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コラム:ECBの政策正常化に2つのハードル=井上哲也氏
2017年5月25日 / 03:09 / 4ヶ月前

コラム:ECBの政策正常化に2つのハードル=井上哲也氏

[東京 25日] - ユーロ圏経済は、家計と企業の双方で高水準のセンチメントを伴いつつ、金融危機以降で最も良好と言える状況になっている。それは、安定した成長率から見ても、消費だけでなく設備投資や輸出の回復を伴う点から見ても、言えることだ。

そうした状況下で、欧州中央銀行(ECB)が実施してきた金融緩和についても、政策理事会の議事要旨が示すように、その「正常化」を巡る議論が目立つようになってきたことも自然である。

声明文に明記されているように、ECBは、量的緩和の終了後まで政策金利を低位に維持するとのフォワード・ガイダンスを行っている。したがって、「正常化」のプロセスも、米連邦準備理事会(FRB)と同様に、第1段階として量的緩和の縮小と停止を行い、第2段階で政策金利の引き上げを始めることになると考えられる。

そして、第1段階を開始する節目として、金融市場は、ECBが現在の量的緩和(月間600億ユーロ)終了のめどとしている今年末を強く意識している。

しかし、「正常化」を思惑通り進める上で、ECBには少なくとも以下の2つの課題が残る。

<最初の課題はイタリア問題>

まず、国債市場の安定性維持である。ユーロ圏全体では景気が順調に拡大しているだけに、ECBによる量的緩和の中心である国債買い入れの縮小や停止によって長期金利が上昇しても大きな問題を起こすとは考え難い。

しかし、主要国の一角を占めるイタリアは、不良債権と財政赤字に苦しんでいるだけでなく、民間銀行による国債保有も高止まっている。近年に生じた金利上昇圧力の現れ方を見ても、量的緩和の縮小に伴う長期金利の上昇がイタリアで相対的に強く現れる可能性は否定できず、そうなると金融システムと財政の双方の健全化に大きな支障となり得る。

もちろん、だからといってECBはイタリアの金融経済が頑健性を高めるまで量的緩和の縮小を待つべきというわけではない。イタリアは域内の国内総生産(GDP)で1割強を占めるが、他のほとんどの国々が金融システムや財政の面で安定を維持しているという意味で例外的である。

同時に、ドイツのような国々にとって、住宅市場の過熱を招くといった副作用の面でも、国債買い入れが量的に次第に難しくなるという技術的な面でも、量的緩和を長く継続することは望ましくない。

ECBは、量的緩和の縮小から停止へと歩みを進める上で、セーフティーネットを用意することが考えられる。例えば、欧州安定メカニズム(ESM)の持つ金融システム対策としての国債買い入れの発動をより機動的に行い得るようにすることが選択肢となろう。

こうした対策を備えることは、イタリア政府による金融システムや財政の健全化に対するモラルハザードのリスクを伴う。しかし、イタリアの金融経済に大きな負担を課すことは、ユーロ圏全体の景気拡大に水を差すだけでなく、ECBによる「正常化」を最初から頓挫させることになりかねない。

<インフレ圧力が高まらない可能性も>

ECBがこうした課題を乗り越えても、インフレ圧力の低さという別な課題が立ちはだかる。ユーロ圏の消費者物価(HICP)はエネルギーや食料品の価格に左右されており、基調的インフレ率は前年比1%を切る状況が続いている。

ドラギECB総裁が記者会見で言及したサービス価格の低迷は賃金上昇率の低さに関連している可能性が高く、実際、ECBの経済報告(Economic Bulletin)最新号でも、景気拡大の下で賃金が低迷している現象を生産性との関連も含めて分析している。ユーロ圏全体としては失業率が2桁台にあるだけに、失業率の低下とともに賃金が上昇していく可能性はあり、そうであればECBによる「正常化」と整合的になる。

しかし、ECB自身、上記の経済報告で、1)経済的要因によるパート雇用の拡大など失業統計に表れにくいスラック(余剰)の残存、2)低生産性の家計向けサービスでの雇用拡大、3)労働市場改革や労働者の雇用優先姿勢の強まり、といった構造要因が影響している可能性も示唆している。これらの影響が大きければ、賃金を起点とするインフレ圧力の高まりには時間を要することになる。

一方で、来年後半以降に米国を基点に世界経済が循環的に減速した場合、ユーロ圏のインフレ率は目標に近づく以前に勢いを失うことも考えられる。その意味で、相対的に早期に「正常化」に着手できたFRBに比べて、ECBによる「正常化」を巡る環境は必ずしも良好とは言えない。

金融市場が意識するように、ECBが「正常化」の第1段階として来年初めから量的緩和を縮小し、来年後半に円滑に停止できたとしても、第2段階としての政策金利の引き上げにはなお不透明性が残ることになる。

結果的に見ると、ECBの「正常化」も、量的緩和からの出口という意味では一歩前進ではあるが、金融緩和の重点を「量」から「金利」にシフトさせるという政策思想の意味では、日銀による昨年秋の「総括検証」と同じところにとどまることになるのかもしれない。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融ITイノベーション研究部長。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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