五輪=ノーマークの藤原が東京マラソンで2位、新たな日本代表候補に

2008年 02月 17日 17:09 JST
 
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 [東京 17日 ロイター] 17日に開催された第2回東京マラソンで、ノーマークだった藤原新(あらた)が2時間08分40秒で日本人最高となる2位に入り北京オリンピック代表に近づいた。

 優勝は大会記録となる2時間07分23秒でスイスのビクトル・ロスリン、3位には一般選手のジュリアス・ギタヒが2時間08分57秒で入った。期待の高かった諏訪利成は4位、入船敏は5位だった。

 ゼッケン番号183番、一般選手登録の藤原が快挙を成し遂げた。マラソン2回目となるレースで昨年来からの大会を通じて日本人2番目となる記録をたたき出し、一躍、北京五輪候補に名乗りを上げた。

 藤原によると「ハイペースな展開だと予想していたので、行けるところまで着いていこうという作戦だった」という。35キロ過ぎの佃大橋前では足にけいれんを起こし何度も転倒しそうになりながらストライド(足幅)を狭めペースを落として対応、最後まで走りきった。直前の練習では40キロ走と45キロ走が一本ずつと距離の練習は十分ではなかったが、「天才肌の感覚の鋭い選手」(JR東日本の打越忠夫コーチ)との評価を裏付けるかのように体調の変化を調整しきってゴールした。

 レースは2時間07分台のハイペースで進み、8人ほどの集団になった後、30分過ぎに入船が仕掛けたが抜けきれず再び集団に吸い込まれた。直後に07年世界陸上大阪大会銅メダルのロスリンらがペースを上げ、諏訪が遅れたが藤原や梅木(6位)が付く展開。33キロ過ぎに前回優勝のジェンガのペースが落ち、35キロ過ぎには藤原も遅れ始めた。ロスリンは順調なピッチを刻みギタヒを引き離し、そのままテープを切った。「朝の気温も適度に低く、30キロまでペースもとてもよかった。30キロにペースメーカーが抜けてから、プッシュすることを決めた。最後に少し坂もあったが、うまく走れた。私にとってセンセーショナルタイムとなる、自己記録を1分以上も短縮することができてよかった」(ロスリン)。

 ギタヒと藤原の2位争いとなったが、けいれんを起こしながらもストライドを調整するなどしてペースを維持した藤原が競り勝った。

 昨年来の大会で日本人1位のタイムは07年12月の福岡国際で佐藤敦之が出した2時間07分13秒。同じ福岡で松宮祐行が出した2時間09分40秒を超える2番目となるタイムを藤原は記録した。

 日本陸上競技連盟の澤木啓祐専務理事は会見で、実質的に初マラソンとなった藤原のレース運びについて初レースとしては非の打ち所のないレースとしながらも、代表選手選考に関し「候補になりうる選手たちとの比較になる。評価委員会の評価待ち」と慎重な言い回しに終始した。マラソン経験の乏しさや夏と冬のマラソンの違いなどが選考では考慮されるとみられるが、女子に比べやや精彩を欠いている日本男子マラソン界にとって「強烈なデビュー」(高野進強化委員長)になったのは間違いない。

 3月のびわ湖大会が最後の代表選考会となるが、強烈な本命がいないまま3枠をめぐっての代表選びは依然として混沌としている。

 今回は東京マラソンが初めて五輪選考会(男子)となった。コンディションは雨の前回よりも良かったが気温は2.5度(都庁前のスタート時)と低く「風が冷たかった」(ギタヒ)という。

 04年アテネ五輪マラソン6位の諏訪は20キロ過ぎに「足にきた」と述べた。終盤に粘りをみせ2時間09分16秒で4位に入り「最低限の結果は残せた」とするが、元日のニューイヤー駅伝に出場するなどスピード強化を重視し長い距離を走らなかったことが結果的に裏目に出た。

 東京マラソンは10キロ走とマラソン合計で障害者含め3万2426人が走る市民マラソン。男子の最高齢84歳のランナーからコスプレランナーまで銀座や浅草など東京名所を駆け抜けた。ボランティア約1万2000人が集まり、昨年を上回るバナナ6万本、水48万本、人形焼き6000個、おにぎり3万個などが準備されたほか、前年の9万人を上回る15万人が応募するなど、昨今のマラソンブームを映す同イベントはさらに巨大化している。

 (ロイター日本語ニュース 伊賀大記記者)

 
 
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