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コラム:成長の時代はなぜ終わったのか=河野龍太郎氏
2017年1月11日 / 03:56 / 8ヶ月前

コラム:成長の時代はなぜ終わったのか=河野龍太郎氏

[東京 11日] - 世界的にポピュリズムの嵐が吹き荒れるのは、グローバリゼーションの反動だけでなく、長期停滞の帰結である、というのが筆者の仮説だ。成長率が鈍化し、その果実の政治的分配が難しくなったことに加えて、高い成長の時代に構築した社会保障制度の費用を賄うこともままならなくなっている。

責任ある政治家なら、増税や歳出削減、あるいは社会保険料の引き上げや給付削減を主張するが、それでは支持率は悪化する。そこを突いたのがポピュリスト政治家だ。痛みを伴う政策はそもそも不要で、高い成長によって、多くの問題は解決できると主張し、有権者から高い支持を獲得する。現代のポピュリストは、バラマキ財政で景気と株価をかさ上げし、人々の目をくらませる。

これが筆者の基本シナリオだが、年末年始の休暇で改めて考えたのは、19世紀初頭に始まった200年近くに及ぶ「成長の時代」はなぜ終わってしまったのか、元に戻すことはできないのか、ということである。

ドナルド・トランプ氏がポピュリストであることは間違いないが、ワシントン政治に染まっていない型破りな新大統領の誕生がダイナミズムを生み出す可能性はないのだろうか。あるいは、民間部門への個別介入を進め、事態をさらに悪化させるのだろうか。

<19世紀末の反グローバリゼーション>

長期停滞を考える上で、今回、筆者が参考にしたのは、マクロ経済学の泰斗で2006年にノーベル経済学賞を受賞したコロンビア大学のエドマンド・フェルプス教授の論考だ。フェルプスは著書「なぜ近代は繁栄したのか」で、 19世紀以降の高い生産性の上昇と近年の衰退の理由を包括的に分析している。

フェルプスは多くの主流派経済学者と同様、農業部門での資本蓄積を背景としたウォルト・ロストウらの古典的なテイクオフ理論に加え、所有権、特許権、著作権の確立などダグラス・ノースらが強調した制度的要因も重視する。

しかし、それ以上に自由主義や個人主義の確立といった文化的要素を、生産性向上をもたらしたイノベーションの要因として強調する。

つまり、19世紀初頭に伝統的社会から近代社会への移行が始まり、挑戦や自己表現、人間的成長といった個人主義に裏付けられた価値観の誕生が草の根のイノベーションにつながり、生産性上昇、経済成長をもたらした。実際、当時の産業革命を担った人々は、高い教育を受けたエスタブリッシュメントではなく、街の技術者、街の発明家だ。

現場にこそ付加価値を生むために必要な知識があり、人々が自由な社会で創意工夫を発揮し、成長の源泉となる。これはフリードリヒ・ハイエクの知識経済論と重なる。

ちなみに、ハイエクを新自由主義の元祖と見なす人が多いが、それは誤解だ。ハイエクは著書「隷属への道」でレッセフェール(自由放任主義)を強く批判するとともに、自由な市場の維持には、政府が役割を担う必要があると強調している。法の支配によって予測可能なルールを確立することが重要であり、ご都合主義や機会主義、縁故主義は不確実性を高め、人々の創意工夫を阻害する。

フェルプスとハイエクの主張をまとめると、19世紀初頭に自由主義や個人主義が確立され、創意工夫が発揮されるようになり、草の根のイノベーションが広がったことで、英国をはじめ各国で生産性の高い成長が始まったということである。しかし、繁栄が続く一方、近代資本主義の負の側面も注目されるようになり、欧州では20世紀に入る頃から社会主義や政労使が協調するコーポラティズム(協同主義)が勢力を強めるようになってくる。

集産主義的な考え方が広がったのはまず19世紀末のドイツだが、興味深いのは、それがグローバリゼーションや自由主義への強い反発として現れたことである。激しい競争や所得格差が問題視され、時代背景はまさにトランプ旋風や英国の欧州連合(EU)離脱選択に揺れる現在と一致する。競争やグローバリゼーションに反対したのが、伝統的社会や既存の産業でメリットを受けていた資本家や労働者である点も、今と同じである。

