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特別リポート:ビンラディン殺害計画の内幕、米政権13年間の迷走
2011年5月23日 / 08:53 / 6年前

特別リポート:ビンラディン殺害計画の内幕、米政権13年間の迷走

 [23日 ロイター] ウサマ・ビンラディン容疑者を捕捉し米国で裁判にかけるというクリントン政権の方針は、2001年9月11日の米同時多発攻撃を機に明確な殺害指令に変わり、今年5月1日の急襲作戦では、迷うことなく同氏に銃口が向けられた。

 5月23日、ビンラディン容疑者を捕捉するというクリントン政権の方針は、米同時多発攻撃で明確な殺害指令に変わり、1日の急襲作戦では、迷うことなく同氏に銃口が向けられた。写真は米軍が潜伏先から押収した同容疑者のビデオ映像(2011年 ロイター)

 イスラム過激派アルカイダを率いた稀代のカリスマを追い続けたクリントン、ブッシュ、オバマ各政権の動きは、曲折と混乱に満ち、その過程で米国の安全保障政策も変質した。13年に及んだ米国の執念と迷走。政権内部からの証言をもとに、その実態を追った。 

 上院議員だったオバマ氏が大統領選キャンペーンを続けていた2007年7月。首都ワシントンのマサチューセッツ通りにある二部屋続きの同氏の選挙事務所で、複数の外交政策アドバイザーたちが、ある文言を練り続けていた。オバマ候補が行う安全保障に関する演説の中で、アルカイダとの戦いについてどこまで強い表現を盛り込むか、というのが議論のテーマだった。

 米国が世界に宣言した「テロとの戦い」は、アルカイダや関連グル―プが潜んでいるとみられるパキスタンとの協力なくしては遂行できない。しかし、米国にとって、パキスタンは日増しにやっかいな存在になっていた。「国家情報予測」(National Intelligence Estimate)と呼ばれる高度機密リポートには、パキスタン国境地域に過激派の軍事拠点がいくつか存在し、米国の安全保障に大きな脅威になっている、との情報が出たばかりだった。さらに、同国軍事政権のムシャラフ大統領は地方部族と取引し、アルカイダや関連グループへの圧力を事実上弱める行動に出ていた。

 外交アドバイザーの会議から数日後、オバマ氏がワシントンのウッドロー・ウイルソン・センターで行った演説には、パキスタンへの宣告とも受け取られる厳しい表現が盛り込まれていた。「(我々が標的にする)極めて重要なテロリストについてすぐに行動に移せる情報があり、しかも、ムシャラフ大統領が動こうとしないのであれば、我々が実行する (If we have actionable intelligence about high-value terrorist targets and President Musharraf won’t act, we will)」。

 米国よりも先に動くのか、それとも離反するのか。パキスタンに大きな選択を迫ったオバマ氏の決意表明は、この4年余りあと、米国単独行動による衝撃的なビンラディン容疑者殺害となって具体化した。

<逮捕指令から殺害へ>

 だが、ロイターが取材した30人近い現職、前職の米情報機関、ホワイトハウス、国務省高官の証言をつなぎ合わせると、ビンラディン殺害に至る米政権の軌跡は決して直線的ではなく、国家安全保障政策の変更も含んだ曲折と混乱の連続だったことがわかる。そして、ビンラディン容疑者の遺体がすでに水葬に付されたとしても、「テロとの戦い」に収束の気配はなく、より過激に、傲慢に変化した米国の安保政策は今後数年、あるいは数十年、元に戻ることなく続くだろう。

 ビンラディン容疑者とアルカイダのネットワークを根絶するという、米国が自らに課した使命は、各政権と安全保障政策にどのような変化をもたらしたのか。大統領自らが「殺害候補」リストを持ち、それに誰を加えるか、政権内に情報を分析し、候補者を決定する官僚的なプロセスができあがった。過激派戦士をより正確に見つけ、攻撃するため、より大胆な無人機の使用が増加し、その性能も大きく改善された。拘束した過激派メンバーの取り扱いや尋問方法は残忍さを増し、そして、外交面で言えば、パキスタンとの関係は緊密になった後、再び、相互不信が続く状態に陥った。

 ひとつだけ一貫して変わっていない点があるとすれば、それは米同時多発攻撃の6日後に当時のブッシュ大統領がCIAに示した「殺害許可権限」だ。いまなお極秘扱いされているこの通達は、アルカイダの首領と側近らに適用される。以来、ブッシュ、オバマ両政権を通じ、ビンラディンは生け捕るのではなく殺害する、ということが共通の期待 ― あるいは好みともいえるが ― になり続けた。

