COLUMN-〔インサイト〕金融危機が波及した中東湾岸諸国、高まる政治改革への圧力=名古屋市立大 永野氏

2008年 11月 12日 13:30 JST
 
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 <中東湾岸諸国の信用収縮>

 11月に入り、ドバイ原油価格は1バレル=60ドルを割り込み、すでに2005年上半期の水準まで下落している。今年7月に1バレル=140ドルまで原油価格が上昇した際には、石油消費国から中東産油国への資本の流れは「富の移転」と称されたが、この石油輸出収入はすでに4割近くまで縮小したことになる。市場経済化が遅れ、マクロ経済に占める公的部門の占める割合が高い中東湾岸諸国では、高石油価格時代において、潤沢な財政収入を背景に政治システムも安定するが、低価格時代には10%を超える失業率を背景に、市場経済化と民主化を求める国内外からの圧力が高まる傾向がある。

 加えてこれらの地域では現在、株価や不動産価格の下落が、国内流動性の収縮に拍車をかけている。石油価格高騰時に膨張した石油売上高の多くが不動産投資市場へ流入したが、不動産価格の下落に伴って、富の喪失が発生しているためである。アラブ首長国連邦ドバイの一部の不動産価格が、40%を超える下落率を記録しているとの報道もある。ロシアなど1990年代に新たな石油供給者が台頭したことにより、石油輸出国機構(OPEC)の産出量シェアは30%台後半に低下した。このため減産による価格調整が難しい今後は、一転して経済環境の悪化によって、この地域の政治リスクを高める可能性がある。

 <世界金融危機伝播の3つの要因>

 石油価格高騰を背景に高まった国内流動性が、さらなる外国人投資を呼び込んだのが、2004年以降の中東湾岸諸国である。当時の中東湾岸諸国は、1)オイルマネーの対外投資を円滑に進める、2)外国人対内投資による都市開発を進める──の2つの外国為替管理自由化を進めるインセンティブが存在した。

 特にアラブ首長国連邦やカタールでは、石油産業から脱却し、金融立国としてドバイ国際金融センターやカタール金融センターの国際競争力を高める市場育成策を推進。2005年以降、多くの米系投資銀行が株式投資、証券仲介業務やその他のファンドマネジメント・サービスを目的として進出した。

 湾岸協力会議加盟国(以下GCC)の中でも、アラブ首長国連邦、バーレーンにおいて、この外国人投資家の進出が顕著であり、アラブ首長国連邦の株式売買高に占める外国人投資家の比率は47%、バーレーンが43%に達している。議会の議員公選制が存在しない一方、経済面では公的部門の比率が高いこれらの国々で、国際資金が急速に流入したことが、金融危機に対するぜい弱性をもたらした第1の要因である。

 第2の要因は、GCC加盟国が2010年を目標として進めてきた通貨統合である。この通貨統合は、アラブ首長国連邦、クウェート、バーレーン、カタール、サウジアラビア、オマーンが、米ドルに対する固定相場制度を維持し、2010年の通貨統合時に1ドル当たりの水準を参加国間で調整し、単一通貨導入を目指していた。GCCはすでに1983年から貿易面で関税障壁の撤廃を進めており、通貨統合は欧州型の地域統合を完結させる役割を担っていた。

 しかし、2003年以降、GCC諸国が為替管理の自由化を段階的に進めた結果、国際資金流入が急増。各国為替レートが持続的な切り上げ圧力を受けることとなった。このためGCC各国中央銀行はドル買い/自国通貨売りを繰り返し、オイルマネーに加え、増発された新発銀行券が不動産市場へ流入することとなった。

 第3の理由が、脱石油依存を目指した都市開発による不動産価格の急騰である。米国データベース会社、ISIエマージングマーケッツの銀行融資データを見ると、2006年から今年上半期にかけて中東地域のインフラ銀行融資の6割以上が、不動産融資である。

 外国人投資家の不動産投資規制緩和、各国中央銀行の新発銀行券増加により、最終的には商業銀行が不動産融資拡大により地価上昇の担い手となった。クウェート・ガルフ・バンクの国有化措置、サウジアラビアのサウジ・クレジット・バンクへの公的資本注入は、デリバティブ取引の損失や慢性的な経営環境の悪化が、背景とされているが、今後は、不動産市況の悪化による全般的な銀行システムの不安定化も懸念される。

 <なぜ金融危機が民主化圧力を高めるのか>

 GCC諸国の近年の経済成長率は、6カ国の多くで6%を超え、特にアラブ首長国連邦は2006年には11.5%成長を記録している。このような石油高による高成長経済の下では、民主化の遅れは社会問題となりにくいが、国内信用収縮の時代には富の配分機能が損なわれ、民主化圧力は当然高まる。

 加えて2005年から2008年上半期までの石油高時代には、石油産業と非石油産業間での経済格差が拡大し、移民流入が急増した。このため石油価格が2005年以前と同じ水準となったとしても、社会秩序は全く異なる状況にある。

 世界金融危機の発端となった米国では、大統領選挙を通じて政権交代が実現し、金融危機を育んだ政治システムが再構築されることで、社会秩序の健全性も再構築されている。

 しかし、GCC諸国ではクウェート、バーレーンではかろうじて議会の直接選挙制度が導入されているものの、サウジアラビアやカタールでは、政教一致の絶対君主制もしくは形骸化された選挙制度にとどまっている。これらの国々は、GDPに占める財政部門の比率が極めて高く、その財政収入を石油輸出に依存しており、いわば王政・首長制のガバナンス力が石油価格と連動している。今後の経済環境の悪化は、石油輸出の所得再配分機能を弱めるのみならず、この地域の社会秩序の安定性を阻害する。その意味では、中東湾岸協力会議加盟国は、通貨統合よりもそれぞれの政治改革を急ぐ必要がある。

 

 永野 護 名古屋市立大学大学院教授、三菱総研客員研究員

 (12日 東京)

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