<米国でも広がるコーポラティズム>

第二次世界大戦後、西欧で社会主義が広がることはなかったが、コーポラティズムは根を張り、経済のダイナミズムをむしばんだ。既存の企業やそこに勤める労働者など既得権者が潤い、割高な商品の購入を迫られる消費者の利益が損なわれたのである。同時に、新規参入が阻害され、草の根のイノベーションも困難になる。欧州では早い段階から、成長を抑制する要因の種がまかれていたのである。

コーポラティズムが広がっても、戦後の欧州ではしばらく生産性の高い上昇や高成長が続いたが、これは、戦争で破壊された資本の再蓄積が行われただけでなく、米国で生まれた様々なイノベーションが模倣されたためだ。しかし、1970年代になると、米国も大企業病や訴訟社会の弊害、短期的業績を重んじる金融文化の蔓延で足踏みするようになり、結局、欧州と共倒れした。

米国では、確かにシリコンバレー・システムによって、革新的な起業が時折生じている。しかし、経済全体を見ると、日本ほどではないとはいえ、開業率、廃業率の低下が続き、雇用の創出・喪失も一貫して低下している。ヒト、モノ、カネなどの経済資源の移動が止まれば、経済は成長できない。

短期業績主義の金融文化も大きな問題である。長期的視点でリスクを取って投資を行わなければイノベーションはおぼつかない。資産市場からのプレッシャーで、大企業経営者は目先の利益を取り繕うことばかりに注力するようになった。

金融業の本来の役割は、成長分野を発掘し、リスクを取って成長資金を供給することである。しかし、近年、増えたのは、国債や為替などの売買ばかりだ。公的債務の膨らむ国の成長率が低いのは、政府支出拡大で資源配分が歪むことの影響が大きいが、それは金融面にも当てはまる。金融業がリスクを取らないでも、国債ファイナンスの仲介で莫大な利益を得ることが可能になり、民間の成長分野の発掘を怠る。

中銀の積極的な金融緩和もそれを助長していた。国債で金融業が十分な利益を得ることを難しくしたマイナス金利政策は、その点に限って言えば、皮肉にも評価すべきなのだろうか。

大企業病や短期的業績を重んじる金融文化だけでなく、さらに問題なのは、近年、米国でもコーポラティズム的な動きが広がっていることだ。公正な競争の確保や格差是正として、米国でも欧州のように官民あるいは政労使の接近が観察される。

プロ(親)ビジネス政策と言えば聞こえは良いが、結局は既存の企業やそこで働く労働者がメリットを得ているにすぎない。犠牲になるのは、割高な商品の購入を余儀なくされる消費者であり、既存企業が守られる結果、新たなアイデアを持った新規の参入者も割を食う。これではイノベーションが阻害されるのも当然である。

<トランプ氏が掲げる米国第一主義の代償>

では、トランプ新大統領の下で一体、どうなるのか。トランプ氏は、自らが企業経営者であるだけでなく、歴代政権に比べ、企業経営者を権力の中枢に多数取り込もうとしている。同時にビジネスを阻害する規制を大胆に撤廃するとも強調している。こうした主張だけを取り出せば、ダイナミズムの復活に期待する人もいるかもしれない。

しかし、一方で米国第一主義を掲げ製造業に国内回帰を迫り、公的な見返りを前提に、海外の生産拠点を国内にシフトさせる大企業も現れている。これは、結局、コーポラティズム的な政策を強めるということではないのか。個々の案件にまで政権が介入するということは、縁故主義的政策の色彩が強まることを懸念すべきではないか。

平均的な米国人の生活が世界で最も豊かである理由の1つは、安価な商品を低関税で輸入しているからだ。コーポラティズム的な政策や縁故主義的な政策の結果、仮に生産拠点が米国に回帰するとしても、割高な財やサービスの供給が増えるだけで、割安な海外からの製品・サービスを購入できなくなる消費者は大きなデメリットを被る。メリットを得るのは、見返りを受け国内で生産を増やす一部の既存企業とそこに勤める労働者だけである。

