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コラム:総選挙が素通りする日本経済「真の争点」=河野龍太郎氏
2017年10月10日 / 07:29 / 9日前

コラム:総選挙が素通りする日本経済「真の争点」=河野龍太郎氏

[東京 10日] - マクロ安定化政策の視点で言えば、日本の抱える問題は深刻な人手不足であって、総需要不足問題はすでに解消されている。利用可能な経済資源を使って、より大きな付加価値を生み出す、つまり潜在成長率を高めるには、効率的な資源配分を追求しなければならない。

それは規制緩和など構造政策の領域だが、完全雇用にありながら金融緩和や追加財政を継続することは、資源配分の効率性を損ない、潜在成長率の改善に逆行する恐れもあるから、本来は手じまいを開始しなければならない。人手不足が問題なのだから、日銀や政府のサポートなしでは存続が難しい効率性の劣る企業が退出しても、雇用は間違いなく吸収される。

こうした正論が語られないのは、単に選挙前だからではないだろう。完全雇用になっても、株価ばかりが上昇し、賃金の上昇は限られ、多くの有権者が景気回復の実感を得られていない。それゆえ、逆説的だが、完全雇用になっても、金融緩和や追加財政を政治的に手じまいすることができない。

とはいえ、このまま同じ政策を続けても、問題を先送りするだけのように思われる。では、真に解決すべき問題は何か。今回は、総選挙で問うべき経済問題を論じる。

<家計を犠牲にする政策で遅れる消費回復>

アベノミクスが始まった段階から、筆者は所得・支出アプローチを追求するだけでは、問題解決にはならないと論じてきた。日本で取られる所得・支出アプローチは、金融緩和による円安誘導によって、輸出を刺激し、生産を増加させ、その結果、企業部門の業績が改善すれば、企業の設備投資が増え、雇用者所得も改善し、最終的には個人消費の回復につながるというものだ。

しかし過去20年の間、何度か輸出と生産が増える局面はあったが、たどり着くのは企業業績の改善までで、そこから先は回復がなかなか波及しない。現在と同じく、景気拡大局面が長期化したケースもあったが、平均賃金の改善は鈍く、雇用者所得の増加も限定的で、消費の本格回復には一度としてお目にかかったことがない。

一方で、起点となる輸出への悪影響を恐れ、円高を避けるべく、金利は景気拡大の最終局面まで低く抑え込まれてきたが、それでよいのか。

本来、循環的な景気回復が進めば、企業業績改善を反映して、金融市場では長期金利が上昇し円高が進む。その結果、家計の利子所得も改善し、また円高による輸入物価下落も家計の実質購買力の改善につながる。金利収入が増えれば、多くの人は支出に充てる。良質な商品が円高で割安に入手可能となれば、多くの人は景気回復をより実感できる。

それが、市場メカニズムを通じた、バランスの取れた経済回復の姿である。消費の本格回復が最終的な目的と言いながら、家計の利子所得や円高を通じた実質購買力の改善を阻害し、家計を犠牲にしているから、消費の本格回復がいつまでも訪れないのだ。

2012年末以降、1980年代前半、あるいは70年代前半に匹敵する超実質円安が進んだにもかかわらず、2016年半ばまで輸出数量の回復は遅れていた。それゆえ、輸出企業の業績は大幅に改善したものの、輸出数量が回復しないから、所得・支出アプローチはその起点で回復のメカニズムが滞っていた。

むしろ円安によって家計部門の実質購買力は大きく損なわれ、それが消費を抑制した。超実質円安にもかかわらず、輸出数量の回復が遅れたのは、新興国バブル崩壊による世界経済の足踏みの悪影響もあるが、それだけではない。より大きな流れとしては、生産年齢人口の減少で、若年労働が安定的に確保できないため、輸出企業が国内生産能力の拡大に積極的になれないことがある。

それゆえ、円安メリットが経済全体に広がりづらくなっているのだが、同時に、高齢化によって過去の蓄積を取り崩して生活する人の割合も増えている。65歳以上の人口に占める割合は、今や3割に近づきつつある。円安誘導のメリットを受ける人が減り、一方でデメリットを受ける人が増えていることを十分検討した上で、史上空前の超実質円安政策が採用されたのだろうか。過ちに気が付かず、完全雇用になった現在も、同じ政策を続けるのだろうか。

