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コラム:米国を蝕む「縁故資本主義」=河野龍太郎氏
2017年2月1日 / 02:47 / 9ヶ月前

コラム:米国を蝕む「縁故資本主義」=河野龍太郎氏

[東京 1日] - 懸念した通り、トランプ新大統領は1月20日の就任演説でも、保護主義的なスタンスを修正しなかった。なんと「保護こそが素晴らしい繁栄と強さにつながる」と自由貿易を否定し、今後は「米国製品を買い、米国人を雇う」という2つを基本ルールにするという。

残念ながら、こうした政策は主に2つの経路で、米国の潜在成長率を抑制し、米国人を貧しくする。

まず、米国人が割高な商品の購入を迫られるようになる。2つ目は、あまり認識されていないが、為政者の方針に擦り寄る既存企業にばかり恩恵が施され、イノベーションの可能性を秘めた新規参入者の出現が抑制される。

トランプ新大統領はプロ(親)ビジネスであって、成長を促すはずと考えている人もいるが、それはプロビジネス政策が保護主義や縁故主義の穏当な表現であることに気が付いていないだけである。良かれと思って選択されるプロビジネス政策は、多くの場合、反・成長戦略となる。これが今回のテーマである。

<200年経っても理解されない比較優位の法則>

まず、平均レベルで見て、世界最高水準の豊かな生活が米国で可能なのは、生産性の高さもさることながら、通商面において、多くの財・サービスの関税を低く抑え、多様で安価な商品が供給されているからだ。

メキシコや中国に国境税を課すのは明確な世界貿易機関(WTO)違反であり、現実には実施されないと考えるが、もし実施されれば、今ほど自由貿易が進み、完成品、中間投入財を問わず、さまざまなものが海外から輸入されている中で、小売業者は消費者にコストを全ては転嫁できず、相当なダメージを被る。

国境税が課せられないとしても、米政権からプレッシャーを受けるグローバル企業は、効率が悪くても、米国内での生産を少しでも増やそうと努力するだろうから、最適なサプライチェーン構造からかい離し、結局、割高な商品の供給が増えるだけとなる。ツケを払うのは、所得の限られる普通の人々だ。

「経済学および課税の原理」において、リカードが比較優位の法則を掲げ、重商主義は誤りであり、自由貿易を行うことで、各国の経済厚生が向上すると主張したのは、ちょうど今から200年前の1817年のことだ。自由貿易の利益を最も享受する国の1つである米国の新大統領が自由貿易を否定するとは何とも残念な話である。

ちなみに、比較優位の法則を机上の空論と見なす人が多いのは、リカードのモデルの中で、メリットを受ける集団とダメージを被る集団のことが記述されていないことも大きく影響している。産業間で移動可能な生産要素だけでなく、産業間で移動がなかなか生じない生産要素についても、リカードはモデルに組み込むべきだったのかもしれない(メリットを受ける資本家グループに属していたリカードはそのことが分かっていて、あえてモデルに取り込まなかった可能性がある)。

つまり人々が関心を持つのは、比較優位財の生産に投入される生産要素を持つ人がメリットを受け、比較劣位財の生産に投入される生産要素を持つ人がデメリットを被るという点であり、トランプ現象や英国の欧州連合(EU)離脱問題に即して言えば、自由貿易でメリットを受けていたのは高いスキルを持つ労働者であり、デメリットを被っていたのは低いスキルしか持たない労働者ということだ。

低いスキルしか持たない労働者がデメリットを被るのは、確かに貿易がきっかけではあるが、問題は、その失われた実質所得は海外に流れるのではなく、高いスキルを持つ労働者に流れることである。

もちろん、それが分かっていても、国内で勝者と敗者を明確にするのは社会的な分断を生むため、得策ではないという判断が政治的に働くのかもしれない。それゆえ、歴史的に、いずこでも国民が貧しくなったのは、外国人や外国企業が恩恵を受けているからだという主張がなされてきた(トランプ大統領の主張も同じだ)。

