警備員、指揮官も残ることになる。

だが、シリアに派遣されるロシア軍のなかでも、最初は偵察を目的とした特殊部隊「スペツナズ」、次いで若干の戦車部隊の増援、そして重火器部隊と、徐々に地上軍が拡大してきたが、その流れは反転するものと思われる。こうしてロシアは、反政府勢力からの攻撃に対する脆弱性を抑えるだけでなく、戦闘にさらに深く関与していこうという誘惑を退けることになる。

オフレコを条件とするロシア政府当局者とのやり取りのなかで、彼らが最も大きな懸念の一つとしていたのは、多数の反政府グループのどれかがロシア軍部隊に対して本格的な攻撃を仕掛けた場合に、エスカレーションの悪循環に取り込まれてしまうことだった。

当局者の1人は「大統領がこれを挑戦と受け止めてしまえば、パラシュート部隊を一旅団派遣しようという気になるだろうし、気がついたときには10年も介入しているということになる」と語った。

「10年」というのは、適当に思いついた期間ではない。旧ソ連軍がアフガニスタン紛争の泥沼にはまっていた期間が10年なのだ。これもまた、短期で簡単に終わる介入と想定されていたのに、それどころではない顛末(てんまつ)になった例である。

政治家というものは、戦争を終わらせるよりも始める方が、撤退するよりもエスカレートさせる方が簡単だと思ってしまう傾向がある。明らかにマッチョな印象を大切にしており、近年、非常に攻撃的な外交政策を明示してきた指導者であるプーチン大統領が、このように撤退を選択するというのは、意外な政治的手腕を見せたと言えよう。

とはいえ、プーチン大統領による「国防省とロシア軍全体に与えられた目標は、おおむね達成された」という声明は、恐らく的確だろう。

結局のところ、今回の介入はシリアでの戦争に「勝つ」ためのものではない。どれほどナイーブな楽観主義者であっても、少数の航空機と地上部隊だけで、この血なまぐさく複雑な紛争を終わらせることなど期待できない。また、アサド大統領の体面と地位を守ることが主な目標というわけでもない。

ロシアにとっての主要目標は3つあった。第一に、中東地域におけるロシアの役割と、シリアの将来に関する発言権を主張することである。

第二に、ロシア政府にとっての中東における最後のクライアント(であるシリア)を保護することだ。アサド政権が理想だが、必要とあらば、他の誰か適当なクライアントと入れ替えてもいい。

第三に、外交的にロシアを孤立させようという西側、特に米国政府の動きを止めることである。少なくとも今のところ、この3つはまさに達成されているのだ。

現在、シリアの将来を論じるうえで、ロシアは米国以上に重要なプレイヤーとなっている。血とカネで買った影響力だ。爆撃機と銃砲、兵士たちを積極的に投入することで、ロシア政府はアサド政権を助けただけでなく、この戦争を語る論法を変えてしまったのだ。クルド人や、いわゆる「穏健派反政府勢力」でさえ、ロシアとの協議に前向きな姿勢を見せ始めている。

介入した時点で、アサド政権側の部隊は退却しつつあり、勢いは反政府勢力側にあった。ロシア政府は、アサド体制におけるエリート層が分裂し始めているのではないかと懸念した。

アフガニスタンから撤退したときにソ連政府が後に残した傀儡(かいらい)国家は、実際には驚くほど安定し実効的だった。だが、アフガニスタンのナジブラ大統領(当時)とタナイ国防相が仲たがいすると、政権は分裂し始め、その命運は絶たれた。同じことがシリアでも起きるのではないかとロシア政府は心配したのである。

だが、9月30日に予想を裏切ってロシア空軍が投入されると、現地の戦力バランスが変化しただけでなく、アサド体制に再び活力がよみがえった。

ロシアのショイグ国防相によれば、出撃回数9000回以上という規模の空爆によって、政権側部隊は戦況を逆転することができた。同国防相の計算によると、アレッポ他400カ所を奪回できただけでなく、政府軍の士気は大きく改善し、それに伴って、アサド大統領自身の威信も回復したという。

