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焦点:マクロン氏、最年少の仏大統領は「政界のウーバー」か
2017年5月8日 / 07:26 / 4ヶ月前

焦点:マクロン氏、最年少の仏大統領は「政界のウーバー」か

 5月7日、39歳の若さで仏大統領選に当選したマクロン氏は、古くなった主流派をひっくり返すと同時に、経済や政治面におけるナショナリズムの波を抑えることに成功した。写真はパリで代表撮影(2017年 ロイター)

[7日 ロイター] - 無名の政府アドバイザーから、ナポレオン以降で最も若いフランスの元首に上り詰めるまでに、エマニュエル・マクロン氏が要したのは、わずか3年だった。

39歳の若さで仏大統領選に7日当選したこの中道系候補は、古くなった主流派をひっくり返すと同時に、英国に「ブレグジット(欧州連合離脱)」を選択させ、米大統領にトランプ氏を当選させた経済や政治面におけるナショナリズムの波を抑えることに成功した。

マクロン氏の当選により、長年同じ顔ぶれが支配してきたフランス政界の世代交代がようやく実現することになる。

主要7カ国(G7)の中で最も若い指導者となるマクロン氏は、これまでカナダのトルドー首相や、ブレア元英首相、さらにケネディ元米大統領まで、過去や現在の様々な若き指導者と比較されてきた。

マクロン氏の驚くべき躍進の理由について、フレッシュな指導者を切望する有権者に加え、自国の衰退にとらわれ続けてきたフランスにおいて珍しく楽観的なメッセージを打ち出したことを指摘する声は多い。

「彼の選挙戦は、フランス人を楽観主義に変えるグループセラピーのようだった」。作家で詩人のミシェル・ウエルベック氏はそう指摘する。

多くの主流派候補の予期せぬ失速も、もちろん勝因の1つだったが、マクロン氏には勝機をつかむ戦術的な機知もあった。

投資銀行仕込みの交渉術を政治の世界に活用することを決めた時、マクロン氏が仏政界の主流派としての階段を順調に登っていくことは決まっていたかに見えた。

だが閣僚をわずか2年で辞めた2016年8月以降、独自の道を歩きだしたマクロン氏は、幅広い層が抱く既存政治への幻滅感に訴えかけ、強力な反エスタブリッシュメントのメッセージを打ち出した。

フランスの一流校に学び、投資銀行家として100億ドル(約1兆1200億円)の企業買収を仲介して大儲けし、オランド大統領の社会党政権で閣僚を務めたにも関わらず、マクロン氏は自身を生み出したシステムの改革を宣言している。

「フランスは、エリート層の利己的な傾向によって閉塞状態にある」と、マクロン氏は南部ポーの集会で支持者に語った。彼はさらに、声を少しひそめると、「ちょっとした秘密をお話ししよう。私はそれを知っている。そこに属していたからだ」と付け加えた。

<「常に同時進行」>

フランス北部の衰退した工業地帯の町アミアンの医者の家庭に生まれたマクロン氏は、著書「革命」の中で、自身の素朴な子供時代について、「世界から少し離れ、本を読んで過ごした」と書いている。

マクロン氏は15歳の時に、ここで将来の妻となるブリジットさんと出会った。ほぼ25歳年上で、夫と3人の子どもを持つ演劇の教師だった。2人の珍しい関係は、後に大衆誌の恰好のネタとなった。

卒業後、彼は伝統的なエリートの教育訓練機関であるパリ政治学院とフランス国立行政学院で学んだ。同時に、哲学者ポール・リクール氏の調査助手も務めた。

「彼は常に多くのことに同時進行で取り組んでいた」とパリ政治学院で同級生だったマルク・フェラッチ氏はロイターに語った。

トップクラスの成績で卒業すると、公務員となり、その後、ロスチャイルド系の投資銀行で4年間M&A(合併・買収)を担当した。

スイスの食品大手ネスレによる、米製薬大手ファイザーのベビーフード部門の買収を仲介し、資産を築いた。

その後、2012年にオランド大統領の側近となり、すぐに経財相となった。

「彼は常に政治をやりたがっていた。選挙で当選したがっていた。いつもその話をしていた」と、国立行政学院の同級生で、オランド氏の側近、ガスパール・ギャンツァー氏は話す。

マクロン氏は政府で、週35時間労働や、強固な雇用保護、公務員の終身雇用など、フランスの社会モデルの聖域とされてきた部分の改革に切り込んだ。

こうした取り組みによりマクロン氏は、金融界を軽蔑する人が多いこの国において、元銀行家としては驚くべき人気を得ることになったが、同時に伝統的左派や国家主義的右派の多くから嫌われることにもなった。

「(大統領府)エリゼ宮に足を踏み入れる前からすでに嫌われている」と、左派の映画監督フランソワ・ルフィン氏は先週、マクロン氏への公開書簡で表明した。

<仏政界のウーバー>

睡眠時間が短く、しばしば午前2時に携帯用メッセージングアプリ「テレグラム」を利用しているマクロン氏は、仏政界を長年支配していた左派と右派の分断を仲立ちすることが目標だと話す。

しかし、4カ月前に立ち上げたばかりの政治運動に注力するために昨年8月にマクロン氏が辞任した時、多くの人は彼を「良くて流れ星」だと見ていた。

「選挙運動の悪い輩(やから)の中では5分ともたないだろう」と経済・財務省の元同僚は昨年11月に嘲笑していた。

だが与党社会党が混乱し、中道右派の候補者フィヨン氏が経済スキャンダルに沈むなか、マクロン氏が選挙戦の先頭に躍り出た。

「彼がフランス政界でやったことは、(米配車サービス)ウーバーがタクシー業界でやったことと同じだ」と、マクロン氏の友人で、シンクタンクのアンスティテュ・モンテーニュのローラン・ビゴーニュ氏は指摘する。

「最初から、ウーバーがタクシーを時代遅れなものにしてしまうことは明白だった。タクシー側が、それを理解していなかっただけだ」

マクロン氏は、草の根で大きな支持を築き、中道左派や中道右派の政治家からの指示も取り付けて、専門家や対立候補を驚かせ続けた。

激しい選挙戦の末、決選投票で敗れた極右政党・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン候補は、刺々しい雰囲気となったテレビ討論で、マクロン氏を「にやにや笑う銀行家」と揶揄(やゆ)し、「暴走するグローバル化とウーバー化」の候補者として印象付けようとした。

討論会の最終盤、最後のまとめを遮ろうとしたルペン氏に対し、マクロン氏は告げた。「あなたはテレビに出続ければいい。私はこの国の大統領になりたいのだ」

(Michel Rose記者 翻訳:山口香子 編集:下郡美紀)

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