しかし、問題が国内の分配ということであれば、望まれる政策は明らかで、自由貿易の下で付加価値の生産を拡大した後、貿易によってメリットを受けた人からデメリットを受けた人に所得移転を行うということになる。閉鎖経済、あるいは関税を選択するより、一国全体の経済厚生を確実に改善することができる。

結局のところ、貿易問題の本質は、国内の所得分配の問題なのだ。なお、多くの実証分析によれば、高いスキルを持った労働者がメリットを得て、低いスキルしか持たない労働者がデメリットを被っているのは、貿易の影響ではなく、技術変化の影響の方が大きい、とされている。

実際、高スキル労働の多い先進国でも、低スキル労働の多い新興国でも、高スキル労働者がメリットを得ている。貿易が原因なら、新興国では低スキル労働者がより大きなメリットを受けるはずだ。我々はグローバリゼーションの結果というが、貿易の影響以上に、世界的に進む技術変化が高スキル労働者に有利なパターンになっていることの影響が大きい。歴史的には技術革新に否定的な左派ポピュリスト政治家も台頭したことはあるが、近年ではそれは観測されないし、トランプ大統領も問題視していない。

<法の支配が不可欠な理由>

さて、2つ目の論点であるイノベーションへの影響に移ろう。リカードが比較優位の法則を唱えた1817年頃は、英国を皮切りに、高い成長が西欧でスタートした時期である。英国の高い成長は、ベルギーやフランス、ドイツ、米国に波及していった。それは、大戦期の例外を除くと、1970年代初頭までの150年以上に及ぶ長い高成長の時代となったが、高成長が始まった理由の1つは、19世紀初頭に、法の支配の下で自由主義や個人主義が確立し、人々の創意工夫が促されるようになり、さまざまなビジネス分野で草の根イノベーションが広がったことだった。

自由な経済活動において、法の支配が不可欠であるのは、人々に予測可能なルールが提示されるためであり、いちいち為政者の顔色をうかがわなくても、ルールを守ってさえいれば、試行錯誤でビジネスを進め利益を追求できるからである。それがイノベーションの原動力となる。

しかし今や、社会のルールに沿った経済活動を行っているにもかかわらず、米国で生産を増やす企業には恩恵が施され、米国外での生産活動の拡大には罰則が下されるという、全く合理性を持たない政策を新政権は進めようとしている。

為政者の意向に沿った行動を取る企業経営者が称賛されるという風潮がこのまま強まれば一体、どうなるか。従来、どの企業でもエース級の人材は、イノベーション推進に投入されていたはずだが、新たな介入主義的、集産主義的環境においては、政権との近さが企業の浮沈に大きく影響してくる。エース級の人材は、政治担当ということになる。

つまり、重要な経営資源は、イノベーションではなく、レントシーキング(ロビーイング)に割り当てられる。もともと、規制業種でイノベーションが起こりづらいのも、そして腐敗が起こりやすく、時としてそれが企業の存続を危うくすることがあるのも、経営資源がレントシーキングに割かれるためだ。規制業種以外でもそうしたことになれば、産業の行く末は危うい。

また、一部の企業にだけ恩恵を施すのは、あまり認識されていないが、イノベーションの可能性を秘める新規参入者の足を大きく引っ張ることになる。どこの国でもそうだが、少なからぬ人が、プロビジネス政策を成長戦略と誤認している。もちろん、アンチビジネスよりはましだが、既存の企業をサポートするということは、新規参入のハードルを引き上げることに他ならず、成長の源泉であるイノベーションを阻害する。

必要なのは既存企業に恩恵を与えるプロビジネス政策ではなく、新規参入を促すプロマーケット政策なのである。プロビジネス政策は単に縁故主義、保護主義の穏当な表現にすぎず、成長戦略ではなく、反・成長戦略だ。クローニーキャピタリズム(縁故資本主義)が米国の成長トレンドを蝕むことになりはしないか。