念のために言っておくと、所得・支出アプローチ自体が誤っていると論じているわけではない。不況期には有効な政策であり、恐らく他に選択肢はない。筆者が問題視しているのは、完全雇用になっても、政策を手じまいせず、固定化する結果、所得分配を大きく歪めていることだ。

さらに、イノベーションやグローバリゼーション、あるいは社会規範の変化の結果、労働分配率は低下傾向にあり、賃金上昇の回復がただでさえ遅れているのに、所得分配面で、家計を犠牲にする政策を続けることが果たして有効なのか。金融緩和ではなく、他にもっと検討すべき政策が存在するはずだ。その1つが、社会保障制度改革である。

<第三次ベビーブームが訪れなかった理由>

日本の社会保障制度は高齢者向けが中心で、現役世代向けのセーフティーネットは、正規雇用向けの年金、健康保険、失業保険など企業が丸抱えしている。それらのセーフティーネットの存在ゆえに、正規雇用に関わる人件費は割高だ。しかし、割安な非正規雇用の増大は、セーフティーネットを持たない労働者の増加を意味し、それが消費回復を阻害する大きな要因となっている。

1990年代前半までは、非正規雇用は主婦や学生の就業形態であり、家計の中で主たる所得の稼得者は正規雇用であったため、非正規雇用へのセーフティーネットが存在しなくても、それほど深刻な問題ではなかった。家庭内でリスクがカバーされたからだ。しかし、非正規雇用が若年、壮年の就業形態として広がることで、セーフティーネット不在の問題が深刻化した。日本経済をマクロショックが襲っても、企業はフレキシブルに生産量を調整し、ショックに対し頑健性を強めているように見える。

しかし、全体で見ると、社会で最も弱い部分に影響がしわ寄せされる。マクロ経済ショックに対し、社会全体でリスクを分担できなくなったから、消費回復が遅れているというのが筆者の仮説である。労働需給ひっ迫で、非正規雇用の賃金は多少増加したが、それが本格的な消費回復につながらないのは、将来の不況に備え、貯蓄を余儀なくされるからではないか。

1990年代後半以降、割を食ったのは若年層だが、とりわけ就職氷河期と呼ばれる時代に就職が重なった団塊ジュニアは、教育訓練の機会や生活保障が得られない非正規雇用を選択せざるを得なかった人も少なくなかった。問題は、就職への影響が、その後の結婚や出産にも及んだことだ。晩婚化や非婚化の流れは一段と強まり、それが完結出生児数の低下にもつながった。

完結出生児数は夫婦の最終的な子供数を示すが、2010年以降、ついに2を割り込んでいる。所得低迷が晩婚化をもたらすと、第一子の出産が後ずれするため、経験を積むことで所得が増えても、今度は年齢的な理由から望んだ数の子供を持つことが難しくなる。これらが団塊ジュニアに期待されていた第三次ベビーブームの到来を完全に抑え込んだ。

少子高齢化は1970年代前半以降の出生率や婚姻率の低下が大きく影響しているが、1990年代以降、グローバル経済環境の激変で日本の雇用システムが変質し、それに日本の社会保障制度が全く対応できなかったことが、人口減少を助長している。この30年、日本は、介護保険導入や膨らむ高齢者向け社会保障財源の一部の確保として消費増税を実施しただけで、少子化への対応に政策資源をほとんど割いてこなかった。この結果、少子化が助長され、社会保障制度の持続可能性がさらに低下している。

安倍晋三政権が掲げる全世代型社会保障や民進党の前原誠司代表が唱えていたオール・フォー・オール政策は、現役世代にも目を向け、社会構造の変化に全く追いついていない現在の社会保障制度を再構築するという点では望ましい。バラマキとなることを避けるために精査は必要だが、保育所整備や幼児教育無償化など子育て支援を進めることは、出生率を高めると同時に、女性の就業率や生産性の上昇にもつながるメリットがある。とりわけ、都市部の保育所整備は喫緊の課題である。