 複数の政権高官によると、ビンラディン容疑者を生きたまま補足してはならない、という明確な命令が出されていたわけではない。オバマ大統領がSEALs(海軍特殊部隊)に5月の攻撃を命じた時、彼の机の上にはビンラディン容疑者を捕捉し、パキスタンから米国内の収容施設に移送した場合はどうなるか、という手順を書いた紙があった。

 しかし、その他の計画に比べると、この捕捉シナリオの内容はきわめてあいまいだった。計画の立案者、実行部隊ともに、ビンラディン容疑者は殺害する、という了解があったからだ。「もし彼が降伏したら、もう一度会議を開いて彼をどう扱うか決め直さなければならなかっただろう」とオバマ大統領の上級アドバイザーの一人は振り返る。

 ビンラディン殺害指令は、クリントン大統領が命じた当初の戦略からの大きな変化だった。1988年のケニアとタンザニアの米国大使館爆破事件の後、同大統領は犯行への関与が明らかになったビンラディン容疑者とアルカイダを探索するため、CIAによる隠密作戦を命じた。ビンラディン殺害について、リノ司法長官らクリントン大統領側近はその合法性を懸念していた、と当時の政権高官は語る。

 クリントン大統領がCIAに命じた隠密作戦は、ビンラディン容疑者殺害も許可していた。しかし、それには自己防衛上やむを得ない場合という条件があり、最優先すべきはあくまで彼を生きたまま捕捉し、米国において法の裁きを受けさせることだった。

 クリントン政権は、アルカイダをまだ末端のイスラム軍事集団で、エキセントリックな指導者に率いられた過激派グループと考えていた。だが、そうした認識は、ニューヨーク、ワシントン、ペンシルベニアを襲った同時多発攻撃により一変する。そして、同容疑者を生きたまま拘束するというクリントン政権時代の至上命題も、一夜にして時代錯誤の代物になりさがった。

 9・11の惨事を受けてブッシュ大統領が出した「殺害許可権限」は、アルカイダとその首領を抹殺するため、CIAにあらゆる手段の行使を認めている。その大統領指令を受け、CIAはその後の数カ月で、同容疑者とアルカイダを抹殺するための複数の特別作戦を練り上げた。その内容はこうだ。 

 ― 米軍や同盟国軍に捕捉された過激派メンバーは米国の特別軍事施設やCIAの秘密監獄に拘留。そこで身体的な苦痛を伴う方法で厳しく尋問する。 

 ― 捕捉されたメンバーの身柄を法的な手続きなしにその人物の出身国に引き渡す。そこではしばしば米国以上に残忍な方法で尋問が行われる。 

 ― イスラエルの国家諜報機関であるモサドや他のスパイ機関に似た「暗殺者部隊」を組織する。

 これらの特別作戦がめざす標的として、ブッシュ政権は、優先すべき候補者のリストを作り始めた。「HVT (High Value Target, 最も重要な標的)」として名前が挙がったのは、特に有益な情報源になる人物、あるいは発見した際の状況次第で捕捉あるいは殺害すべき人物だ。このリストに誰を載せるか、その判断はCIAやその他の情報機関からの進言にもとづいて、司法省、国防総省、CIAの法律専門家グループが吟味し、承認する。

 複数の政府高官によると、この秘密リストには、常に10人から30人のHVT名が記されていた。たとえば、ビンラディン容疑者だけでなく、エジプト出身の側近であるザワヒリ容疑者の名があり、2010年には米国籍のイスラム聖職者であるアウラキ師も加えられた。ブッシュ大統領はこのリストを大統領執務室に置き、捕捉や殺害の報が入るたびに、その標的名に線を引くのが常だった。しかし、ビンラディンの名は、9・11で孤児となった幼い子供たちが10代の若者に成長するまで、線を引かれることなくそのリストにとどまった。

 当時、政権内部にいた複数の人物によると、CIAが検討した特別作戦は、政権内で激しい議論を招き、紆余曲折を余儀なくされた。暗殺者部隊について言えば、もともとの計画は、退役軍人らで構成するCIAの準軍事組織「Special Activities Division特別活動部隊」の中に、過激派の監視と殺傷活動を担うチームとして設置する予定だった。しかし、当時のテネットCIA長官は計画を進めることなく、後任のゴス長官が修正を加えて復活させた経緯がある。

 その修正とは、いわゆる「傭兵」の活用だった。CIAは、暗殺部隊の行動について自らの関与をより否定しやすくするため、外部の契約者を使うことを決定。実際にSEALs(海軍特殊部隊)の元メンバーで民間軍事会社ブラックウォーターの創設者であるエリック・フランク氏が計画策定のブレーンストーミングに参加を要請された。しかし、オバマ政権のパネッタCIA長官は、就任直後にこの計画の全面中止を決定、暗殺部隊構想は頓挫した。

