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オピニオン:英国とEU、円満離婚は望み薄=吉田健一郎氏
2017年3月29日 / 04:54 / 7ヶ月前

オピニオン:英国とEU、円満離婚は望み薄=吉田健一郎氏

[東京 29日] - 英国政府が29日、欧州連合(EU)に対し、EUの基本条約であるリスボン条約50条に基づく脱退通告を行ったことで、両者の「離婚協議」が正式にスタートした。

メイ英政権は2年間の協議で脱退協定と新協定を同時にまとめたい意向を示しているが、安易な前例作りを避けたいEU側の意向を考えれば、そのハードルはかなり高いと、みずほ総合研究所・上席主任エコノミストの吉田健一郎氏は指摘する。

現実的には脱退清算金問題など「離婚条件闘争」に時間をとられ、2019年3月末に予定される英国のEU離脱時に、世界貿易機関(WTO)の枠組み以外、両者間に通商協定がない事態もあり得るという。

同氏の見解は以下の通り。

<ボールは英国からEUへ、巨額の「離婚慰謝料」請求も>

英国民投票におけるEU離脱(ブレグジット)選択から9カ月を経て、メイ英首相がトゥスクEU大統領宛てに、リスボン条約50条に基づく正式の脱退意思を通告した。このことは、交渉のボールすなわち主導権が英国側からEU側に移ったことを意味する。

正式の通告がなければ、離脱交渉は始まらないため、これまではEU側もせいぜい口先でけん制することぐらいしかできなかったが、今後は英国めがけて、挑発するような高い内角球をどんどん投げ込むことが可能になる。周知の通り、欧州はフランスやドイツなどの中核国で選挙が相次ぐ政治の年に突入している。EU懐疑政党に対し離脱の道のりがいかに厳しいものかを知らしめるためにも、EUは英国に対して安易な妥協を行わないだろう。

実際、報道から漏れ伝わるEU側の交渉姿勢は、極めて厳しいものだ。例えば、欧州委員会のユンケル委員長は、英BBC放送のインタビューの中で、英国に対し、約600億ユーロもの「離脱請求書(ブレグジット・ビル)」を提示する可能性を示唆している。

根拠は、EU予算の未払い金だ。EUは予算を複数年にわたって組むが、現行予算は2014年から2020年までの7年間をカバーしている。脱退協定が通告から2年後の2019年3月末までにまとまれば、その時点で英国はEUを離脱することになるので、それ以降の予算を拠出する必要はないと英政府は主張するだろうが、EU側は2020年までの分を含めて清算を求める模様だ。

600億ユーロと言えば、英国の国家予算の6―7%に相当し、国防費を上回る。ブレグジットによって浮くEU予算拠出金分を国内投資に充てられるとしていた離脱派のロジックが崩れることになり、到底、満額回答できるものではないだろう。とはいえ、ゼロ回答では、EU側も矛(ほこ)を収めず、いつまでも脱退協定交渉が続き、新協定交渉に進めない可能性がある。

後述するように、EUとの間で新協定がないまま離脱すれば、英国経済の混乱は避けられない。EU側が、新協定をいわば人質にして、巨額の離婚慰謝料のような無理筋の要求をどこまで続けるのか。いずれ双方とも妥協点を探ると思いたいが、EU市民の英国での地位保全問題や、北部アイルライドの国境問題、ジブラルタルの帰属問題など懸案は他にも数多くある。交渉の広さと難しさを考えると脱退協定と新協定をともに2年以内にまとめ上げるという英政府が目指す交渉スケジュールはあまりに短い。新協定がないまま脱退協定のみが締結され、英国とEUがいったん袂(たもと)を分かつ可能性は十分あり得ると考える。

<在英企業が払うブレグジットコストの中身>

では、仮に時間切れになった場合、英国とEUの経済関係はどうなるのか。また、在英企業にはいかなる影響が及ぶのだろうか。

端的に言えば、その頃までに自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)などの特別な計らいが未締結ならば、両者は基本的に世界貿易機関(WTO)の枠組みに基づく「普通の関係」に移行することになる。EU域内市場における「ヒト・モノ・カネ・サービス」の4つの完全自由移動というメリットは、英国・EU間では消失する。

