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コラム:実質相場指数が示唆するドル高の天井圏=竹中正治氏
2014年11月6日 / 07:38 / 3年前

コラム:実質相場指数が示唆するドル高の天井圏=竹中正治氏

[東京 6日] - 黒田日銀の追加緩和策「ハロウィン・サプライズ」と公的年金運用改革のダブル・インパクトでついに115円までドル急騰・円急落の展開となった。筆者も「110円越えはドル金利が実際に上がり始める来年か」と思っていたので意外な急展開だが、短期の相場変動というものはそもそも意外性を伴うものだ。

こうした状況になると「来年のドル円相場のドル天井圏は120円だろうか、いやもっと上がるか」との相場談義も増えてくる。為替相場に限らず、長期投資に欠かせないのが相場の割高・割安を判断する大局観だ。結論から言うと、目先はドルが上がる勢いだ。しかし、110円台にのせたドル円相場は、日米のインフレ率を勘案した実質相場指数で見ると、1985年のプラザ合意以前の80年代前半に見られた「スーパードル高」期のレンジに入り始めている。長期的にはドル売りが報われる可能性が高い。

<相対的購買力平価にまつわる勘違い>

為替相場は相対的購買力平価(以下「相対的PPP」)からの乖(かい)離と回帰を繰り返し、長期的には相対的PPPに収束する。これは筆者が一貫して説いてきた国際金融論の基礎的な知見だ。

今回のようにドル円相場の水準が変わると、大局的な水準観を求めてこの相対的PPPに関心を向ける方々が増えるようだ。ところが、勘違いをした見方をしている方が多いので、ここで注意しておこう。

筆者が以前チーフエコノミストとして勤務していた国際通貨研究所のウェブサイトでは、ドル円、ユーロドル、ユーロ円の3銘柄について、消費者物価指数、企業物価指数、輸出物価指数による相対的PPPと市場実勢相場(名目相場)のグラフを更新、開示している。

よくある勘違いは、図示された3種類の物価指数による相対的PPPを、チャート分析の「支持線」や「抵抗線」のごときイメージで受け止めることだ。例えば「企業物価指数で計算されたPPP水準1ドル=99.34円(2014年8月末時点)を抜けてから、それがドル相場の支持線(下限めど)となり、消費者物価指数で計算されたPPP水準129円台までドル相場の上昇余地が開けている」というような見方である。なぜそれが勘違いかというと、相対的PPPグラフの形状や水準は起点に依存しているからだ。その意味を説明しよう。

相対的PPPは次の算式で計算される。「相対的PPP=起点時点の名目相場×(自国の物価指数/外国の物価指数)」(物価指数は起点時点を100として表示)

国際通貨研究所の相対的PPPは起点を1973年(年間平均値)にして計算されており、ドル円についてはそうするのが比較的一般的である。しかし、73年を起点にすることに必然性があるわけではない。起点時点を変えると、相対的PPPグラフは形状も水準も変わってしまう。実際に1ドル=80円前後まで円高が進んだ95年を起点にすると、消費者物価指数、企業物価指数、輸出物価指数の3種類の上下の位置関係も逆転してしまう。

つまり、いつを起点に選ぶかで無数に異なる相対的PPPグラフが描ける。したがって、特定時点を起点にしたグラフが相場の上限や下限のめどになると考えるのは、全く根拠がない。1973年が比較的一般的に起点に選ばれるのは、その年が変動相場制に移行した年であり、かつ日本の経常収支の不均衡がそれほど大きくなかったという緩い理由しかないのだ。

では、どのように相対的PPPと名目相場の関係を見たら良いのか。その手法として筆者は相対的PPPをベースにした実質相場指数を計算し、その長期の平均値からの乖離を見ることで、特定の起点時点に依存せずにドル円相場の大局的な割高、割安を見抜くことができると説いてきた。

実質相場指数は次の式で計算される。「実質相場指数=名目相場/相対的PPP」

この計算式を見てわかる通り、実質相場指数とは名目相場がどれほど相対的PPPから乖離しているかを示すものだ。つまり、「名目相場が相対的PPPから乖離と回帰を繰り返す」ということは、「実質相場指数はその長期平均値からの乖離と回帰を繰り返す」ということを意味する。掲載図は1973年を起点にした企業物価(米国は生産者物価)で計算した相対的PPPに基づいた実質相場指数の推移である。73年以来の平均値から実質相場指数が乖離と回帰を繰り返していることが良くわかるだろう。

ひとつの目安として平均値からプラスマイナス10%の水準に水平の青色線を引き、この10%上限を上に超えるとドル割高(円割安)圏、10%下限を下に抜けるとドル割安(円割高)圏と筆者は判断している。ゴルフのフェアウェイとラフに例えると良いだろう。ボール(市場実勢相場)はフェアウェイからラフに飛び出すが、必ずフェアウェイに戻ってくる。110円台にのったドル円相場は実質相場指数で見るとドル高・円安のラフに深く突入している。

もっとも、長期的な平均値自体が時間の経過とともに少しずつ変化する。そこで1973年以降の過去の各時点での平均値を示したのが赤色の破線である(過去10年の長期平均が計算できる82年12月から表示)。過去の各時点ではこの赤色の水準を長期平均値として見ていたことになるが、その変化は穏やかであり、90年代後半以降は極めて安定している。長期平均値がドル円相場の大局的な割安・割高度を示す中心軸として利用できることがわかるだろう。

また、消費税率引き上げによる物価指数の変化は、円の対外的な購買力の変化には 関係がないので、消費税率の引き上げの影響分を抜いた物価指数で計算した相対的PPPを利用する方が適切であろう。掲載図では線が混雑するので省略してあるが、筆者の個人ウェブサイトやブログでは消費税率影響分を調整した実質相場指数も併記してある。