<財源が論じられないのは金融緩和の弊害>

多くの先進国ではかつて、女性の就業率と出生率との間にトレードオフの関係が観測され、女性の就業率上昇は出生率低下を助長していた。しかし北欧やフランスなどでは、女性の就業と出産の両立をサポートする包括的政策が続けられた結果、女性の就業率が高い国ほど、出生率が高いという正の相関が観測されるようになっている。もちろん、鍵を握るのは、女性の働き方もさることながら、男性の働き方の大きな変化であり、お金を使えば成功が約束されるという簡単なものではない。

確かに、日本でも30―40歳代の部分が大きく落ち込む女性の就業率のM字カーブは、現在ではかなり解消されている。だが、子育て支援の効果が全くないわけではないものの、主たる要因は出生率低下という多大な犠牲によるものだ。子供を持たないから、継続就業が可能になっている。

このように考えると、全世代型社会保障制度の構築の第一歩として、幼児教育を無償化し、保育所を充実させることは十分検討に値する。しかし、その際、問題となるのは、やはり財源だ。

恒久的な歳出を新たに設ける以上、経常収入を確保する必要がある。時代の要請として必要だと判断するのなら、増税で財源を確保すべきであり、政治家は有権者を説得しなければならない。増税が政治的に難しいのなら、相対的に優先順位の低下した既存の歳出を削減することで、財源を捻出しなければならない。

前述した通り、日本の社会保障制度は困窮する高齢者のみならず、ゆとりのある高齢者もサポートしている。場合によっては、困窮する現役世代から、ゆとりのある高齢者に社会保障制度を通じて、所得が移転されている。その結果、未婚や晩婚が増えて、少子化が助長され、社会保障制度の持続可能性が脅かされているのなら、事は深刻だ。

高齢者向けを中心とした既存の社会保障の費用を賄うだけでも、増税は避けられないが、同時に世代間の助け合いと世代内の助け合いのバランスを見直す必要がある。人口構造が逆ピラミッドである以上、世代間の助け合いの割合を低下させ、世代内の助け合いのウエートを高めなければ、現役世代が疲弊し、社会保障制度そのものが危うくなる。

困窮する現役世代にも社会保障の対象を広げていくためには、発想の転換が必要だ。世代にかかわらず、困窮する人をサポートし、ゆとりある人は高齢者であってもサポートする側に回るという社会保障制度の本来の理念に立ち返らなければならない。これが唯一の解決策だ。子育て支援などで困窮する現役世代がサポートされる結果、既存の高齢者向け社会保障制度の持続可能性も高まる。

残念ながら、現実には、財源の手当てが全く議論されないまま、制度の導入が検討されている。消費増税の使途変更というが、プライマリー収支赤字の削減に充てるはずだった資金を転用するのは、赤字国債で財源を賄うことに他ならない。

高齢者向けを中心とした既存の社会保障は後代へのつけ回しで運営されており、それを軽減するというのが消費増税の目的だったはずだ。将来世代のための歳出と言いつつ、負担を将来世代につけ回していたのでは、選挙目当てのバラマキの誹りを免れない。消費増税を凍結するという希望の党は実現可能な財源を準備しているのだろうか。

財源論抜きで、安易に新たな歳出増が論じられている理由の1つは、長期金利が完全に抑え込まれ、長期金利急騰を懸念する必要がなくなっているためだ。議会制民主主義の下で、政治的な財政膨張圧力に対する唯一の歯止めとなるのは長期金利の上昇だが、日銀の国債大量購入で、その機能が全く働いていない。財政規律の弛緩は金融緩和の長期化、固定化の最大の弊害でもある。

今回の総選挙では、目先の景気や株価のかさ上げといった短期的な視点だけでなく、長期的な経済厚生の向上や、あらゆる政策の長期的なコストについても目を背けず、真正面から議論すべきだ。全世代型社会保障制度やオール・フォー・オール政策の導入は時代の要請である。しかし、安定財源が確保されなければ、後代へのつけ回しに終わる。

*参考文献: 大湾秀雄著「日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用」(日本経済新聞出版社 2017年)、山崎史郎著「人口減少と社会保障 孤立と縮小を乗り越える」(中央公論新社 2017年)

*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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