その場合、大陸欧州に製品を輸出している在英製造業は、関税などのコスト負担増に直面する可能性が高い。WTOのアゼベド事務局長は英紙のインタビューで、英国がEUを離脱しWTOの枠組みのみとなれば「年間90億ポンドのコスト増になる」と述べている。中でも影響が大きな品目は自動車や航空機部品などの輸送機器関連、あるいは電気機器などだ。英国内に製造拠点を持つ日系メーカーも当然、負の影響を受けることになる。

カネの面でも、国境をまたぐ子会社間の配当送金に源泉徴収税が課される可能性もある。またサービスの面では、EU域内に適用されるシングルパスポート(単一免許)を英銀や第三国金融機関が喪失した場合の影響が懸念される。ここでも特別な計らいがないとすれば、大陸欧州において新たに現地法人を設立し、シングルパスポートを取得し直す金融機関が続出するかもしれない。英国内でユーロ決済業務を不自由なく行えるかという点にも注意が必要だ。EU離脱により、決済機能の一部が大陸欧州に移ってしまう可能性は否定できないからだ。

なお、EUとの間でFTAが結ばれたとしても、EU側に輸出する際には英国製品であるという原産地証明が必要になり、企業は部品・原材料調達を含むサプライチェーン全体の再考を強いられることになりそうだ(ちなみに、EU・カナダの経済協定では、域内原産割合は50―60%)。こうした取り組みも企業側にコスト負担増として重くのしかかってくる。

このように考えると、企業の英国離れはやはり今後進むとみられ、ブレグジットはボディーブローのように英経済に効いてくる可能性が高い。確かに、ポンド安の支えもあり、ブレグジット決定後の英経済は景気拡大を維持しているが、足元で企業の景況感(PMI)は低下傾向が続いている。

また、ポンド安を背景にインフレが進む一方で、名目賃金が伸び悩んでいる現状は心配だ。実際、個人消費には減速の兆しがある。ブレグジットに伴う経済困難はまだほんの序の口だと考えたほうが良いだろう。

ブレグジットに悩む企業

ブレグジットに悩む企業

<EUの正念場は次の選挙イヤー「2021―22年」か>

むろん、EU側にとっても、英国との「ヒト・モノ・カネ・サービス」の自由移動を失うことは身を切る選択だ。二重コストを強いられるのはEU側の企業も同じである。

足元でユーロ圏は景気回復が続いているものの、内需主導の自律的な回復とは言えず、米中など域外需要の回復による面が大きい。この局面でのブレグジットは負の影響が大きく、本来ならば、喧嘩(けんか)別れのようなハードブレグジットを避ける経済的インセンティブがEU側にも強く働いておかしくない状況だ。

ただ、EUは政治的な求心力確保を優先し、恐らく自ら譲る姿勢を見せないだろう。前述した通り欧州は政治の季節に投入しており、4月下旬から6月にかけてフランス大統領選・議会選、秋にはドイツ連邦議会選が控えている。イタリア議会選も来年5月までには実施される予定だ。

3月15日のオランダ議会選は既存政党が勝利したが、フランスでは極右政党「国民戦線(FN)」のルペン党首がマクロン元経済相に次ぐ支持を集めている。ドイツでは右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が党内分裂で勢いを失っているものの、イタリアでは反体制派の「五つ星運動」が与党・民主党の分裂を横目に、党勢を盛り返しており、安心は禁物だ。

私は、EUの真の正念場は、次の選挙イヤーである2021―22年に訪れる(今回は辛うじて既存政党が踏みとどまる)とみているが、目前のポピュリズムの嵐を乗り切るためにも、ここで英国に甘い顔を見せるわけにはいかないとEUのリーダーたちは意を決しているのではないだろうか。

(聞き手:麻生祐司)

*内容を更新して再送します。

*本稿は、吉田健一郎氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。

*吉田健一郎氏は、みずほ総合研究所・欧米調査部の上席主任エコノミスト。1996年一橋大学商学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)入行。対顧客為替ディーラーを経て、04年より、みずほ総合研究所に出向。エコノミストとして08年―14年にロンドン駐在。ロンドン大学修士(経済学)。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

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