<完全雇用にある日本には円高が望ましい>

トランプノミクスがプロビジネスであることを好感し、米国の株価は上昇を続けている。しかし、その原動力は、消費者と新規参入者の利益や経済成長の可能性を犠牲に、特定の企業、産業に施した恩恵にすぎない。株式市場は、単にレントシーキングにおける勝者を探しているにすぎない。

もちろん、新大統領の力技で議会を説得し、財政は期待した以上に膨らむのかもしれない。しかし、それとて公債発行を原資に、将来の所得を先食いするだけであるから、結局、自らの未来の可能性の先食いにすぎない。トランプノミクスの賞味期限は1年半、持って2年というのが、大統領選挙直後の筆者の認識だったが、政権がスタートした現在も、その評価を変える必要性はなさそうである。

今のところ想定した動きと異なっているのは、日本に対しても保護主義的な政策が検討され、それがドル円相場に影響していることだ。標的にされると思っていなかった日本の自動車業界がやり玉に挙げられ、著しくはないものの円高圧力も見られる。対日通商政策に関し、不確実性が広がると、リスクプレミアムが増し、その結果、円高圧力が生じて、日本の株価の上値も多少だが抑えられた。

とはいえ、米経済は完全雇用にあり、賃金上昇率の加速が始まる中で、トランプ政権が大規模財政に踏み切り、一方で 米連邦準備理事会(FRB)の継続利上げが予想されるため、基本的には今後もドル高傾向が続くと筆者は考えている。日本サイドを見ても、日銀が長期金利をゼロ%程度に誘導するため、米国の金利上昇圧力が強まれば、金利差拡大につながり、そのことも円安圧力をもたらす。

規範的な視点に立てば、米国と同様、完全雇用にある日本にとっては、通貨が減価するより、通貨が増価することの方が望ましい。円安で日本の総需要が刺激されても、供給制約で、経済全体のパイはそれほど大きくはならない。この場合、望ましいのは、通貨高で輸入増加を促し、より高い消費水準を可能とすることである。それが経済厚生を高めるための正しい選択だ。

確かに、円安が進めば、輸出セクターには恩恵が及ぶが、それは、完全雇用にある中で、家計部門あるいは輸入部門の所得を輸出部門に無理に移転させているだけである。また、円安で輸出が増えるとしても、本来、非製造業部門に向かうべき雇用が、製造業に奪い取られることで可能となる。日本の政策当局が取っていることは、意図は異なるとしても、結果的にリカードが批判した重商主義政策とあまり変わらない。

完全雇用にあるだけでなく、現在の実質実効円レートは相当に低い水準にあるため、これが多少修正され円高が進めば、一国全体で経済厚生はむしろ改善する。大幅な円高でなければ、ダメージは大きいとは言えない。

実質実効円レートが相当に低い水準にあるにもかかわらず、長期金利をゼロ%程度に抑え、円安に誘導しているように見えるから、米国の競争相手がホワイトハウスに働きかけ、本来、批判されるべき点の少ないはずの日本の自動車セクターがやり玉に挙げられているのかもしれない。今後、通商交渉の中で、米国政府が日本の金融政策を問題視し始めることはないだろうか。米国の自動車業界にとって、軽四輪問題より、円安問題で攻める方が、得られるメリットは大きいように思われる。

リスクプレミアムが高じる際、巨額の公的債務を抱える日本では、円安が進まないことに、むしろ感謝すべきかもしれない。現在は、日銀の極端な金融緩和で長期金利が相当に低く抑えられているから、利払い費は抑制され、公的債務のさらなる膨張も抑えられている。もし、リスクプレミアムの上昇で円高ではなく、円安が進み始めると、極めて厄介な状況に陥る。

円安によるインフレ上昇を避けようと金利を引き上げれば、利払い費が膨らみ、公的債務が一段と膨らみ、さらにリスクプレミアムが高まるという悪循環に陥る。一方で、金利を低いままに据え置けば、実質金利の低下で、円安とインフレ加速が進む。リスクプレミアムの上昇が円高につながっている間に、財政健全化に着手しなければ、本当に手の付けられない状況に陥る。

*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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