公的な見返りも政権との交渉次第となれば、本業でのイノベーションより、レント・シーキング(超過利潤の追求)に精力を注ぎ込む経営者も増えるだろう。そうした中で、デメリットを受けるのは、消費者だけではない。前述した通り、既存企業が守られ、新規参入が阻害されるから、経済全体のイノベーションもますます困難になる。人々の創意工夫を発揮させるには、予測可能なルールをもたらす法の支配が重要であり、ご都合主義や機会主義、縁故主義は不確実性を高め、イノベーションを阻害するだけだ。その帰結は、一国全体の生産性上昇率の一段の低下である。

ここで問題となるのは、すでに米国経済が成熟局面に入った状況で大規模財政を開始しようとしていることである。完全雇用下での大規模財政がもたらす金利上昇とドル高によって、いずれ循環的な景気後退が始まるのは避けられない。

もちろん、イノベーションで生産性上昇率が高まるのなら、自然利子率や均衡実質為替レートも上昇するため、金利上昇やドル高が続いても経済は好調でいられるが、実行されるのはイノベーションを阻害し自然利子率や均衡実質為替レートをむしろ低下させる政策だ。

それとも経済の息切れが見えてくれば、追加財政を繰り返し、同時に米連邦準備理事会(FRB)には政権の意向に沿って追加財政をファイナンスする人物を総裁として送り込むのだろうか。今のところトランプ・ユーフォリア(陶酔感)の賞味期限は1年半、長くても2年程度という見方を変えていない。

<ポピュリズムの帰結はインフレ税か>

翻って日本では政権支持率が高く、政治は安定している。経済的な背景としては、1)潜在成長率が低く、わずかでも成長すれば、労働力人口の減少もあって需給ギャップが改善するため、労働需給の改善が続いていること、2)日銀が長期金利をゼロ近傍に誘導する金融政策を続ける中で、拡張的な財政政策が取られていること、3)政労使が協調するコーポラティズム的な政策が取られていることなどがある。

これまで見た通り、コーポラティズム的な政策は、既存企業やその労働者に恩恵を与え、高い支持率の要因になり得る。しかし、新規参入が阻害されるため、イノベーションは起こらず、成長率を高めることはできない。

吉川洋・東京大学名誉教授は、近著「人口と日本経済」で、労働力人口が減少しているからと言って、ゼロ成長が必然ではないと喝破した。筆者の分析でも、近年の日本の潜在成長率低下は、労働力の減少よりも、イノベーションの枯渇による。

人口悲観論が強く、吉川教授の著作を楽観的と捉える人も少なくないが、冷静に考えてみれば、イノベーションの枯渇によって潜在成長率が低下しているという同氏の指摘の方がはるかに深刻である。

景気回復が止まってしまえば人々のいら立ちが強まるが、政府は拡張財政を続けることで、それを回避している。しかし、結局、それは将来世代の所得を先食いすることで、問題を先送りしていることに他ならない。

近年、1億総活躍プランとして、これまで包摂(ほうせつ)されていなかった人々にも光が当てられている。コーポラティズムの範囲をさらに広げるということだが、歳出削減や増税で財源が捻出されているわけではないから、これも結局、将来世代の所得を先食いするということである。1億総活躍プランは懸念した通り、1億総バラマキ・プランの様相を強めている。

公的債務の膨張が続いても、日銀のアグレッシブな金融政策で、金利上昇は避けられている。しかし、供給制約に直面する以上、いずれかの段階で、インフレ率の加速が生じる。増税や歳出削減などの財政調整を避けるとすれば、公的債務を圧縮する代替策はインフレタックスのみとなる。意図しようとしまいと、いずれ公的債務の調整は始まる。

仮にインフレが上がりづらいグローバル環境が続くとしても、その場合は、急激な通貨安で高率のインフレは避けられない。そして、もしトランプノミクスがアベノミクスを追いかけるのだとすれば、各国で財政インフレ的な状況となり、そのとき、グローバルなデフレ環境は崩れる。

*参考文献:エドマンド・フェルプス著、小坂恵理訳「なぜ近代は繁栄したのか」(みすず書房)/フリードリヒ・ハイエク著、村井章子訳「隷従への道」(日経BP社)/吉川洋著「人口と日本経済」(中央公論新社)

*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの特集「2017年の視点」と「外国為替フォーラム」に掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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