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オピニオン:アベノミクス復活の条件=フェルドマン氏
2017年8月3日 / 03:01 / 2ヶ月前

オピニオン:アベノミクス復活の条件=フェルドマン氏

[東京 3日] - 足元で広がるアベノミクスに対する不安を解消し、日本経済を持続成長軌道に復帰させるためには、安倍政権は新たに7つのシグナルを発信する必要があると、モルガン・スタンレーMUFG証券のシニアアドバイザー、ロバート・フェルドマン氏は述べる。

中でも重要なのは、経済成長の足かせとなっている硬直的な労働市場の改革であり、具体的には正社員解雇に関する透明性のある公正な金銭的解決ルールの整備と、ホワイトカラー労働者に対する労働時間規制の適用除外が柱になるべきだと説く。

同氏の見解は以下の通り。

<安倍政権は「危機」局面に突入>

政府による改革速度と経済成長率の関係について、私はこれまで「CRIC(クリック)」サイクルと名付けた独自のメカニズムを用いて分析してきた。CRICとは、Crisis(危機)、Response(反応)、Improvement(改善)、Complacency(怠慢)の頭文字を取ったもので、自民党・安倍政権の現状は「危機」局面にあると考える。

民主党政権時代の「危機」局面を引き継いだ安倍政権は、始動するや否や、改革重視の政策路線に向けてアクセルを踏むことで「反応」「改善」局面を突き進んだが、2016年前半辺りから旧来の自民党的な調整型政治の色彩が次第に濃くなり、「怠慢」局面入りした。

恐らくは、2014年春の消費増税後の景気落ち込みを乗り越え、株価や成長率が戻り始めたことで、油断ないしは慢心してしまったのだろう。そのツケは大きく、昨年7月の東京都知事選での自公推薦候補の敗北、今年7月の東京都議選での自民大敗などを経て、明らかに「危機」局面入りしてしまった。

大事なのは、ここからの「反応」局面だ。再び経済ファンダメンルズを改善させるような改革に乗り出す必要があるが、それができなければ、景気が回復したとしても持続はできないだろう。

<労働市場改革は仕切り直しを>

では、具体的に必要な改革とは何か。私は大きく分けて、1)労働市場改革の仕切り直し、2)規制改革と民営化の加速、3)審議会の少数精鋭化など合理的な政策決定システムの再構築、4)政策決定・運用プロセスの透明性向上策、5)より大胆な法人減税、6)予算支出の再配分、7)内閣改造後の経済優先姿勢、の7つのシグナルを新たに発する必要があると考える。

特に重要なのは労働市場改革だ。なぜかと言えば、労働市場の硬直性が日本経済の潜在成長力を損ねている大きな要因であり、少子高齢化が急速に進む中で、この問題が今後ますます経済の重い足かせとなっていくことが予想されるからである。

私がとりわけ問題視しているのは、労働市場の既得権益側であるインサイダー(大企業の正社員)と、その外側にいるアウトサイダー(中小企業の正社員、企業規模にかかわらず全ての非正規社員)の二重構造だ。この構造が温存されている限り、今回のように長期にわたる景気回復局面でも賃金上昇圧力は限定的なものになるだろう(文末の注釈参照)。

この点を改革し、柔軟かつ効率的な労働市場を作り上げるためには、主に2つのアクションが必要だ。第1に、正社員解雇に関する透明性のある公正な金銭的解決ルールを整備すること。第2に、ホワイトカラー労働者を、労働時間規制の適用から除外することだ(ホワイトカラー・エグゼンプション制度)。

これらの改革案に対する、「首切り自由法案」「残業代ゼロ法案」といった批判は、問題の本質を見誤っている。例えば前者については、正社員雇用を柔軟に調整できないことが、企業が正社員を増やすことに躊躇(ちゅうちょ)している理由であることを直視すべきだ。既得権益化した(特に大企業の)正社員雇用システムは、企業や経済の競争力を損ね、ゾンビ化を招いてしまっている。

むしろ、公正かつ透明性の高いルールの下、解雇の際に一定額の補償金を支払う法的義務を企業側に負わせ、そのうえで正社員労働市場の流動性を高めれば、労働市場全体では、正社員雇用は増え、非正規雇用は減り、賃金にも上昇圧力がかかりやすくなるはずだ。

2012年の第2次安倍内閣発足以降、数々の分野で思い切った改革を実行してきた一方で、労働市場改革は遅々として進んでいないとモルガン・スタンレーMUFG証券のシニアアドバイザー、ロバート・フェルドマン氏は語る。その中身についても、安倍首相が掲げる方針とは逆行しかねないものばかりだとして、問題点を3つ挙げた。その問題点とは。

一方、後者のホワイトカラー・エグゼンプションは、先述した二重構造問題とは直接関係ないが、労働市場の柔軟性を高めるだけでなく、大きな社会問題となっている長時間労働への合理的な解決策にもなり得る。