<超円安シナリオ実現の可能性は低い>

2国のインフレ率の格差だけで長期の相場変化は説明できるという相対的PPPに基づいたこうした見方は、シンプル過ぎると感じるためだろうか、腑に落ちない方も少なくないようだ。例えば「金利格差の要因はどう考えるのか。来年からドル金利が上昇して日米金利格差は拡大すると見込まれるのでドル買いが増え、ドル高になっているのではないか」と考えられている。期待インフレ格差に変化がなく、金利格差が拡大すれば実質金利格差が広がる。

実質金利格差の変化がドル円相場に対して短期、中期の変動要因になり得るのは事実だ(ただし局面によりかなり影響度が異なる)。ところが、より長期の時間軸では、日米間のように資金が自由に移動する環境では平均実質金利(名目金利-インフレ率)が同じ水準に収束する力が働いている。

長期的に実質金利格差がゼロに収束する場合、「実質金利格差=名目金利格差-インフレ率格差」なので、「名目金利格差=インフレ率格差」となる。これは実質金利が同じ場合は、相対的PPP原理と金利平価原理(為替相場の変化は2通貨の名目金利格差で決まるという原理)は同じ結果になるという国際金融論の命題として知られている。

「経常収支の黒字や赤字も為替相場に影響を与えるはずだ。今後日本では少子高齢化で経常収支赤字になり、趨(すう)勢的な円安傾向になるのではないか」。そう考える方も多い。確かに経常収支は国内の貯蓄と投資(固定資本形成)の差額に一致する。「国内貯蓄-国内投資<0」ならば、経常収支は赤字(マイナス)になる。今後、日本では少子高齢化が一層進み、家計貯蓄も趨勢的に減少すると想定すると、経常収支が赤字になる力が働く。

しかし、国際収支上の経常収支は為替相場の需給の一項目でしかなく、またその収支額は資金の移動を示す金融収支と一致する。金融収支が生み出す為替相場の需給次第で為替相場の変動は大きく変わってしまう。

例えば、1980年代前半の日本は経常収支黒字が拡大したが、同時にドル高が進んだ。逆に90年代前半は経常収支黒字でドル安が進んだ。経常収支と為替相場の関係を長期で見ると安定的な相関関係は見られない。したがって、経常収支動向はせいぜい中期の為替相場の変動要因の一項目に過ぎないと言える。

1ドル=120円を超え、130円、150円というような超円安になるリスクはないだろうか。次のような場合には、そうした超円安になる可能性もゼロではなかろう。ひとつは日本政府の財政赤字、政府債務の膨張の結果、日本国債への信認が崩壊し、円建ての金融資産全般から海外資産への資本逃避が起こる「円危機」のケースだ。

もうひとつは、日米のインフレ率が逆転する場合で、例えば米国のインフレ率が2%、日本のインフレ率が4%というようなことになれば、10年間で円相場の相対的PPPは約20%も円安にシフトする。いずれも現時点では可能性が非常に低いシナリオだと考えるのが自然だろう。

<長期投資ならば逆張りの発想を>

筆者自身は長年保有しているドル資産(S&P500連動の株式ファンドと長期国債)の為替リスクヘッジ操作にこの実質相場指数グラフを利用している。2007年前半に124円近辺まで上がったドル相場は、図が示す通りドル高のラフに入っており、筆者は現物ドル資産の為替相場リスクヘッジ目的で外国為替(FX)証拠金取引を使って分割してドル売り残高を積み上げ、ヘッジ率をほぼ100%にしてドル安円高に備えた。

リーマンショックを経た2009年以降、1ドル=90円を割り込み、名目相場はドル安・円高のラフに突っ込んだので、上記のドル売りヘッジ残高を分割して買い戻し、1ドル=70円台後半では完全にヘッジ率ゼロにした(現物のドル資産分だけドルロング持高)。

2013年のアベノミクスによる円高修正、円安相場で1ドル=100円を超え、実質相場指数グラフは再びドル割高のラフに入ってきた。そこでまた現物のドル資産を見合いにしたドル売りヘッジを分割して始め、現在は80%のヘッジ比率となっている(ネット・ドルロング20%)。

この手法の限界は、実質相場指数の長期平均値から名目相場がどの程度乖離したら再び回帰局面に転換するのか、その点はわからないことだ。

例えば1980年代前半の時期は73年以降で最もドル高円安への乖離が広がった局面だ。また、95年はドル安・円高への乖離が最も大きかった。いずれも相場の乖離を大きくしたその時代固有の条件が働いていたのだが、どれほど乖離するか事前に知る方法はない。下記グラフ作成時点の名目相場113円に相当する実質相場指数は113.55円だ。これは実質相場指数で見ると、変動相場制移行後で最もドル高が進んだ81年後半から85年前半までの平均値にほぼ等しい。

筆者自身は実質相場指数の平均値からの過去の乖離度を目安に、可能性としては名目相場で115円前後がドル相場の上限になると考え、その水準でヘッジ率が100%になることを想定してドル売りヘッジを積み上げてきた。さらにドル高が進めばどうするか。ヘッジ率を100%以上に上げて、ドルショート持高に転じるかもしれない。相場はしょせん行き過ぎるものだ。長期投資に徹するなら逆張りにこそ、リターン向上の大きなチャンスがある。

*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職。経済学博士(京都大学)。最新著作「稼ぐ経済学 黄金の波に乗る知の技法」(光文社、2013年5月)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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