プーチン大統領による介入によって、彼を無視し孤立させようという希望が絶たれたのは間違いない。現在、ロシアは米国と並んでシリア停戦の共同保証国となっており、ウクライナにおいてさえ、紛争を始めたのはロシア政府であるにもかかわらず、米ロ両国はドンバス地域の紛争解決について対話を再開している。

要するに、今回に限っては、「使命は達成された」という主張はレトリックというよりも真実に近い。さらにプーチン大統領は、部隊の撤退を開始することで、3つの重要な懸念にも対処している。

まず、プーチン大統領は国内のロシア市民を安心させた。彼らは、毎日報道されるガンカメラからの迫力ある映像や景気のいい戦果報告を楽しみつつも、ロシア側にとっては比較的犠牲の少ない状況で始まった作戦が、今後はるかに深刻なものになっていくのではないかと懸念していたからだ。

実際のところ、軍関係者も喜ぶだろう。彼らもやはり、シリア国内での展開が長引けば長引くほど、状況が悪化するリスクが大きくなると心配していたからだ。ロシア軍高官の多くがアフガニスタンで従軍していただけに、なおさらである。

またプーチン大統領は、仲裁役を買って出ることができる。ロシア軍の撤退が、ジュネーブでのシリア和平交渉において実質的な協議が行われる初日に発表されたことは偶然ではない。撤退の発表によって、和平交渉とシリアの将来に関する協議におけるロシアの発言権は強くなった。

反政府勢力の主要組織で構成される「最高交渉委員会」の報道担当者は、「撤退の実施に真剣さが見られるならば、交渉の進展に好影響を及ぼすだろう」と述べている。

また、ドンバス地域での最近の戦闘激化や、拉致されたウクライナ軍パイロット、ナディア・サフチェンコ氏に対する見せしめ的な裁判によって損なわれた国際的な立場をある程度回復できるかもしれない。

最後に、プーチン大統領は主導権を握り続けることができる。彼がそれを楽しんでいるのは明らかだ。彼はまたもや、西側諸国の不意を突いた形となった(不意を突かれたといえば、恐らくアサド大統領も同じである。彼がプーチン氏から撤退を知らされたのは、発表のほんの少し前だったようだ)。

プーチン大統領は、地上での反撃を浴びるリスクを軽減したが、シリアを諦めたわけではない。彼はおいしいところを確保している。ある程度の部隊は残しているだけでなく、港湾・空港は抑えているから、必要とあらば再びシリアに軍を殺到させることができる。

あるいはそういうポーズを見せることもできる。過去にやってきたように、長距離爆撃機による攻撃や、艦船から発射される巡航ミサイルを使って、ロシア軍の破壊的な威力を改めて思い知らせることも可能だ。

要するにこれは、プーチン流「おなじみの奇策」なのだ。断固たる、しかし予想外の動きだという点で特徴的である(ロシアの国防・外交関係者でさえ不意を突かれたように見える)。

だがプーチン大統領は、特にこの2期目に関しては、これまでのところ、エスカレート、対立、挑戦的な態度をデフォルトにしていたように見える。完全に現実主義的な理由によるものかもしれないが、冒険から身を引くのはこれが初めてである。

結局は、見せかけだけの、あるいは短期的な動きということになるかもしれない。ドンバスでの激しい戦争に集中したいというだけの話かもしれない。あるいは、ロシア経済の不振、国内エリート層の懸念、国民の不満の高まりが理由かもしれない。

それとも、これは現実主義的なプーチン氏が登場する最初の兆候であり、「再び力を取り戻したロシア」という彼の壮大なビジョンが、実際にはロシアを貧困と混乱に追いやるだけであることを理解し始めたということなのかもしれない。いずれ、その答えは出るだろう。

*筆者はニューヨーク大学教授(国際問題)、欧州外交評議会(ECFR)客員フェローで、ロシアの安全保障問題を専門とする。

*筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)

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