労働時間と成果が直接結びつかない仕事は増えている。ホワイトカラーを労働時間規制から解き放てば、逆に短い労働時間でたくさん稼ぐインセンティブが高まるはずだ。それが、技術革新を背景に経済のサービス化、ソフト化が進んだ時代に適した働き方でもあるし、ひいては日本企業の国際競争力にも資することになろう。

ちなみに、今秋の臨時国会に提出されると報じられている働き方改革関連法案のベースとなる働き方改革実行計画(働き方改革実現会議が3月決定)は、長期間労働の是正策(罰則付き時間外労働の上限規制導入)が最大の目玉であり、解雇の金銭解決ルールや全面的なホワイトカラー・エグゼンプション制度導入への言及が一切ない。その後、報道によれば、後者については、高年収の専門職に対象を限る形で、働き方改革関連法案と一本化される方向だというが、導入するならば年収制限は外すべきだ。

いずれにせよ労働時間規制の強化を進めるだけでは、企業側は正社員雇用に関する負担増だけを背負い込むことになり(新規制対応のソフトウェア整備だけでも膨大な金額に上る)、正社員雇用意欲は削がれる可能性がある。その結果、非正規雇用が増えれば、賃金には低下圧力がかかる。

また、働き方改革実現会議の案では、行政機関(労働局や労基署、厚労省)の人員増強が必要になるため公的部門が肥大化し、「小さな政府」を目指す改革路線からは逸脱していく可能性がある。もちろん、ホワイトカラー・エグゼンプション制度導入で、長時間労働が必要になるケースも考えられる。ただし、管理監督の強化は主に公的機関の陣容拡大によってではなく、各企業の内部通報システム整備など民間側の取り組みによって実現されるべきだろう。

そもそも行政裁量が拡大すれば、官僚と個別企業間の水面下の取引や政治家の介入なども招きかねない。公平性や効率性の面で、欠陥の多い改革案と言わざるを得ない。安倍首相には、働き方改革実現会議の案を全面的に見直すぐらいの覚悟で、労働市場改革を仕切り直してもらいたい。その際、既得権益側である連合や経団連の合意ありきではなく、刷新した小規模な会議で進めることが肝要だ。

<成長重視の予算再配分が急務>

もう1点、7つのシグナルの中で特に強調したいのは、社会保障関連(医療、年金、福祉、介護、失業)向け歳出から成長支援(研究開発、エネルギー、インフラ、教育など)向け歳出への予算支出の再配分だ。もちろん、安倍政権は歴代政権と比べて、その方向へ進めるそぶりをより強く示しているが、実際の行動が十分に伴っているとは言い難い。

例えば、国民経済計算をもとに一般政府部門(国、地方、社会保障基金の連結ベース)の歳出総額を見ると、後者の成長支援を含む営業歳出は2000年の83兆円から2015年には81兆円まで減少したが、社会保障歳出は79兆円から113兆円まで膨張している。

もちろん、高齢化の進展で後者が膨らむのは避け難いが、あまりにも不均衡が拡大し過ぎだ。せめて、社会保障歳出の伸び率を名目国内総生産(GDP)成長率の2分の1にとどめる努力をする一方で、営業歳出は名目GDP成長率と同程度まで伸びを許容するような発想が必要だろう。そうすれば、社会保障歳出額は増加してもGDPに占める割合は低下する。

一部には、金融政策の次は財政政策の出番であり、政府支出拡大によって2%インフレと成長を目指すべきだといった声も聞こえるが、無計画な財政拡大が持続成長をもたらすことはない。そもそも、2%インフレ達成後に財政政策を正常化させれば、緊縮財政になるだけだ。ただ一方で、「将来の財政危機を避けるために、今、大規模な歳出削減と大増税をしなければならない」と言ったところで、国民がついてこないのも不都合な真実だろう。

安倍政権に求められているのは、どだい無理な話をすることではなく、潜在成長率の向上を目指し、労働市場や成長分野に関わる規制改革を着実に進め、同時に上述したような成長重視の予算再配分のグランドデザインを示すことだ。それができなければ、次に世界的な経済危機が訪れたとき、日本は経済的・財政的持続性を維持できないと海外の投資家に判断されてしまう恐れがある。

注:GDP統計などを用いて総報酬の前年比伸び率を私なりに試算すると、2017年3月時点では約2%上昇しており、勤労統計などを見て「賃金はあまり上がっていない」とする意見には同意できない。だが、それでも適切な労働市場改革が実行されれば、日本の賃金はもっと上がる余地がある。

*ロバート・フェルドマン氏は、モルガン・スタンレーMUFG証券のシニアアドバイザー。国際通貨基金(IMF)、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券などを経て、現職。米マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学博士。

*本稿は、ロバート・フェルドマン氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。

(聞き手:麻生祐司)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトのアベノミクス特集に掲載されたものです。

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