 特別作戦の要となる容疑者の尋問方法についても反論が噴出した。水責めや睡眠妨害、あるいは「より強化された尋問テクニック」として米当局が行っている方法については、要するに拷問であり、それを婉曲的に表現しているにすぎない、との批判がある。こうした残忍な尋問方法は果たして有効に機能しているのか。むしろ、ビンラディン探索の活動をねじ曲げてしまうのではないか。昔ながらの尋問方法のほうが結局、効果が上がるのではないか。 

 こうした議論をよそに、CIAはビンラディン探索のため厳しい尋問手法を取り続けた。貴重な情報が入ったのは、2004年ごろに拘束したと思われるハッサン・グルという名の人物からだった。この時期、CIAはもっとも過酷な尋問方法とされる水責めの使用は徐々に控えていたが、米当局者によると、グルに対しては、苦痛が伴う形で体を拘束するストレスポジション、睡眠妨害、あるいは壁にぶつける、といった他の自白強要手段を行使した可能性がある。最終的にグルはビンラディン容疑者につながるアブアハメド・クウェイティという偽名の連絡役について重要情報を自供した。 

 ウィキリークスが暴露したキューバ南東部にある米グアンタナモ収容所についての文書によると、グルが自供した連絡役の名前を米情報当局が最初に入手したのは2002年。グルの自供により、米当局はこの連絡役についてより具体的な情報を入手、ビンラディン容疑者追尾の捜査網をさらに絞り込んだ。

<パキスタンとの離反>

 ブッシュ政権からオバマ政権に移行し、安保戦略上の大きな転換となったのは、パキスタンの取り扱いだ。両政権は、ビンラディン殺害という最終目標を共有していたが、パキスタンに対する対応については対照的な違いを見せた。

 「政権中枢には、パキスタンと協力し、彼らをパートナーとして処遇し、彼らの国民感情に気を配るという強い意向があった」とブッシュ元大統領の側近だった人物は話す。パキスタン政府の協力は、テロ集団との戦い、核拡散の防止、そしてアフガニスタンの安定化に不可欠という認識だった。しかし、オバマ大統領と彼の政権チームには、パキスタンを同盟国とみる意識はない。「米国とパキスタンはアフガニスタンについて全く違う軌道上にある、というのがオバマ氏の紛れもない本心だ」とバリ・ナサール前国務省シニアアドバイザーは語る。

 オバマ大統領とムシャラフ前パキスタン大統領の間には、もとより個人的な友好関係はない。大統領候補だった2008年9月、オバマ氏はシカゴで外交機密ブリーフィングを受け、ビンラディン容疑者がパキスタン内に潜伏していると確信したという。

 そして、大統領就任直後、インド・ムンバイでのイスラム過激派による爆破事件が発生。アルカイダがパキスタン国内で支援を受けている明確な証拠と判断したオバマ氏は、パネッタ長官にビンラディン討伐の態勢と作戦の強化を指示。CIAはパキスタン国内への無人機の飛行を増やし、過激派戦士に対する攻撃をエスカレートさせた。 

 そして、2010年8月、ビンラディン容疑者が潜伏していたアボタバードの隠れ家について、オバマ大統領に最初の情報がもたらされた。数カ月間にわたる極秘の情報分析と作戦立案、決行準備を経て、今年4月28日、同大統領は作戦に関与する高官を集め、二時間にわたる会議を召集。この会議で、同大統領は5月1日の急襲作戦決行を最終決断したとみられる。

 オバマ大統領には、4つの可能性が説明された。隠れ家にスムースに侵入し、同容疑者を拘束して脱出する、というのが言うまでもなく理想的な展開だ。しかし、混乱なく侵入しても、同氏の発見には失敗する可能性もある。捕捉に成功しても激しい銃撃戦で犠牲者が出る可能性も否定できない。最悪のケースは、戦闘と犠牲者を出すだけに終わり、同氏を逃してしまうシナリオだ。1993年にソマリアで起き、のちに「ブラックホーク・ダウン」という映画にもなった米軍・多国籍軍とゲリラの市街戦と同じ状況になる可能性も排除できなかった。

 「米軍兵士が負傷、殺害される、あるいは人質にとられる、という破滅的な状況も議論した」とある高官は会議の様子を振り返る。

 この3日後、会議に参加したメンバーはホワイトハウスの危機管理室に集まり、急襲の現場を映し出すモニターに見入った。そして、CIA本部にいたパネッタ長官が2つの暗号を口にした。「Geronimo」(ビンラディン発見)、そして「EKIA」(殺害決行) ― 米政権が長年にわたって待ち望んできた瞬間だった。

(Caren Bohan, Mark Hosenball, Tasseum Zakaria and Missy Ryan. 日本語編集:北松 克朗)

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